過酷な異世界へ転移……そして"強く"なり帰還!
「さっさと拾えよ。食べ物は粗末にしちゃぁダメだよなぁ? 田端くん?」
夜のコンビニの前で、同級生の山碕はニヤニヤした表情でそう言い放った。
俺と山碕の間には今夜食べようと思っていたおにぎりやサンドイッチ類が散乱していた。
しかも山碕らに踏まれ、ほとんどが原型をとどめていない。
(最悪だ……学校の外でも、こいつらに会うだなんて……)
怒りは覚えた。
しかし歯向かう勇気のない俺は、踏み躙られた食料を大人しく拾い始める。
「うわぁっ、汚ねぇ」
「こいつマジで拾ってるよ」
山碕の取り巻き2人ーー川島と豊田ーーも、俺を見下し、げらげらと笑いこけている。
さすがの俺も、思わず眉を顰めてしまった。
「なんだよ、田端、その目は?」
「ご、ごめん……! 暗くてちょっと見えづらくて……ははは……」
「気に入らねぇな! おうらっ!」
「がはっっっーー!?」
山碕に無理やり立たせられ、腹へ拳を叩き込まれた。
俺は地面へうずくまり、咳き込みながら必死に潰れた食料品をかき集める。
そして山碕らの嘲笑を背に受けながら、その場から逃げるように立ち去るのだった。
ーー高校に入ってから今日までの約1年間、こんな状態が続いてしまっていた。
(ダサいな……俺って……)
そうは思えど山碕らに逆らえないのは、アイツらが俺よりも、力が強いので、それを恐れているからだった。
ーーそして今夜は最悪が重なってしまった。
「あっ……!」
あろうことか、こんな情けない姿を、同じマンションの隣に住む、同級生の美少女に見られてしまったのだ。
俺、【田端 宗兵】と学校で1番可愛いと評判の【橘 恵】さんは同じマンションの5階に住むお隣さん同士。だけど、それだけ。俺と彼女に接点は無いし、そもそも住む世界がまるで違うのだ。
俺はクラスにいても居なくても、周囲にあまり影響を及ぼさないモブのような存在だ。
何もかもが平凡。特筆すべき点は特になし。
おまけに山碕らからイジメのようなことも受けている。
片や橘 恵さんは亜麻色がかった長い髪、白い肌に、丸い瞳といった、とても愛くるしい容姿だ。
やや口数が少なく、多少おどおどしているところもあるが、返ってそれが彼女の大きな魅力となっていた。
おまけに低身長で、小動物のような愛らしさから、まるで"マスコットキャラクター"のようだとみんなからの人気は絶大だった。
そして数多の告白をなぜか断り続ける"難攻不落の美少女"である。
そんな彼女へ想いを寄せる男子は数多に存在し、俺もその1人であった。
だけど……
「あ、あのっ……!」
「ーーっ!!」
拳をぎゅっと握りしめていた橘さんに、俺は背を向けて走り出す。
好きな人に情けない姿を見られたことが恥ずかしかったからだった。
隣人なのにも関わらず、一年以上も彼女を見ているだけの小心者な自分が心底嫌になった瞬間だった。
「はぁ……異世界へ行けたらなぁ……」
マンションの屋上へ逃げ込んだ俺は、コンクリートの上で夜空を見上げながら、最近よく思う願望を口にする。
数多の作品世界の中において、俺のような存在は、異世界へ転生・転移をすれば……チート能力をもらったりして、人生が大逆転するのがセオリーだ。
「俺にはその資格があるよな……だったら、頼むよ、神様……」
ーー俺はわりと強くそう願い、瞳を閉ざす。
すると一瞬、身体がふわりと浮いたような感覚を得る。
驚いて、目を開け飛び起きてみると……
★★★
「あれ……? なんで街がこんなにボロボロ……?」
この日、俺は突然、元の世界に似通っているが、あらゆる点で異なる【異世界】へ迷い込んでしまった。
ーーそこは元の世界とは異なる"日本"
人類は生き残りをかけて【MOAという巨大人型機動兵器】を駆り、【ジュライ】や【ペスト】という【巨大生物群】と半世紀近く、世界中で戦い続けているーーといった、元の世界に極めて近いが、しかし遠くて、とてつもなく【過酷な異世界の日本】だったのだ。
ーー俺はひょんなことから、この世界においての兵士ーーMOAのパイロットーーとして訓練を受けることとなった。
軟弱で隠キャな少年だった俺は、当初こそ、軍の訓練の過酷さについて行けなかった。
皆に呆れられ、悔しい想いを重ねた。
しかし諦めず努力をし続けたことで、兵士として必要な体力と筋肉がつき、それが自信となっていった。
加えて厳しい訓練は、体力・筋力と共に、俺へ精神的な"強さ"も与えてくれた。
俺は軟弱で隠キャな少年から、1人の男に生まれ変わることができたのだ。
おかげで皆は俺のことを見直してくれ、仲間に迎え入れてくれた。
林原軍曹、真白中尉、白石さんといった、人生の先輩たちの教えは俺の心をより強くしてくれた
さらに……!
