副委員長選決選投票
『基地でお祭り!? 良いなそりゃ!!』
"異世界の蒼太"は俺の提案へ真っ先に乗ってくる。
まさか、こんなリアクションになるとは想定外だった。
――度重なるペストの襲来で、この地域の住民は皆、心が荒んでいた。
俺たち兵士にも、戦うこと以外で地域に対して何か貢献できないかと常に考えていた。そこで基地主催の夏祭りを実施してはどうかと同期たちへ提案し、今の状況に至る。
『具体的に!? しゅちゃ……あうぅ……た、田端くんにはアイディアが!?』
“異世界のめぐ”も、かなり興奮気味に質問を投げかけてくる。
――俺は元の世界の記憶を総動員し、想像まじりに祭りの楽しみを語り聞かせた。
その度にめぐたちは興奮気味なリアクションを返してくれた。
やはり俺と同い年の、異世界のめぐたちの世代は、こうした"楽しみ"に飢えているのだと思った。
なぜならば、異世界での俺の同世代は、みんな産まれた時から戦争の中にいるからだ。
――この異世界にジュライやペストという天敵が現れてから四半世紀以上、そろそろ半世紀も目前に迫っている状況だった。
奴らの日本への本格侵攻が開始されたのが約20年前。
特にこの20年間はあらゆる技術や制度が、人類勝利のために注がれている。
そのため元の世界に存在していたゲームのできるスマホや、動画配信サービス、SNSなど生まれる余地はなかった。
さらに各種のイベントごとや、学校生活では当たり前の存在する、学園祭や、修学旅行などは、20年以上前に廃止され、過去の遺物と成り果てているらしい。
そんな俺たちの世代を、上の世代は憐れんでなのか、それとも絶望を忘れるための回顧なのか。
“この異世界の大人たち”は「かつてか、ああだった。あの時は良かった。今の世代の子達が可哀想だ」との言葉をよく口にする。
しかし全くピンと来ていない異世界のめぐたちは、その度に戸惑う姿勢を見せていたのだ。
だから俺はこの異世界の日本へ来てから、めぐたちには"戦うこと以外の概念が希薄"と思い込んでいたが、その考えは大間違いだったらしい。
『正規配属になったら、たぶんこんなことできないから……後悔したって、時間は戻らない……だから、今を楽しもうと思って……しゅうちゃん、ありがとっ! とっても楽しかったっ!』
祭の準備の最中、めぐにそう言われ、俺は気付かされた。
――いかに俺は【元の平和な世界での日常】を無為に過ごしていたということを……。
正直なところ、元の世界にいた頃の俺は、こうしたイベントごとにあまり積極的ではなかった。
地味な自分には、どこか遠いものだと思い込み、消極的になっていた。
でも、実際に祭の中心へ加わり、皆と一生懸命準備や運営をして、とても楽しいと感じた。
元の世界で積極的に参加をしていなかった自分を態度を後悔した。
しかし、橘さんに言われた通り、今更後悔したところで、過ぎ去った時間はもう戻っては来ないのだ。
この異世界は、元の世界以上に、人類へはめっぽう厳しく、明日が存在しない可能性の方が圧倒的に高い。
後悔さえ贅沢と言えるほど、常に死と隣り合わせにある世界なのだ。
だから異世界のめぐや、蒼太は日々を大切にし、生きているように感じる。
(もう俺はすっかりこっちの世界の人間なんだ……だったら俺も、橘さんたちを見習って、今を生きよう……全力で……!)
