橘さんからのご指名!?
(どうして俺を副委員長に? たしかに異世界で俺は、めぐの副官だったが……まさか、これも異世界の影響の現れなのか!?)
「だ、誰か副委員長をやってくれる人、いませんか!?」
俺が考えている間、橘さんはもう一度、立候補者が居ないかと問いかける。
視線はやっぱり俺へ向けてだ。
(しかたない……橘さんが、指名してくれているんだ。その気持ちには応えないと!)
俺はゆっくりと手をあげてゆく。
俺の動きに気付いた橘さんは、“ぱあぁ!”と、表情を明るくしてゆく。
(元の世界でも副官……もとい、副委員長として頑張って、彼女を支えよう。そうすればきっと、こっちの世界でも俺と橘さんは……!)
なんの恐れもない元の世界で、再び幸せを掴むため。
俺は思い切って、ピンと腕を張り上げるのだった。
だが、
「……では……投票を、します……」
壇上から先ほどとは一転、すごくどんよりとした橘さんの声が聞こえてきた。
投票とはまさか!? と周囲を見渡すと、
「ちっ……」
山碕が、こちらへ忌々しげな視線を送っている。
どうやら、奴も副委員長に立候補したらしい。
(まさか、山碕も副委員長に? なぜ……? まさかまだ橘さんのことを諦めていないのか、この阿呆は……)
こいつが副委員長になったら、きっとまたこの間のように彼女へ立場を利用して詰め寄るはずだ。彼女の身を案じるのならば、絶対に避けねばならない状況なのは明白だった。
そんなことを考えている中、委員長となった橘さんが、俺と山碕へ壇上へ登るよう促してくる。
「投票の前に、田端くんと山碕くんの、決意表明をしてもらいたいです……!」
「ええ!? クラス委員ごときでぇ!?」
想定外だっただろう山碕は、情けない声をあげた。
「だ、だいじなことですっ! みんな、たぶん、山碕くんのことも、田端くんのこともよくわかってません……だから、2人の言葉を、少なくとも、私は聞きたい、ですっ……!」
なんだかとても橘さんの語気が強い気がした。
(一年間、一緒に仕事をする間がらだからな……それに異世界のめぐも、隊長になってからは隊員のことを知ろうとしていたな……)
「では山碕くんから……お、お願いしますっ!」
橘さんに促され、山碕は緊張の面持ちで壇上へ立つのだった。
こうしたことに山碕が慣れていないのは明白だった。
「あーえっと……お、俺は、このクラスの副委員長として、みんなを盛り上げたいって考えてます! 特に今年は修学旅行とかもあるし……俺、北海道へ家族旅行も行ったことがあるんで! きっと役に立つと思います。そ、そういうわけでよろしく!」
存外、山碕の表明は立派なものだった。
皆の反応からも、悪くない感触だと窺い知れる。
そして山崎本人も、自分の発言に自信があるのか、俺へ密かにいやらしい笑みを向けてくる。
だが、俺はそんな山崎の表情などさらりと受け流し――
「次は、田端くん、お願いしますっ!」
俺の番がやってきて、山碕と入れ替わり、皆の前に立った。
壇上から皆を見ていると、胸へ、喜びや悲しみといった様々な感情が込み上げてくる。
――やはりこの2年6組というクラスは、異世界での256訓練隊とほぼ同じ面子であった。命を賭して戦い、そして戦死を遂げた同期ばかりだ。
(またみんなに会えた……! 平和な元の世界で……! この世界には、少なくとも、今は恐れるものなどない……!)
「田端くん、どうかしましたか……?」
なかなか話出さない俺へ、橘さんは不安げな声で問いかけてくる。
「すまない、少々緊張してしまって……」
「……早めに……みんな待ってます……」
俺は目元に浮かんだ涙をこっそり拭いつつ、そう告げる。
改めて皆へ向き合い、大きく息を吸って――
「皆は、高校2年という時期をどういった時期だと考えているだろうか?」
2年6組の副委員長候補としての開口一番を放つ。
予想通り、皆はシンと静まり返っている。
でも、これは想定の範囲内だ。答えが返ってくればラッキーなぐらいだし、むしろこの問いかけで、少しでも"今"へ目を向けてくれればそれで十分なのだから。
「自分……俺は2年生という時期を、高校生活の中では、1番自由な時間だと思っている。来年は進路を決めるといった重要な決断があるからだ」
何人かのクラスメイトは"進路"という言葉を聞き、わずかな反応を見せる。
「でも2年生は1年生ように学校に慣れることも、3年のように重要な決断を迫られるわけでもない。本当に自由だ。そしてこの時は、もう2度と戻っては来ない。一生に一回の貴重な機会だ!」
俺はめぐや、異世界のみんなを思い出しながら言葉を紡いでいた。
今、目の前には、異世界であっさりと死んでしまったみんながいる。
だからこうして前に立っているだけで、どんどん熱いものが込み上げてくる。
「俺はこの一年を、高校2年という1番自由な時を、皆と楽しみたいと切に願っている! だから、今回、副委員長として立候補するに至った!」
自分でも訳のわからない、気持ち悪い発言をしているのだと思った。
でも言葉が止まらなかった。もう2度と会えないと思っていたみんなが目の前にいる。それだけで感情が溢れかえる。
――元の世界は異世界と比べて、死がそこまで身近なものではない。
だからこそ、俺は元の世界で、皆とやり直したい。
異世界では戦死してしまった皆と、もう一度楽しい日々を送りたいと切に願っている。
「もしも皆が俺を副委員長として認めてくれたのなら、委員長のめぐ……こほん! た、橘さんと一緒に、この自由な日々を、より楽しいものにできるよう精一杯努力すると約束する! どうか清き一票をお願いしたいと切に願うものである!」
俺は深々と頭を下げ、言葉を終える。
こうした考えに至ることができたのも、あの過酷な異世界に存在した、めぐや皆の存在があってこそだった。




