71.繋がれた命
今回は、いつもよりも文字数が多くなっております。
ペイフェリークという名の王国名が出てきますが、
アリーシアの母キャサリンの出生国です。
52.妖精の隠れ里 に詳しく王国の事が書いてあります。
小さな貧しい女の子が母親と引き裂かれ、カミラ夫人に暴力を振るわれている…あの小さな子は…ヘレン?…
これはどういう事だろう…私はヘレンを救おうとしていたのに…何が起こっているの…?
アリーシアは目の前で見えているものに疑問と驚きを感じながら、小さなヘレンの過去を見た…。育った環境、公爵家へ来た経緯…そして侯爵家の隠された実情、表の顔と裏の顔…吐き気がした。
そんな劣悪な環境で育ったヘレンは、成長しても虐げられていた。焦りに駆られた夫人に毒を公爵家に使う様に指示されるが…効果が出にくいと、使ったフリをして報告をしていた。更に業を煮やした夫人から今度は、侯爵家の禁忌の秘術の再現と魔法を融合させる実験をさせられ…徐々に身体が蝕まれていった…。
最後は血を抜かれ、魔物を引き寄せるアイテムと毒を持たされ、公爵家とデビュタントの会場で使えと言われた。そして全て事を終えれば秘密を抱えて死ねと、ボロ雑巾の様に捨てられた…。
それでも彼女は私達に危険が迫っていると侍女長に訴えた後、意識を失い倒れそうになりながらも証人として、この場に連れて来られ…そんな彼女の精神は、緊張と不安から、とうに擦り切れていた。
後は父親達が話した通りなのだろう…
そうして見ている間、ずっと彼女の感情や心の声を共有していた。その為彼女の思考に引っ張られ…魂が共鳴しているかの様に、心が叫び悲鳴をあげ涙が流れる。
ふと気付くと隣にヘレンがいた…苦しみから解放された様な穏やかな表情で…もしかしたら私と同じ様に過去を見ていたのかもしれない…。
自分の過去を見たであろうヘレンは…満足したのか、諦めたのか、私にお辞儀をして去ろうとした。咄嗟に手を掴むが実体がないのか掴めない…。どうしたら…そうしてる間にもヘレンが離れてゆく…
"諦めるなっ"シリウスの声が聞こえた気がした…
私は声の限り叫んだ!肝心の声が出ているか定かではないが、それでも目一杯に叫んだ…。
「止まりなさいっ!ヘレン!止まるのよ、死ぬのは許さないわ!ヘレン私の言う事を聞いてっ!」
声が届いたのか…ヘレンは立ち止まり振り返った…
「ヘレン、貴女生きる事が辛いの?それとも現状?貴女が心から死を望まない限り、私は貴女を引き止めるわ!お母様の事を思い出しなさい!辛い事ばかりで希望が持てないなら、私を頼りなさい。全てを諦めないで…大丈夫、私が治してあげる。いいのよ?幸せになる事を望んでもいいの。そうだったのね…独りでよく耐えてくれたわ!貴女の苦しみや不安全て引き受けるから、安心してついて来て…。一緒に帰りましょう」
精神が同調している為か、心で会話をし…思いが伝わり合う…。他人に対して"生きなさい"だなんて、傲慢で自分のエゴかもしれない…それがわかっていても、アリーシアは全力でヘレンを引き上げたのであった。
国王達のいる部屋では、アリーシア達を包んでいた光が二人に吸収され消え去った後、どよめきが起きた…。
先程アリーシアの腕の中で、白い顔をして…最期の痙攣も止まり、動かなくなってしまっていた少女の顔に、赤みが戻り…そして目を開けたのだ…。
その虚ろだった目が、アリーシアの姿を捉えた時…その瞳から新たな涙が流れた…。
アリーシアはその涙を優しく拭いながら、"私の想いに応えてくれてありがとう、ゆっくり休んでね"と自分よりも歳上のヘレンの頭を撫でてあげた。
ヘレンのとても安らかな表情と規則的な呼吸を確認したアリーシアは父親にヘレンを託した。
その場にいる誰もが、自分の目の前で起きた事が信じられず、呆然と口を閉ざした…
そんな中、アリーシアはヘレンと同調した時の感覚が抜け切れず…意識は冴え渡っているのに、身体はフワフワと水の中…いや、水面に浮かぶ葉が揺らぎに任せる様な…そんな感覚が続いていた。
"おかえり、頑張ったね"と言う沢山の声が聴こえる。妖精達の声に我に返ったアリーシアは、ヘレンを助けられた事を切に感謝し、心のまま…その気持ちを溢れさせた。そのアリーシアの溢れ出す衝動がトリガーとなり…集まっていた妖精達は光を放ち、歓びの声を上げ…歌声まで聴こえてきた。
