これからもどうぞよろしくお願います!
(異世界のめぐには最初の頃、いただきますをちゃんと言えず、すごく怒られたからな……だからこうして“いただきます!”言えるようになったんだ……)
だから先ほど“好き”と言ってくれた俺の態度は、異世界の彼女に教育された結果である。
「では、改めていただきます」
「ど、どうぞ召し上がれっ!」
橘さんの期待の視線を受けつつ、ナイフの刃をハンバーグへ走らせた。
目玉焼きからトロッと黄身が溢れ、ハンバーグの肉汁とゆっくり溶け合ってゆく。
更にハンバーグの中からはーー
「おお! こ、これは!?」
「今夜はね、チャレンジしてみました!」
「まさか、家庭でチーズ入りハンバーグが!」
目玉焼き、チーズ、そしてハンバーグの三重奏。
橘さんの作る料理はすべて優しい味がした。
口の中が幸せでいっぱいに満たされてゆく。
「美味しい……?」
「美味いっ! 美味いですっ! ああ……生きててよかった……」
「お、大袈裟な……でも、すごく嬉しい、ですっ……!」
正面に座った橘さんは、俺の方を見ながらしみじみと言った様子でそういった。
そして和やかに俺と橘さんの2人っきりの食事が続いて行く。
「あ、あの田端くん……ちょっと、自分の話をしても……?」
食事をしつつ、橘さんは遠慮がちに言葉を発した。
「ああ。遠慮せず話してくれ」
俺がそう答えると、橘さんは嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。
「……えっと……それじゃ……毎回、なんでも、美味しそうに食べてくれて……あ、ありがとうございますっ!」
「感謝するのはむしろこっちのほうだ。こちらこそ毎晩のようになってしまい、申し訳ないと思っている」
「そんなことない、です……むしろ、私はずっとこういうのに、飢えてましたから……」
飢えている。
橘さんから出た、彼女にはあまり似合わない単語に、意図せず胸が鳴る。
「転校多くて、私、空っぽが多かった、です……お父さんは忙しいし、お母さんはいないし……割と一人が多くて……」
そういえば、異世界のめぐも同じようなことを言っていた。
異世界の橘 恵は、"橘氏"という非常に有力な家系の出身で、更に本人の類まれなる才能もあり将来を嘱望されていた。
そのため周囲は彼女を特別視し、どこか遠慮がちだった。
彼女自身も、その自覚があったのか、あまり他人へ踏み込まず、どこか隔絶している感があったと記憶している。
そして放課後の休憩スペースでの話から“元の世界の橘さん”も同様に孤独感を抱いていたのだとわかった。
「だから、今凄く嬉しい……! 作ったものを美味しそう食べてくれる人が、ようやく現れてくれたから……! しかもそれが……!」
と、言いかけ、橘さんは口を噤む。
最後に何を言いたかったのかはよくわからなかった。しかし、あまり深追いしない方が良いと直感する。そして代わりの言葉として俺は……
「だったら……また、こういうことお願いできないか……?」
勇気を出して、橘さんへそう告げた。
「え? 良いん、ですか……!?」
きっと橘さんは、こちらのこういう返しは予想外だったのだろう。
心底驚いた様子を見せている。
「俺も一人暮らしで、そんなに料理が得意じゃない……だから、またこういうのをお願いできると、凄く嬉しい……」
話してゆくうちに、橘さんの表情がどんどん明るんでいることに気が付いた。
「もちろん、今度からはきちんとお金を支払う! 今日の分だって……!」
「ここまでの分は大丈夫! 私が……勝手にしてたことだから……」
この橘さんの優しい笑みに甘えるわけには行かない。
「だが……」
「じゃあ、次回は全額田端くんが出してくれれば……」
「ああ、もちろん!」
「そっからは、私も一緒、だから半分ずつ……」
一瞬、我が耳を疑い、間抜けな声で「い、一緒って……?」と聞き返す俺。
「……お隣さんだから、一緒に……た、食べた方が……効率がいいかなぁと……!」
橘さんは途切れ途切れではあるものの、はっきりとそう告げてくる。
「そ、そうか、効率的……たしかに……」
「ダメっ、ですか……?」
橘さんは伺う雰囲気でそう聞いてきた。
「ダメじゃない。むしろ、よろしくお願いします!」
気恥ずかしさを強く覚えたので、その場で頭を下げ、照れ隠しをしてしまう俺だった。
「あっ! こ、こちらこそ! お願いしますっ!」
橘さんも慌てた様子でペコリと頭を下げてきた。
「じゃあ、そのぉ……」
橘さんは、スマホを取り出し、それを握ったり、離したりを繰り返している。
「連絡先、交換するか?」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
橘さんはスマホを両手で差し出してくる。
すでに画面には彼女の連絡先を容易に俺の端末へ送信するためのQRコードが表示されていた。
こちらも慌ててメッセージの受け入れ準備をしようとスマホを取り出す。
しかし、3年ぶりに元の世界のスマホを弄っているため、どうやって2次元コードを読み込めば良いかわからず齷齪してしまう。
異世界では隊の全員は常にネットワーク接続されていて、こうしてわざわざ連絡先を教え合う風習がなかったからだ。
「どうしたの……?」
「いや、こういうの久々で……どう操作をしたら良いものかと、あはは……」
「こういうの苦手?」
「ええ、まぁ……」
「ふふん……弱点発見……!」
橘さんはクスリと笑い、席から立つ。
そしてわざわざ俺の隣に並び、スマホの画面を覗き込んでくる
距離が異様に近く異世界で培ったはずの“鋼の精神”が一瞬で瓦解した。
「どうかしまし、た?」
「あ、いや……! ま、まずはどこを操作すれば!?
「そこのね、アイコンをタップ、です」
「こ、これか?」
「うんっ! で、カメラを起動させて……」
ドキドキが止まらなかった。
やはり元の世界の橘さんも、異世界のめぐと同じく、優しくて、可愛くて、そしてすごくいい匂いがする。
「改めて、よろしくお願いします。田端くんっ!」
「こ、こちらこそよろしく!」
異世界のめぐを幸せにできなかったのだから、元の世界の彼女は全霊を尽くして幸せにしたい。
そう強く思う俺だった。