なぜか委員長に立候補をする橘さん
「貝塚くんが、"かいづか"の息子さんだって知って! だから、ええっと!」
橘さんはかなり慌てていた。
もしかしたら、蒼太との会話に夢中になって、俺を蔑ろにしてしまった、などと思っているのだろうか?
「蒼太と話をしてくれてありがとう」
「へ!?」
橘さんは意外そうな顔で、素っ頓狂な声を上げた。
「蒼太っていい奴なのに、見た目で結構誤解されがちなんだ」
「ケッ! 別に誤解したい奴はすれば良い。第一俺、高校なんて行く気無かったんだから!」
少し派手な見た目と、こうした尖った態度から、蒼太はたびたび不良と誤解されていた。
本人も、そう思いたい奴は勝手にしろ、的な態度を取るので、蒼太には俺以外に同い年の友達はいないらしい。
「でも、今年はようやく同じクラスになれたし、橘さんっていう趣味のあう友達もできたんだから、これからは毎日来てくれるんだろ?」
「ま、まぁ、シュウと……店のファンっていう……た、橘さんがいるなら、毎日行くのもやぶさかじゃ……」
「と、言うわけで、これからも蒼太と仲良くしてやってくれると嬉しいな、俺的には」
すると橘さんは深いため息を吐き、悩ましげに頭を抱え出す。
「あ、あの、俺なんか悪いこと言ったか……?」
ブンブンと首を横に振る橘さんだったが、やはりどこか不満げな様子だった。
「田端くんはやっぱり大人というか、大人すぎる気が……ーーっ!?」
スマホの画面を見た橘さんは、顔を真っ青に染めて、息を呑む。
「このままじゃ遅刻、ですっ! 急ごっ!」
「あん? 遅刻じゃもうサボってもいいんじゃね?」
と、相変わらずの蒼太であった。
「お前は良くても、俺たちは良くない! 行こう橘さん!」
「貝塚くんも、急いでっ!」
「あ、おい、待てよぉー!」
ーーこうして俺たち三人は仲良くダッシュするハメとなった。
そのおかげで、なんとか登校時間に間に合い、遅刻は免れるのだった。
⚫︎⚫︎⚫︎
元の世界に帰還しはや三日。
元の世界の生活や感覚は徐々に取り戻しつつある。
だけど、どうしても、うっかり涙腺が緩んでしまう場面があるのは否めない。
その場面とはーー
「相川さん!」
教壇で、我が6組の担任【林原 翠】先生が出席の点呼をとり始めた。
美人でショートカットがよく似合うスポーティーな印象の先生だが、教科担当は歴史である。
そして異世界での林原先生は、指導教官の"林原軍曹"として、俺たち256訓練隊を立派な兵士へと鍛え上げてくれた人物である。
「佐々木さん! 佐々木さーん……?」
「あーっ! ごめぇん、翠ちゃん! 佐々木さん、今日はお休みだってさっき連絡もらってたぁ!」
林原先生の横で、素っ頓狂な声を上げた、ふわふわした印象の先生は我がクラスの副担任。
林原先生とは幼馴染の間がらだという、【真白 雪】先生だ。
ちなみに家庭科担当である。
異世界でも林原軍曹殿の幼馴染兼上官の"真白中尉"として存在し、主にMOAのオペレートなどで俺たちのことを支えてくれていた。
異世界と元の世界とでは、立場が逆で、ここは非常に面白いところだった。
「バカゆき……こほん! ま、真白先生? そういう連絡は忘れないでくださいね?」
「はぁあい、気をつけまーす!」
「だから、生徒の前でそういう返事は……」
「さっき、翠ちゃんだって、職員室で同じような返事を私へ返したじゃん? 職場でそういうのはダメだと思うけど?」
「うぐっ!? あ、あれは……!」
いや、社会的な立場は逆転していても、林原先生が真白先生の手玉に取られるといった関係性は林原軍曹と真白中尉と同じだったらしい。
朝から先生たちの漫才を見て、教室がどっと湧く。
林原先生、真白先生共に、この学校ではかなり慕われている先生である。
「田端くん」
「はっ!」
そして、林原先生に呼ばれ、思わず異世界のノリで、素早く起立し、声を張ってしまう俺だった。
これをうっかりやらかしてしまったのは3回目なので、周囲はほとんど反応しなくなっている。
「今日も田端くんはキリッとしてて元気だねー」
真白先生はのんびりそう言い、
「昨日も言ったと思うけど……元気なのは嬉しいけど、起立はしなくても良いからね」
林原先生は苦笑いを浮かべるのだった。
「は……了解……いえ、わかりました……」
思わず敬礼をしそうになった腕を必死に制し、席へ着く。
早く今目の前にいるのは上官ではなく、担任と副担任の先生と認識できるよう、配慮する必要があると思うのだった。
「それじゃあ今日のLHRの最初の議題はクラス委員長決めです。立候補したい人はいますか?」
林原先生がそう聞いた途端、教室内はシンと静まり返った。
面倒なので、誰もやりたくはないのだろう。
(ならば今年は俺が……)
人気者の橘さんとより親しくなるには、こうした立場に身を置き、存在感を出した方が良いのでは……そう判断し挙手をしようとした時のこと。
隣の席から手が上がった。
「あの……わ、私でよければ……」
周囲の意外そうな視線を受けつつも、橘さんはそれでも手を上げたままだった。
彼女がこうして表だった役割につくことなど、これまでなかったからだ。
「ありがとう橘さん。もしも他に立候補いないのなら、彼女で決まりだけで、それでみんなは良いですか?」
林原先生の言葉に、誰も何も口を挟まなかった。
成績優秀、品行方正で、人気者な橘さんに対抗馬が立つはずもなかったのだ。
「じゃあ決まりね。橘さん、1年間このクラスのことを頼みますね」
「は、はいっ! がんばります……!」
「ここからは橘さんよろしくお願いします。まずは副委員長を決めてくださいね」
「は、はいっ!」
橘さんは林原先生と入れ替わり、おっかなびっくりな様子で壇上に立つ。
つい、いつものように手を差し伸べたくはなるも、その気持ちをグッと堪える。
なぜならば、
「えっと……じゃあ、副委員長の立候補者を、募りたいと思います……」
橘さんはオロオロしつつも、一生懸命、委員長としての仕事全うしようとしているのだ。
どうして急に、こんなことをし出したのかはわからない。
でも、彼女がそう決めたのならば、俺は全力でそれを見守りたいと思っている。
現にクラスメイトたちも、頑張る橘さんへ暖かい視線を送っている。
「り、立候補してくれる人は挙手を……お願いしますっ!」
橘さんは僅かに“俺”へ、視線を向けながらそう言ったような気がした。
「誰か、立候補者は、いませんか!?」
またまたちらりと、橘さんの視線が“俺”へ。
もしかして……と思い、周囲に気づかれないよう自分自身を指してみる。
コクリ。
橘さんは極めて僅かに首を縦に振ってみせたのだった。