その歓びは波紋の様に広がり、その歓びが届いた者は胸を震わせ涙を流し、その…あまりの尊さに跪き祈りを捧げた。
そこへ、真っ黒い毛並みが輝き艶めくシリウスが現れた。とても大きく…風を纏っている。
〈アリーシアよ…よくやった…と言いたいとこだが……やり過ぎだ…我が結界を張り、力を吸収しておらんかったら……この国だけでは済まんかったぞ…全く…。
国王!奇跡を目の当たりにして惚けてしまうのも分からんではないが対処をせんか!我がお主ら以外の者達の記憶を消す、しかし…記憶は消せても、精神や心に影響したものまでは消せんのだ。此奴らにも影響を受けるほどの心が残っていたらの話しだが…〉
シリウスの言葉に正気を取り戻した国王は、侯爵達を速やかに牢に入れるよう衛兵と自分の護衛にも命令し部屋から出した。そして未だポヤポヤとしているアリーシアに跪き…"聖女様のお考えをお聞かせ下さい"と問うた
〈国王よ、聖女は確かに特別で崇高な存在である…しかし、国の大事や人の命をアリーシアに委ねるでない。〉
「神獣様の仰る通りでございます。しかし治癒や浄化だけではなく、死人をも蘇らせた神の御業を待つ聖女様にだからこそ、伺いを立てねばと思うのです。聖女様や神獣様がいらっしゃるのに…私などがお二人を差し置き、人を裁くなど…
それと…聖女様には古の魔女様…いいえ、ペイフェリーク王国初代王妃様の因縁もあるかと…。
侯爵家に残されていた文献に、記述がありました。王妃様を魔女と祭り上げ、断罪し処刑したとされる邪教集団の生き残りだった者が…侯爵家の祖先であり…時の王は…それら邪教集団を、信者関係者諸共根絶やしにしたと伝えておりましたが、真実はそうではなかったのです。それが故意のものか、残党の悪運が強かったのかまでは定かではございませんが…王家は貴族の大半を失う事を避け体面上の根絶やしを歴史に残し、その実、名を変え爵位を新たに授け…その上で政治を執り行ったのではなかろうかと思われるのです…。そうであった場合…王家はより、質が悪いのです…。」
〈うむ…国を統べる者は、またその気持ちもよく分かるという訳か…。…そうさな……のう、国王よ其方その事を知って疑った時どう思った?〉
「私は…もしそうであったならば、事実を捻じ曲げてまで王家の禁書として残した意味と、そうまでさせたその時代背景を知りたいと思いました…。しかし真実を捻じ曲げるなど…」
〈そうかそうか…其方は慎重かつ良い国王であるな…
この国は妖精とルースを失い…妖精達の制裁もあった為存続すら危ぶまれただろう、しかしそれでもなお、この王国が今在るのは…罪人として全てを切り捨て裁くのではなく、人を残し国力としたからなのかもしれんぞ?
王家に伝わる話も…己が追われぬ為、ルースが自ら指示したやもしれぬ。
ルースは導かれ、妖精達と共に国を興し…ほれっアリーシアに命を繋いだ。そして今度はそのアリーシアがアルフレッドや先程の少女の命を繋いだのだ…。
なに…そういう運命だったのだ。其方も、我らを気にせずとも…国王としての判断を下せばよい。アリーシア、其方はどう思う?何か気になる事はあるか?〉
シリウスは国王を諭し、やはりまだポヤッてしまっているアリーシアの意識を戻す為、あえて話を振った。
するとアリーシアに"ルースって初代の王妃様の事?"と聞かれたシリウスが答える。
〈あぁ、そうだ。妖精達が付けた名だ。やつは身寄りもない孤児で…物心付く頃には森で一人で暮らしていた。ルースとは友人、仲間という意味があるらしい〉
「そうなのね…私…さっき集まったあの子達にそう呼ばれたの…私も友人だと認めてもらえたのかしら?だとしたら、とても嬉しいわっ!あぁどうしましょう…ルース様にも、産んでくださったお母様にも…勿論お父様にもお兄様達にも!皆に感謝したいわっ!そしてシリウスっ勿論貴方にも最大の感謝を贈るわっ!受け取ってくれるかしらっ?」
そう言ってアリーシアは、とても大きなシリウスに飛び付き…シリウスに"自重せんかっ!我が吸収せんと、そこかしこの木が聖樹となり黄金の実をつけてしまう!"と慌てさせてしまったのであった…。
第二形態アリーシア見参!です。
重いお話も多分これまでです…(多分)




