99.思惑
ーーキャルム視点 ②ーー
監視対象者を見失った…との報告を受け、
見失うわけがないと父に反論したばかりの私は、若干の苛立ちを感じたが…すぐに気持ちを切り替えた。
「場所はどこだ!王都中心部か?騎士団を検問と捜索にわけるぞ!陛下、増員の指示をお願いします。」
賑わう王都の街は人が多い…あちらも警戒をしていて追っ手を撒いたのだろう。入り組んではいるが…人数を増やせば大丈夫だろう…。
そう考えて、彼らを見つけた時は丁寧な対応をとるように通達せねばと、次なる指示を出そうとしたら…
「…学園の前…だったそうです…」
「は?」
今度こそ声に出してしまった…
私は側近であるケヴィンに、もう一度聞くが…やはり学園の門を出てすぐの所で見失ったらしい。
それならば何故すぐに報告が無かったのかと問うと、
王家の『影』とまではいかないが…それなりに様々な仕事をこなしていた従者達なので、さすがにそのまま報告する事は出来ず…しばらく周辺をくまなく捜索していたらしい…。
報告を聞き終えた父は…
「聖女を連れて来い、理由はなんでもよい!教会に気取られるなよ、城で拘束しておくのだ!ええいっ宰相はまだかっ!」
父が苛立たしげに"ダンッ"と執務机を叩いた。
ケヴィンが"ビクッ"と身体を強張らせる。
そしてようやく宰相が部屋に入ってきたが…その顔は青白く、手には書類と封筒があった。
「へっ陛下…隣国よりこのような文書が届いたのですが…いったい…何があったのですか…?」
父は、声が震え足取りもおぼつかない宰相の手から乱暴に奪い取った書類に目を通し、封蝋がされた手紙を読み…眉間の皺を更に深いものにしていく…。
読み終わったそれらを、無言で突きつけられたので…私も目を通した。
そこには…
聖女アルヴィナが発した言葉が全て記載されていた。それも…今回のものだけではなく、以前のものも詳細に記されたセイリオス公爵家からの正式な抗議文…。
そして…手紙はサリヴァハーク王家からのもので、同盟条約に関し…字面は丁寧だが痛烈な批判がされた内容であった
私もきっと宰相と同じ顔色になっていたのだと思う…
父が私達を見て、自嘲的にこう言った…
「我々と違い…仕事が早いものだ…」…と。
我が国ヴァナルガンドと隣国であるサリヴァハークは国力も同列であり、貿易・流通などの交流もあった為同盟こそ結んではいなかったが、関係自体悪くはなかった。
その関係に太い亀裂が入ったのが…二年前異母兄である第一王子が起こした事件。
異母兄は全てにおいて優秀で、将来も有望視されていた異母兄が失脚し、問題の全貌が明らかとなった時…私はその杜撰な計画と詰めの甘さに、異母兄の能力の低さを知った。
異母兄はサリヴァハークに攻め入るはずが、決して少なくはなかった兵士達と共に…この国を出る事なく粛清されたのだ…一人の男によって…。
当たり前だが国も無傷ではなかった。同列であったはずの国力は削がれ…名ばかりの同盟。
条約の内容は属国のそれであり…我が国は従属国家となってしまった。
民は知らぬが、国の中枢に立つ人間は知っている。
私は国盗りの難しさも、国を治める大変さも知った。
この国を鎮め…いや、沈めたのは王家ではなくジェイソン・セイリオス。
彼は公爵家の次男でありながら魔法の才に秀でていると我が国でも有名であったが…彼の凄さは魔法だけではなかった。
ずば抜けた政治的センスに、決断の速さと実行力を兼ね備え…機動力もあった。
そして一人で城を半壊させた圧倒的パワー……
刃向かうだとか報復しようとする小さな芽でさえ刈り取っていったのだ…。
そんな彼を見て私は、王太子になり…いずれこの国の王になると誓った。この男と渡り合いたいと…そしてこの国の権利をこの手で取り戻すのだと…
それから私は沢山の事を学び、己の環境も見直した。
敵ではなく、味方を増やす為に笑顔で本心を隠した。
利用出来るものはなんでも利用した。聖女が認定された時は、本格的に婚約者候補を選ぶ時期でもあったので…聖女でさえ利用するつもりであった。
しかし聖女の為人は以前から褒められたものではなかったから、婚姻以外で利用出来ないか頭を悩ませていた時にアリーシア達がやって来た…。
箱入りの世間知らず…従順そうで情にもろい内面も、賢く聡明で美しい外見も、とても好ましかった。
本人が魔法を使えずとも…セイリオス公爵家が後ろ盾となるとお釣りがくる…留学を通じての交流よりも、よっぽど強固な繋がりが得られる。
何より彼女はペイフェリーク王家の血筋でもあった。
全てが順調に思えた…異母姉であるアンリエッテの動向にも注意しつつ抜かり無く進んでいた。
聖女アルヴィナの自己顕示欲と気性の荒さを利用して傷付いたアリーシアを慰め、アルヴィナには公爵令嬢を害したとして罰を与え教会や神殿ともに牽制し…そうやってセイリオス家の力と財力を手に入れた私は、私の名のもとにこの国を取り戻し…ヴァナルガンドを更に発展出来ると…そう思い描いていたのに…
だから…
アルヴィナの暴言を止めなかった…もっとやらかしてしまえと、教会や神殿にも庇えぬほど…。
アリーシアも傷付けば傷付くほど私に依存するだろうから……早く泣いてしまえ…と。
側近のケヴィンがオロオロしているが、私も宰相も…国王である父上でさえも言葉無く項垂れていたのだった……。