結果として、この祭は大成功を収め、俺たち256訓練隊の絆はより深まった。
だがこの世界は、やはり人類に対しては残酷極まりない世界だった
――この数週間後、正規任官を前にして、俺とめぐ以外の全員が戦死してしまったのである。
★★★
「もしも皆が俺を副委員長として認めてくれたのなら、委員長のめぐ……こほん! た、橘さんと一緒に、この自由な日々を、より楽しいものにできるよう精一杯努力すると約束する! どうか清き一票をお願いしたいと切に願うものである!」
俺は最後に皆へ向けて深々と頭を下げた。
こうして2年6組の副委員長立候補に対する、抱負を述べ終えるのだった。
(まぁ、みんながポカンとするのは仕方ないな……以前の陰キャな俺だったら、今の俺を相当キモいと思う……もしかすると期待に答えられないかもしれない……すまない、橘さん……)
「2人とも、ありがとう、ございました。じゃあ、えっと……早速投票を……」
「はい、この付箋を使ってね!」
「あ、ありがとうございます……」
橘さんは真白先生から正方形の付箋の束を受け取る。
元の世界の真白先生は異世界の時と同じく、とぼけた言動をしながら、仕事のよくできる人らしい。
かくして投票が始まり、いよいよ開票の時を迎える。
委員長となっためぐは、かなり緊張した面持ちで、開票作業を始める。
「――っ!!」
驚き。
次いで浮かんだのは、とても悲しそうな橘さんの横顔だった。
「山碕、くん……」
「ふん!」
開票1発目に名前を呼ばれ、山碕は俺へドヤ顔を向けてくる。
2票め、3票目と続いて山碕へ票が入っていった。
橘さんは明らかに寂しそうな様子で、ホワイトボードに書かれた山碕の名前の脇へ、得票数を記入して行く。
(やはりさっきの俺は、相当気持ち悪かったのだろうか……)
「田端くん!」
突然、橘さんの弾んだ声が、耳に飛び込んでくる。
彼女は先ほどとは打って変わり、嬉々とした様子で俺の名前の横へ、得票数を記入していた。
(ようやく一票を獲得できたが……これは多分、蒼太のものだろう。付箋の折り方が雑なので、絶対にアイツに違いない。)
よってここから先が重要だと思う。
「田端くんっ!」
再び橘さんが、やや上擦った声を上げた。
喜んでくれているのは嬉しいが、あらぬ誤解をうけそうなので、もう少しリアクションを控えめにしてほしいところではある。
「っ……!」
俺の隣で山崎は焦りの表情を浮かべている。
「田端くんっ!!」
――その後も、俺の票は伸びて行く。そして……
「では6組のクラス委員は橘さんと田端君にお願いすることになりました。二人とも、一年間このクラスをよろしくお願いしますね」
林原先生の言葉の後、教室が拍手で包まれる。
――お陰様で、俺はクラスの大半の信任を得て、副委員長になることができたのだった。
「くそっ……なんで田端なんかに……!」
依然、山碕は席で悔しそうな表情を浮かべつつ、自分の席へ戻っていった。
ちなみに山碕への票は最初の2票のみ。
おそらくアイツの取り巻きの川島と豊田が入れたものだけだと思われる。
(やっぱりこれも異世界帰りの影響だろうか……向こうでは副隊長だったので、こちらでは副委員長……その可能性は捨てきれないのかもしれないな……)
とはいえ、こうやって公私共に橘さんの側にいる権利を得ることができたから良かったと思う俺なのだった。
「た、田端くん!」
と、やけに緊張した様子の橘さんが声をかけてきた。
振り返ると、彼女は少し頬を赤らめ、肩をぶるぶると震わせつつ、綺麗な手を差し出してくれていた。
「あ、握手……! い、一年間、よろしくお願いしますの……!」
「了解だ」
「あ、やっぱ、ちょっと待っ……ひうぅっ!?」
自分から握手を求めておきながら、素っ頓狂な悲鳴を上げる橘さんだった。
「こちらこそ、一年間宜しく」
「は、はいっ! 一緒に、頑張ろう、ね!」
わずかな嫉妬の気配がありつつも、教室は俺たちの就任を祝う拍手で再度包まれたのだった。
それにしても、久々に握った傷のない彼女の手はとても柔らかく……こうして握りしめているだけで万感の思いがこみ上げてくるのだった。
「それじゃあ2人とも! 早速2人の主導で席替えをお願いね。あまり時間がないから、手短にお願いね!」
林原先生は委員長の橘さんと、【副委員長となった俺】へ、最初の仕事を依頼してくるのだった。