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女の戦い


「やっほー! みんないらっしゃーい!」


 居酒屋・かいづかの暖簾を潜ると、髪を後ろで結い、店主の真珠さんのような着物を来た鮫島さんが出迎えてくれた。

 鮫島さんは蒼太と付き合い始めてから、こうしてお店の営業を手伝っているらしい。


「ななみん、かわいいっ! すごく似合ってる!」


 めぐを始め、一緒にいる佐々木さん、加賀美さん、井出さんも口々に鮫島さんへ賞賛の言葉を贈っている。

すると、鮫島さんは頬を赤らめ、嬉しはずかしと言った具合に微笑む。


「えへへ! みんな、あんがと!」


「おい、七海、寒いからさっさと扉閉めろよ! 他のお客さんのご迷惑だろうが!」


 料理場カウンターで蒼太は、魚を捌きつつ、まるで亭主のように鮫島さんへそう言い放つ。


「なぁーに、みんながいるからって、亭主みたいにカッコつけてんのかな、蒼ちゃん?」


「うぐっ……て、亭主ってお前な……!」


「あれれー? 耳まで真っ赤にしてどうしたのかなぁ?」


「は、早く、みんなを奥座敷へ案内しろ! 寒いだろ! あと、早く、この料理お客さんのとこ持ってけ!」


「はいはい、わかってますよ。じゃあ、みんな奥へどーぞ!」


 他のお客さんたちも、そして店主の真珠さんも、蒼太と鮫島さんのやりとりを微笑ましそうに眺めている。

どうやらこのやり取りは店公認のものらしい。


 鮫島さんに案内され、俺たちは奥座敷へ向かってゆく。


 今夜はこれから、体育祭の時なにかと手伝ってくれた皆と、打ち上げと称した食事会を催す。

開催場所は居酒屋だが、もちろんノンアルコールで、である。


(それにしても、鮫島さんと蒼太は、相変わらず仲良さそうだな……)


 異世界での2人の最期を知っているからこそ、感慨深いものがあると感じる俺だった。



★★★



ーー相垈市の戦闘で傷を負い、美咲基地の医務室に運び込まれた蒼太の身体から、突然ジュライの蔓が溢れ出た。

その蔓はあっという間、美咲基地の内部を侵食し、席巻してゆく。

基地内へ取り残された俺、めぐ、井出さん、そして鮫島さんの4人は、行手を塞がれ、落ちていた武器で必死の抵抗を試みている状況にあった。


「くそっ! なんなんだよ、この状況……一体なんなんだよぉ!!」


 俺は教室の机で構築したバリケードの間から、自動小銃の三点バースト射撃を行いつつ、この終わらない状況に怒り、そして吠えた。


 ジュライの蔓自体は、5.56ミリ弾丸でも撃ち抜くことができた。

しかし、排除した途端、奥から別の蔓が押し寄せてくる。

そのため、いっときでも射撃を緩めれば、蔓に飲まれてしまう状況は容易に想像ができた。


「しゅうちゃん! 諦めないで! 絶対に大丈夫だから!」


 こんな状況でもめぐは俺のことを励まし、さらに正確な射撃で蔓を排除し続けていた。


「……」


 先程まで恋人の蒼太の死によって取り乱していた鮫島さんだったが、今はいやに静かな様子で、ただ淡々と射撃を繰り返している。


「私の……私のせいだ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 そして井出さんは、拾った自動小銃をまるで抱き枕のように抱え、ひたすら謝罪の言葉を繰り返している。


 自動小銃の弾が切れ、弾倉を交換しようと手を伸ばす。

先程までは見ずとも容易に弾倉を掴めたのだが、今は目視をしなければ拾い上げることができない。

それほど残り弾薬は心許なく、だからといって蔓の侵食は確実に深まりつつある。


(このままじゃ、ジリ貧だ……背後の屋上に続く扉に逃げ込みたいけど、射撃をやめれば、蔓はあっという間にこっちまで迫ってくる……どうしたら良いんだ……!)


