表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

122/123

怒りの日


「い、いらっしゃいませ! あ、あの!」


 店主の真珠さんは、いきなりやってきたキャシーさんを筆頭とする3人組の外国人を見て、怯んでいた。

きっと真珠さんは英語が不得手だから、どう応対したら良いか困っているのだろう。


「先生は先に席へ行っててください」


 俺は林原先生へ会釈をした後、店先で棒立ちしている真珠さんのところへ向かってゆく。

そして、来店したばかりのキャシーさんたちの前へたった。


「た、田端くん?」


「ここはお任せください、真珠さん!……Goodevening! For how many?」


 こうやってさらりと英語が話せるようになったのも、異世界でキャシーさん達と交流があったおかげだ。

 

★★★


ーー林原軍曹殿決死の覚悟のおかげで、俺、めぐ、井出さん、そして真白中尉は敵に制圧された美咲基地から、ヘリにて辛くも脱出に成功する。


「貝塚くんね、総評験の時にね、毒蛇に噛まれた私を一生懸命看護してくれたの。そこからなの、私が彼を好きになっちゃったのは……でも、彼には七海ちゃんがいるし……貝塚くんも、すごく優しくはしてくれるけど、絶対に私に手は出さなかったし……だから余計に、私……」


 ヘリの中で膝を抱えた井出さんが何かをぶつぶつと呟いている。

しかし強いローター音が機内に響き渡っているため、何を呟いているのか、よく聞こえない。


「私酷いんだ……もしも七海ちゃんが死んじゃえば、私が貝塚くんの恋人になれる、とか思っちゃったり……そしたら先に、貝塚くんが、七海ちゃんよりも……その七海ちゃんも……!」


 井出さんは頭を抱え、苦悶に満ちた表情を浮かべた。


「ああ……あああっ! きっと、私がいけないんだ……私が変なことを考え始めたから、神様が罰を与えたんだ……少しでも、仲間に死んじゃえなんて、思った私に……だから、京子も、美香も、七海ちゃんも、基地の皆さんも……貝塚くんも……ああ、あああああ……!」


 突然、ヘリが大きな揺れに襲われた。

俺は咄嗟に、近くに居ためぐを守るように抱きしめる。

 窓にはちらりと、蔓のようなものが見える。

どうやらこのヘリは、ジュライの蔓の襲撃を受けたらしい。


 ヘリは黒煙を上げつ墜落してゆく。

そしてヘリは、赤い火花をあげ、バラバラになりながら、山間にまっすぐと伸びる幹線道路へ胴体着陸をするのだった。


「め、めぐ、大丈夫か……?」


「う、うん。しゅうちゃんは……?」


 俺たちは辛くも残骸の間にできたスペースにいたため、お互い無事であった。

更に目の前には外へ脱出できそうな隙間さえあった。

まさに奇跡としか言いようのない状況だった。


 しかしそんな俺たちとは裏腹に、周囲からは微かな呻きが聞こえてきている。

でも、危険な状況なのは俺とめぐも一緒。

 だから俺たちは、まず自分たちの安全を確保するため、機外へ出てゆく。

そして機外に放り出されて、倒れている真白中尉と井出さんの姿を発見する。


「めぐは、井出さんを! 俺は真白中尉をみてくる!」


 俺は急いでうつ伏せに倒れ込んでいる真白中尉へ駆け寄ってゆく。

そして中尉の脇腹に突き刺さる鉄骨を見て、血の気が引いた。


「ちゅ、中尉殿、ご無事ですか……?」


「……はぁ……はぁ……ううっ……」


 真白中尉の背中はまだ僅かに動いていた。

一応、生きてらっしゃったことには、安堵する。

しかし、このままの状態ではまずいのは明らかだった。

だけど、今の俺には、どうすることも、いや、どうしたら良いのか全く判断がつかない。

そうして、ただ茫然としていた俺の背後で、大きな砂柱があがった。


「……マジかよ……」


 幹線道路のアスファルトが、突然生えてきた、無数のジュライの蔓によって砕かれていた。

蔓の大群はまるで俺たちを獲物と言わんばかりに、こちらへ伸びてきている。


(もう、ここまでなのか……? 俺たちは、俺はここで終わりなのか……?)


