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70.下級メイド ヘレンの過去

ヘレン視点で過去を振り返るお話です。


静かに祈るアリーシアに妖精達の声が届く…


《アリーシア、とても上手だよ。 アリーシア、悪い所や傷付いてる所を探すんだ。 アリーシア、大丈夫だよ君ならきっと命に届く。 アリーシア、洗い流すんだ…毒を、穢れを。 》


目を閉じていても…あちらこちらの妖精達の気配がする耳元や手元にいる子達も、私を手伝ってくれているのがわかる…。シリウスが結界を張ってくれているのか…遮断された空間の中、妖精達の声とヘレンの鼓動だけがはっきりと聞こえる…。まるで時間さえもゆっくりと流れている様な…そんな感覚と、ヘレンの身体の細部を調べる研ぎ澄ませた感覚、その緩急二つの感覚が混ざり合って、アリーシアの意識が極限の集中となった時…それはヘレンのものと同調した…。




"お嬢様…ごめんなさい。お母さん…大好きよ…"

最期の時…私は二人を思い浮かべ毒の丸薬がんやくを口に含んだ。分かっている…きっと助からない、私がその様に調合したのだから…。

苦しむのは嫌、そんな姿を人に見られるのも嫌…でも、私にはそれしか選択肢が無かったのだから仕方が無い。


でも…これで養母の暴力からも、公爵家の方達への罪悪感からも解放されて楽になれるかも…そんな風に生きる事を手放してしまった時、私の意識は途切れた…。


それは、自分が貧しいだとか、平民だとか…そんな事をまだ何も考えもしない幼い頃…それでも私は幸せだったのだと思う。固くて具もないが、毎日パンとスープが食べられ…薄くてペラペラの硬いベッドでも、雨風凌げる屋根の下自分達の寝床があり、隣には母親のぬくもりがあった…。

少し成長した頃"妾の子"、"父無ててなし子"と呼ばれたが…意味は分からなかった、母親が悲しい顔をしたので悪い言葉なのだろうと思った。

仕事をしてくれる男の人が父親なのだとしたら、うちにはいない。ずっと私と母親の二人っきりだったから…

母は美しい人だった、愚痴も不満も言わず…ただ努力の人だった。

私はまた少し成長したが、母は変わらず…優しく私を抱き締めてくれていた。母の温もりに包まれて眠る夜が幸せだった


そんなささやかな幸せが急に終わってしまい、母と離され…辛い日々が始まったのが私が六歳の頃…知らない大人と同じ顔をした子供が二人、皆怖い顔をしたいた。

迷子になりそうな大きな家に眩しい灯り…そう思ったのは最初だけ、広いお庭の隅の小さな物置小屋…中には木の箱とシーツとロウソク…棚には泥で汚れた手袋、そこが私の新しい家だった。

養母という人に暴力を振るわれても、双子に意地悪を言われても耐えられた。しかし…隙間風が入り、母の温もりの無い寒い夜を過ごすのが辛かった…。

最初のうちは母と離されたショックで、何も分からず耐えるだけだったが…そのうち私は考える様になった。

"この人達の目的はなんだろう?"と…一つ思い当たったのが魔法だった、母も助かると喜んでくれていた。

次の日から私は魔法を使って、庭の花に水をやり、自主的に玄関周りの掃除をした。屋敷の中には入れないから外から窓も拭いた。メイドさん達には喜ばれたが、魔法を使っている事を知った養母は烈火の如く怒って私を痛めつけた。間違ったらしい…それを見て双子がニヤニヤと笑っていた…その笑い方には覚えがあった…母が悲しむ悪い言葉を言う子供達と同じ顔をしていたから、あの双子も悪い子なのだろうと思った。


母と離されたまま辛い日々が続いていたが、ある時勉強をする事になり…綺麗な服を着て綺麗な部屋に入れられた。そこには家庭教師の先生がいてお菓子もあった。しかしそのお菓子も紅茶も、勿論私のではなく先生ので…それをくれる優しい先生はすぐに変えられた。

それから私は勉強する事だけを頑張った。私が何かを身に付ければ、それが母の役に立つかもしれないと思ったからだ…。


念願叶い母の元に帰る事になった時、私は幸せだった。

あの家で学んだ読み書きや計算で仕事を貰い、魔法を使って日雇いの仕事でも、なんでもやった。数年離れていた母は自分も苦労をした筈なのに、私の身体の傷を見て毎日泣いて謝って…そして昔と変わらず抱き締めてくれた。それだけで十分だった…母の苦労を軽くしたいと、私は毎日頑張って働いた。

二人で肩を寄せ合い、助け合い…生きていた…。そんな小さな幸せが一年続いただろうか…養母からの使いだと言う男達にまたあの家に連れて行かれ、母親を失いたくなければ言う事を聞けと…無理矢理脅され、更に大きなお屋敷に勤める事になった。


毎日母を抱き締めて無事を確認した。安心させたくて、大きなお屋敷で働いていると伝えると"せっかく魔法が使えるのに、学園に行かせてやらなくてごめんね"と謝られた。しかし私は不幸ではなかった…。公爵家の皆様はとても優しく、ご飯も食べさせてくれて…母親の分をとパンを残していたら、皆がパンを分けてくれる様になった…。母親以外の人に初めて優しくされた私は、一生懸命働いた。養母の家とは全くと違い…お屋敷の中も広いお庭も、そこで働く人達も…優しさに包まれていて、とても美しかった…。

養母から沢山命令されていたが…従いたくなかった…。母を引き合いに出され渋々と公爵家の事を話した。しかし所詮下級メイド、養母の言う、お嬢様や御当主様とはお会いする機会もないのだから養母の期待する様な情報は得られなかった。


ある日…いつもパンをくれる人の代わりに、ランドリーメイドとして働いていたら…魔法を使った魔道具に驚いた。私の魔法もこんな便利に使えたら…と仕組みを考えていたら、とても美しく可愛らしい子が洗濯場にやって来た。きっとこの方がお嬢様なのだろうと慌てて頭を下げると、お付きの女性が私の所へ来て…"見ない顔だ"と言われ色々聞かれたが、周りが説明してくれて事なきを得た…エミリー様というその女性に、養母とは違う怖さを感じた。するとその可愛らしいお嬢様は私の名前を聞いてくれて、ハンドクリームなる物をくださった。周りから良い香りがする…母と一緒に使わせてもらおうと有り難くしまっていると、お嬢様は"ヘレンは優しいのね"と微笑みながらもう一つくださった…。お嬢様の笑顔を見て、胸が熱くなった…

養母は勿論私の名前なんて呼ばないし、双子は私の事を"ヘレシー"と呼んでいた…異端と言う意味らしい…。母と同じ様に優しく呼ばれ、優しさをもらった私は、どんなに命令されても…このお嬢様に不幸をもたらす様な事は絶対にしないと…母に誓った。




何に幸せを感じ、何をもって幸せとするのか…本当に人それぞれだと思います。しかし、当たり前は当たり前でないという事に気付き、些細な事でも幸せを感じる事が出来る心の豊かさと余裕を持てる様な人で在りたいと常々思いながら…

コンビニ弁当の上げ底に驚愕し、ポテチの量に落胆し…卵の値段には怒りすら覚える今日この頃の作者です。

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