「あのさ、使う気がないなら、それこっちに渡して」


 胸が押しつぶされそうと思うほどの、鮫島さんの冷たい声が背中の方から聞こえてきた。


 鮫島さんは井出さんから無理やり自動小銃を奪い取る。

そして淡々とした様子で、弾倉や、手榴弾を拾い集め始めた。


「な、ななみん……? なにを……?」


 めぐが声を震わせながら問いかける。

すると鮫島さんは、いつも見せる明るい笑顔を浮かべた。


「みんなは行って! ここはウチがなんとかするからさ!」


 鮫島さんはそう告げ、二丁の自動小銃を抱えつつ、バリケードの外へ出てゆく。


「ま、待って!」


「めぐみん……いままで仲良くしてくれてありがとね! 楽しかったよ! たばっちといつまでもお幸せにね♩」


「ななみん!」


「だ、だったら、私も連れてって!」


 そう声を上げたのは、意外にもさきほどまですっかり戦意を喪失していた井出さんだった。


「井出さんは特にだーめ!」


「なんで!?」


「なんでって、そりゃ……悔しいけど、井出さんの命って、蒼ちゃんが最後に守ったものだもん。ここでもし井出さんを死なせたら、あっちで蒼ちゃんに怒られると思うし! だからちゃんと生き残って! お願いっ!」


 鮫島さんはいつもの調子で、井出さんに答える。


「で、でも!」


 それでも井出さんは決意を改めようとはしない。


「はぁ……もう……最後だから、後腐れなく終わりにしたかったんだけどなぁ…………」


 急に鮫島さんは眉を顰め、冷ややかな雰囲気を放ちだす。


「ぶっちゃけ、こっち来ないで。邪魔しないで。アンタを先に蒼ちゃんのところになんて行かせたくないんだから……」


「ーーっ!?」


「あの人の傍へ最初に行くのは、恋人のウチなんだから……アンタになんて絶対1番は譲らないんだから!」


 鮫島さんは井出さんの視線を振り切り、迫り来る蔓へ向けて射撃を開始する。


「たばっち、君は最後の男の子なんだから、めぐみんと井出さんをちゃんと守るんだぞ!」


「鮫島さんっ……」


「早くっ!」


「……行くぞっ!」


「ななみんっ!」


 俺は胸の痛みを堪えつつ鮫島さんへ背を向け、めぐと井出さんの手をとり、屋上に続く階段を駆け上がり始めるのだった。



★★★



「これ、うまぁ! 私、こういう料理大好き!」


「春奈、良い舌を持っていらっしゃるぅ! そのささみフライね、蒼ちゃんの自信作なんだよ!」

 

 居酒屋・かいづかにて行われている2年6組体育祭打ち上げの席。

接客係から、打ち上げ参加者に様変わりした鮫島さんは、井出さんの隣にいて、楽しげに会話している。


 そんな2人の様子を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。


「しゅうちゃん、さっきからなんか嬉しそうだね。なにか良いことあった?」


 きっちり、この場でも俺の隣をキープしているめぐが、そう聞いてきた。


「ああ。鮫島さんと井出さんが、クラスメイトとして仲良くしてくれてることがな……」


「……もしかして、あっちであの2人に何かあったの?」


 さすがは俺の彼女のめぐだ。

勘が鋭い。

 俺はめぐにだけ聞こえる声量で、異世界での鮫島さんと井出さんの最後のやりとりを説明する。


「……そっか、そんなことがあったんだ……辛かったね……」


「ああ……辛かった……あの地獄で、更にあんな場面を見せられたんだから……」


 あれは遠い昔の、更に異世界での記憶だ。

だが、あまりに衝撃的だったあのできごとは、未だに俺の脳裏にこびりついて離れず、気を許すと気持ちが暗く沈み込んでしまう。

そんな俺を慰めるかのように、めぐは手を重ねてきてくれる。


「大丈夫だよ。こっちのななみんと井出さんは仲良し。絶対に喧嘩したりしないよ。安心して!」


「そうだな……そうだよな!」


「私たちも、ね?」


 不意に甘い声でそう囁きかけられて、胸が高鳴らない男などこの世に存在しないだろう。

そしてやっぱり、めぐは可愛いくて、世界一素敵な俺の彼女だと思う。


「ちょっとそこー! なに隠れていちゃいちゃしてんのかなぁ?」


 と、揶揄ってきたのは、こういうことにはめざいとい鮫島さん。


「ひぅっ!? あ、あの、これは、えっとぉ……!」


「ちょ、ちょっと、俺トイレ!」


「い、いってらっしゃいっ!」


 このままだと、みんなに無茶苦茶揶揄われると思った俺は、めぐから手を離し、トイレへ向かってゆく。


 すると……


「あれぇ? 田端くんじゃん! やっほー!」


 トイレから出てきた、明らかにほろ酔い状態な真白先生と出くわすのだった。


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