 絶望で膝から力が抜けてしまう。

そんな俺の頭上を、120mm砲の砲弾が過ぎって行く


 砲弾によって正面のジュライの蔓が爆散される。

そして俺の前に、米軍の正式採用MOAエイブラムスが3機現れた。


『シュウヘイ! ここは私たちが食い止めるわ! だから早く逃げて!』


 エイブラムスからキャサリン少尉ーーキャシーさんの声が聞こえてくる。


『オイオイ、この隊の隊長は俺だぜ? かっこいいとこ奪うんじゃねぇよ、キャシー』


『しかし、キャシーがこういう勇ましい態度をとる時は、生存率があがるとデータにあります、中尉殿!』


 いつもの調子のジェイソン中尉とダミアン少尉の声も聞こえてきた。


『ははっ! キャシーはヴァルキリーってか! だったらその迷信信じてやろうじゃないか! ジェイソン隊、GO!』


『Good Luck! See you Again! シュウヘイ!』


 キャシーさんのその言葉を最後に、3機のエイブラムスは、ジュライの蔓の大群へ、突撃してゆく。


 その勇敢な機影は、俺に新たな感情を芽生えさせた

それはずっと、この状況が始まってから、恐怖や、悲しみの裏で密かに燃え上がり初めていた感情。

元の世界で、山碕らに好き勝手されていた時にも感じていたものの倍……いや、今はその時以上の熱量を誇っている。


 しかし今の俺では、その感情を"力"としてぶつけることは難しい。

だが、それでも俺は、せめて言葉だけでも、人類を蹂躙する奴らへ、報復したいと考える。


「ジュライ、ペスト……覚悟してろ……!」


 爆発するエイブラムスの赤い炎を目に焼き付けつつ、俺は言葉を続ける。


「絶対に俺が滅ぼしてやる……この国から、この世界から! お前らの存在を根こそぎ、跡形もなく!」


ーー西暦1983年7月。この星に突然ジュライとペストは現れた。

なぜ現れたのか。目的はなんなのかはいまだに不明。しかし、人類の敵であることは明らかだった。

そしてたった数年で、ソ連領を除く、ユーラシア大陸のほとんどが奴らの制圧下に陥る。

 我が国も2000年代初頭には、上陸を果たしたジュライ・ペストによって西側を制圧さてれてしまっていた。


 奴らは脅威的な繁殖力と物量で迫り、俺たち人類を脅かし、すでに総人口の半分以上が失われている絶望的な状況だった。

でも、そんな状況でも人類はMOAという力を手にし、存亡をかけた抵抗を試みている。


「人間を、俺たちを侮るなっ!」


 やがて上空から、闇の中でもはっきりとわかるほどの白色で塗装された10式MOA「烈火・改」ー〜白石 姫子特務中尉のカスタマイズ機である、通称『白雪姫スノーホワイト』が舞い降りてくる


『田端、今のうちよ! 生還者をここに集めて! 急いで!』


 白雪姫から白石さんの声が聞こえてきた。

すでに白雪姫の足元には、井出さんの肩を担いだ、めぐの姿がある。


 俺はたった一機になりながらも、懸命に戦い続けるエイブラムスに背を向け、走り出す。



ーー俺のこの過酷で残酷な異世界での怒りの日は、この日、この瞬間から始まったのだった。


★★★


「あら、あなた店員さん? わざわざ英語でありがとね! でも、日本語で大丈夫よ!」


 元の世界でも、やはりキャシーさんはネイティブと思えるほど、日本語がお上手だった。


「ああ、やっぱりそうでしたか……」


「どういうこと?」


「いえ、こちらの話です……俺はただの客です。でしゃばった真似をしてすみませんでした……」


 キャシーさん達の前にしていると、今にも泣き出しそうになっていた俺は、それを隠すため3人へ背を向ける。


 すると、ちょうど奥座敷から出てきた、めぐと視線が重なる。


「あら! メグミー!」


 キャシーさんは俺を通り越して、めぐに声をかけていた。

 めぐも驚いた様子を見せ、やや小走りで俺を過り、キャシーさんへ近づいてゆく。


「お、お久ぶりです、キャシーさんっ! どうしてこちらに!?」


「ちょっと、橘三佐とお話があってね。で、三佐からこのお店が美味しいって伺ったんで、ディナーにきてみたわけ!」


「ん? キャシー、この子知り合いかい?」


 ジェイソンさんはそうキャシーさんへ問いかける。

おそらく3人の中でめぐと面識があるのはキャシーさんだけなのだろう。


「この子、橘三佐の娘さんのメグミちゃんよ! お料理が上手な、とっても良い子よ!!」


「Jesus……! あのMr.タチバナに、こんな可愛らしい娘さんがいただなんて……!」


「自分もにわかに信じられません。これは奥様が相当お綺麗なのだと思いますよ、中尉殿」


 可愛いめぐのお父さんにこの評価。

めぐのお父様とは一体どんな人物なのだろうか。

いずれ対面するだろうから、今から心構えをしておいた方がいいと、感じる。


「でも、なんでしゅうちゃん、キャシーさん達とお話を?」


 めぐは俺とキャシーさんを交互に見渡しながらそう言う。


「この子ね、私たちの来店に店員さんが困っていたら、英語で対応しようとしてくれたのよ! この子って、メグミのお友達?」


「と、友達というか……えっとぉ……」


 めぐは耳まで顔を真っ赤に染めながら言い淀む。

するとキャシーさんは察したのか、めぐへ顔を寄せ、ニンマリを微笑む。


「ナイスガイ捕まえたじゃない、メグミ?」


「はうぅ……」


「あ、あの、お話中のところすみません……せっかくご来店いただいたのに恐縮ですが、本日は満席でして……」


 真珠さんはキャシーさんたちへ、申し訳なさそうに店の状況を告げる。

確かに店は、いつの間にか満席になっていた。


「ああ、そうなの残念だわ……」


「あ、あの! 私たちの席の隣、空いてます、よね……?」


 めぐの言うとおり、奥座敷にはもう一つ席があり、俺達の荷物置き場となっていた。


 これは高校生である俺たちへの真珠さんなりの配慮だった。

たとえノンアルコールだろうと、学生が居酒屋にいることで、とやかくいう輩から出るとも限らない。

そんな余計な正義を振りかざす輩から、俺たちを守るための真珠さんが奥座敷をまるまる貸し出してくれていたのだ。


 しかし、もうすでに、我がクラスの担任と副担任が宴席加わってしまっているので、隠すもへったくれもない状況なのだが……


「メグミ、良いの? 邪魔じゃない?」


「たぶん、大丈夫です! 私からみんなには説明します! せっかく、来たんですから、ぜひ! ここの生姜焼き、本当に美味しいんですよ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