親友との再会
「……橘さん……」
「なに?」
「別に一緒に登校しなくても……」
「あ、えっと……ぜ、全部一緒、だから……これ、たまたま、だからっ!」
橘さんの言うとおり、出るところも一緒ならば、向かうところも一緒なので、たまたま登校が一緒になったと言うこともできる。
こちらも"めぐ"とは常に一緒にいたので、今更このこと自体が恥ずかしいわけではないのだが……行く先々で、同じ学校の生徒に奇異な視線を向けられるのは、とてもむず痒い感覚である。
「〜♩」
でも橘さん自身は、あまり周りの視線を気にしている風はなかった。
むしろ楽しそうである。
彼女の笑顔が見られるのは、俺にとっての1番の幸福だ。
だったら周囲からの奇異な視線などなにするものぞ!
そうして胸を張って、再び歩き出そうとしていた時のことーー
「おうらっ!」
「ぐはっ!?」
いきなり背後から首へ向けて、軽いラリアットを食らった。
「うおっ!? なんかシュウ、めっちゃ首太くなってね!?」
親友の横顔が間近にある。
めぐと同じく、もう2度と逢えないと思っていた大親友の顔が今、真横に!
「おはよう……蒼太っ!」
「ぐわっ!? な、な、なんだよいきなり!!??」
思わず抱きしめてしまったコイツの名は【貝塚 蒼太】
少しヤンチャな見た目だが、根はものすごく良いやつで、異世界でも、そして元の世界でも、ほとんど唯一と言って良いほどの俺の友達だ。
「す、すまない……蒼太に逢えたのが嬉しくて、遂……」
さすがにこのまま男同士で抱き合っていてはキモいと思い、俺は浮かんだ涙と隠しつつ蒼太を解放するのだった。
「シュウ……こっちこそ悪い、心配かけた……ちょっとここ数日家出してて……」
「またお母さんと喧嘩を?」
"元の世界の蒼太"は、よく母親と喧嘩をしては、後見人の家へ数日間転がり込むことがままあったと思い出す。
「だってよ、お母さ……あの、ババア、学校行け行けうるせぇんだもん! 別に俺、中学卒業したら、店継ぐつもりだったし……」
「そう寂しいことを言うな。せっかく今年は同じクラスになれたのに」
「はぁっ!? それマジか!?」
「こんなことで嘘をつくか。だから俺としては毎日来てくれると嬉しいと思うぞ?」
蒼太と仲良くなったのは高校一年の時。
でも一年の時は、別々のクラスで、なかなか一緒に行動ができずにいた。
そのおかげで山碕からのいじめを悟られず、蒼太に心配をかけずに済んでいた。
もしも、蒼太が山碕のことを知ったら、退学沙汰のことをしかねないと思っていたからだ。それにかつての俺であっても、親友に迷惑をかけるのはどうかと思っていた節がある。
だが、俺は昨高校2年の初日に、山碕を押し除けることができた。
よって、このことで蒼太の将来を危惧する必要はない。
純粋に、親友との平和な学校生活が楽しめそうだ。
「頼む、蒼太。これからは毎日学校、来てくれ……」
「……わかった。シュウと一緒のクラスなら毎日行く!」
「約束だ」
「おう! でさぁ……シュウの隣にいるその子、お前のなんなん?」
蒼太は、橘さんをぎろりとした視線で見下ろした。
これはあくまで蒼太の標準なのだが、周囲からは怖い人間の態度に見えてしまうらしい。
「ひうっ……!」
やはり橘さんに、蒼太は怖い人へ写ってしまったらしい。
俺の後ろへすっかり隠れてしまっている。
「安心してくれ、橘さん。彼は俺の友達だ」
「友達……?」
「怖いのは見た目だけで、良いやつだ。だから、挨拶してくれると嬉しい」
「わ、わかりましたっ……!」
橘さんはおっかなびっくりな様子で、俺の背後から出て、高身長な蒼太を見上げる。
「橘 恵ですっ……田端くんとは、えっと、色々、お隣さんですっ! どうぞ、よろしくお願いします!」
「あ、そうなんだ! シュウの色々お隣さんなのね! 実は俺もでさ! こいつとは合同授業で隣同士になってからの関係なわけ!」
と、蒼太は笑顔で挨拶を返す。
あまり細かいことを気にしないのが、蒼太の良いところなのだ。
「そ、そうなんですか……?」
「俺、貝塚 蒼太! よろしく、橘さん!」
「貝塚っ!? も、もしかして!!」
なんだかとても興奮気味の橘さんだった。
まぁ、蒼太が現れてから、こうなるのは想定の範囲内だったが。
「もしかして貝塚くんは、駅前の"かいづか"に関係が!?」
「実家だよ。お母さんが店主で、俺は高校でたら店を継ぐつもり!」
「やっぱり! 昨年はそちらのかき氷に、とってもお世話になりました!」
蒼太の実家は駅前で"かいづか"という昼は定食屋、夜は居酒屋といった飲食店を経営している。
そしてそこの夏季限定で販売される"かき氷"は、発売シーズンになると老若男女、県内外からたくさんのお客さんが買い求めにくる、非常に有名な代物だ。
「そうなんだ! ありがとう! 今年もGW明けかから発売開始するからよろしく!」
「かいづかの生姜焼き定食も大好き! あのタレの絶妙さといったらもう……!」
「あのタレは俺が仕込んでるんだぜ!」
「本当!? ち、ちなみにあのコクのある甘みの正体は三温糖じゃ!?」
「そうそう、その通り! もしかして橘さん、料理好き?」
「うんっ! 実はたまに休みのお昼に、かいづかへ行って、こっそり味を盗んでます!」
橘さんは目をキラキラと光らせながら、蒼太と会話を交えている。
やはり店を継ぎたいと、日々料理の修行に励んでいる蒼太とは会話が弾むようだ。
きっとこの蒼太とも"鮫島さん"同様に、元の世界でも良い友人関係になれるだろうなと思う。
そんな中、突然橘さんが慌てた様子で、俺の方を向いてくる。
「はっ!? ご、ごめん、田端くん! これはその……!」
何故かしどろもどろになっている橘さんだった。
なんだ? このリアクション……?