『頑張ろ……一緒に……! しゅ、しゅうちゃんっ!』
異世界の日本にも【橘 恵】さんは存在していた。
こちらの世界でも彼女は人気者で且つ可愛かった。
そんな彼女と俺は、同じ訓練校の同期として苦楽を共にし、元の世界では考えられないほど親しくなった。
お互いを"しゅうちゃん" "めぐ"と呼び合うほどにまで仲が深まった。
最終的に俺は、めぐが率いることとなったMOA部隊の副隊長へ任命され、彼女を公私共に支える立場になったのだった。
ーー全てが順調に思えた。もう元に世界に戻れなくても良いと思い始めていた。
だけどこの異世界の日本は……いや、地球は、出鱈目で、ご都合主義で、その癖人類にだけはめっぽう厳しい場所だったと思い知ることになる。
俺や皆を立派な兵士として育ててくれた林原軍曹は、俺たち訓練兵を守るためにしんがりを務め、生きたままペストに食われ戦死した。
俺とめぐを救ってくれた林原軍曹の親友である真白中尉もまた、ほどなく戦場で命を落とした。
異世界で俺を導いてくれた"同じ転移者"である、白石さんもMIA(戦闘中行方不明)となってしまった。
苦楽を共にした戦友たちも圧倒的な敵の力に屈し、次々と命を散らしていった。
『ごめん、なさい……もう、忘れて……私のことは……しゅう、ちゃん……』
そしてーー大事な人となった橘 恵……"めぐ"さえも、俺は守ることができず、死なせてしまった……。
異世界の日本に取り残された俺は、皆の、【めぐ】の無念を晴らすべく【ジュライ】や【ペスト】と闘い続けた。
軟弱だった俺を、ここまで強くしてくれたこの世界へ恩返しがしたかったという気持ちもあった。
だが……そんな俺へも、この世界へやってきて3年目の冬、北国で最期の時が訪れた。
同時に、この世界の日本も人類の脅威と、他国からの侵略によって、滅亡のカウントダウンを迎えていた。
『林原軍曹、真白中尉、貝塚大尉、白石さん……鮫島、蒼太……めぐ……俺も、今そっちへ向かうよ……』
もう、この世界で俺にできることは何もなかった。
もし、死後の世界があり、そこでみんなやめぐに出会えるならばと願いながら……俺は火花の散るMOAのコクピット内で、静かに瞳を閉ざす。
ーーふと、死の瞬間、俺の体と意識は不思議な感覚に包まれた。
(この感覚は、もしかして……!?)
⚫︎⚫︎⚫︎
「帰ってきた……? 帰ってこられたのか!?」
気がつくと、俺は元の世界の住まいであったマンションの屋上に寝転んでいた。
傍に転がっていたスマホの時間表示から、"かつて自分が異世界転移をした日の夜"に戻っていた確認する。
俺は急いで元の世界の衣装に着替えると、マンションを飛び出した。
(本当にここは元の世界なのだろうか……?)
やはりどこにも【ジュライ】、【ペスト】、【MOA】といった異世界を象徴するものの痕跡は一切見当たらなかった。
目の前には俺が生まれ、そして育った平和な"元の世界"があるだけだったのだ。
「コンビニがあって、食料に溢れてる……! やっぱり、ここは元の世界なんだ……!」
驚き、喜び、安堵などといったあらゆる感情が一気に押し寄せてきた。
(とりあえず、一旦マンションへ戻って、状況を整理するとしよう)
そう思った俺は購入したばかりの暖かいオムライス弁当を片手に家路を急ぐ。
「なぁ、行こうぜ! なぁ!」
「は、離してっ!』
ふと帰り道の中、視界の傍で、見覚えるのある亜麻色の長い髪が揺らめいた。
もう2度と聞くことはない思っていた声が、俺の体をそこへ振り向かせる。
駅前の少し外れにある、西口公園。
ここは不良の溜まり場となるので、夜間は近づかないよう言われている場所だった。
「いやっ!」
そこには買い物袋を持った、彼女の姿ーーめぐ……【橘 恵】の姿があったのだ。
「おい、さっさとこいつの口を塞げ!」
「んぐぅっ!? むぅー!!」
「さぁて、へへ……どう楽しませてもらうかなぁ……?」
橘 恵は、柄の悪そうな複数の男たちに取り押さえられ、茂みの向こうへ連れて行かれそうになってゆく。
俺は迷わず地面を蹴り、西口公園へ踏み込んでいった!
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