41.オリビア リード伯爵令嬢 ②
少し長くなりましたが、
お付き合い頂けると嬉しいです。
「あの…アリーシア様?わたくしのこのブサイクな猫を褒めて下さっているのですか?…わたくし…不出来な失敗作だと思っていたのです…。だってアリーシア様の作品の子達の様に全然…全く可愛くなくて…
「まぁっ!この子達が可愛くないですってっ?どこが失敗ですの?わたくしの普通の子より数倍可愛いですわっ!家に連れて帰りたいぐらいですものっ!そもそもオリビア様は何をもって失敗と思われたのですか?わたくしにはこの子達が失敗作とはとても思えないのですが…でもオリビア様が失敗したと思われるのであれば…やり直せば良いのでは?それこそ納得のいかれるまで。…勿論慎重さも必要ですが、大胆に自由に想像して、それを自分の手で生み出せるって…それだけでワクワクしません?お手本も最初はあると良いかもしれませんが、ご自分が思う様にオリビア様だけの特別を作られた方が絶対楽しいと思いますよ!この子達だって…例えオリビア様にとっての失敗作でも、わたくしにとっては、やり直してほしくないほどの可愛い名作です!だってこんなに可愛いんですもの、縫い目も綺麗ですし…本当にブサカワですわ…」
そう言って私が失敗と決めつけた物を絶賛して下さった。アリーシア様から紡がれる言葉は…卑屈で臆病だったこれまでの私を、優しく導いてくれているかの様だった…。過去の私は、結果や失敗する事ばかりを気にして変化を恐れていたが、失敗も成功も…それをそうと決めるのも私次第なのだ…他人に倣い決めつけられ続けるよりも自分で切り開き…その事すらも楽しめと…。その上で出された結果なら、わたくしは…喜んで受け入れるわ!決して諦めではなく卑屈になるのではなく…丸ごと受け入れるのよ!…そう心に決めた瞬間、幼い頃から蓋をしていた私の心が、恐る恐ると蓋を開け…その隙間から見えた薄明…更にその先にある眩しいほどの光に導かれ、私の心は解放されて自由になった…。
アリーシア様は…私に楽しさを与え、自由な世界へと導いてくれた確かな光なのであった。
ちなみに、私の作品第一号と二号はアリーシア様の作品と交換して頂き、今でも私の唯一つの宝物として大事に飾ってある。
その後もアリーシア様とはさらに親交を深め、作品の事以上に…家の事や母親との確執についても相談にも乗って頂き、心強さと安心感まで感じる様になっていた。その為、母親と度重なる衝突もあったが…私の心は折れなかった。
反抗もせず従順だった娘が、自我を取り戻し成長していく事が面白くなかったのであろう…私を自分の型にはめようと、母の教育と躾は厳しさを増していった。
そんなある日母親とともに招かれた演奏会で、私は得意のバイオリンを披露した。演奏を終え主催の方達と挨拶を交わし、母の所へ戻ると…労いの言葉もなく…ヒステリックに怒りをぶつけられた。挨拶の所作が甘い、受け答えでも無知を晒し、そもそもの演奏がなっていなかったなどと…きっと私の心を折り、自分の支配下に戻したいのだろう…。とても非情に、かつ人前で詰られた…。
幼い頃からバイオリンの練習は苦痛ではなく、むしろ好きだった。今日の演奏にも満足していたが…母親の甲高い声に全て掻き消されていく…。
涙を流すまいと手を握りしめた時、私を観に来て下さっていたアリーシア様が居合わせ、私と母親の会話に割って入って下さった。…その姿はいつも凛として可愛いアリーシア様とは少し違い、とても毅然とされていた。
「ご指導中失礼致します。わたくしセイリオス公爵家が長女、アリーシア セイリオスでございます。お初にお目にかかります、オリビア様のお母様でございますね?オリビア様におかれましては、大変優秀なお方で…わたくしも学園にて大変お世話になっております。なんでもリード伯爵夫人はお若い頃、厳格で優秀なカヴァネス(家庭教師)であったのだと、オリビア様からも聞き及んでおります。なので是非、お話させて頂きたかったのです。少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
注目を浴びる中、アリーシア様が私の母に最大の礼を尽くして下さっている。いくら少女だといっても、あのセイリオス公爵家のご令嬢なのだから、そこまでする必要はないし、そもそも私の母親なんかに否やと言える選択肢はないのである。それなのに…そのアリーシア様の自分に対する態度を見た母は、満足げに私への怒りを一旦収め、自尊心を満たされ満更でもない表情でアリーシア様に外面を被り挨拶を返している…。
「わたくしもバイオリンを演奏しますので、オリビア様のバイオリンの素晴らしさは、素人の方よりもわかるつもりです。そして先程聴いたオリビア様の演奏が決して一朝一夕の練習程度で奏でられるものでは無い、素晴らしい演奏だったという事も確かな事でございます。
………時にリード伯爵夫人…、貴女はバイオリンを嗜まれますか? …そうですか………え?そんな事は申しておりませんよ?だって例え演奏は出来ずとも、お耳の良い方や指導力に優れている方は沢山いらっしゃいますもの。リード伯爵夫人もきっと、そうなのでしょう?…そんな優秀な夫人にお尋ねしたいのですが、夫人は"一張一弛"と言う言葉をご存知でしょうか?これは遠い異国の故事に由来し、弓に関する言葉なので、ご存知なくても仕方の無い事だと思います。なので誰も貴女様を無知などと責めたりは致しませんので、例えここが人前であっても…お気になさらないで下さいね。クスッ
そしてこの言葉は、弓の弦を強く厳しく張り続けてしまうと、いずれ耐え切れず弾けて切れてしまう、なのであえて適度に弛ませる事が大事なのだという意味なのです。勿論、緩く甘く張るだけでは速い矢は放てませんので、その見極めと調節が大切なのでしょう。だからこそ…遥か昔の異国の偉人達はこれを政道としたのです。この事は弓だけに言える事ではなく、弦楽器もそうであり、その他の楽器も美しく奏でる為に調律をいたしますね。馬も…休息を挟んであげないと、速く遠くまで走る事は出来ません。
それは人であっても同じだと…よりその事を大事にしなければならないとわたくしは思うのです。もしこの事をリード伯爵夫人にご理解頂けず、夫人が受け入れ難い様であれば…貴女様が納得のいく様な、優秀なカヴァネスを公爵家より派遣致しますわ。音楽の専門家も、他の専門家も優秀な者がおりますのでご心配には及びません。
オリビア様が望み、ご自身の意思で手放されるまでは…公爵家と…わたくしアリーシア セイリオスがオリビア様の後ろ盾となりましょう。
わたくしこのまま"大切な友人"が…とても優秀であるにも関わらず、無情により押し潰されてしまうのを黙って見ている気はございませんので…、その事をご覚悟の上、どうぞご理解下さいませ。
私の為に怒って下さったのだと…そう思った。
アリーシア様は私のプライドを守り…人前で詰られた仇をとって下さったのだった。
年端もいかない少女に言い負かされた事を恥じているのか、それとも母なりに思う所があったのか…母親は何も言えず俯いている…その母の姿を見てふと冷静になり、更に集まった人達が囁き合っている事に気付いた。アリーシア様の先程の宣言だ!私としては心強く…誇らしいものであったが、伯爵家として考えたら、かなりまずいのでは…と不安になったその時……
「とは言えわたくしも、夫人の著書である淑女教育とマナーの本から、多くを学ばせて頂いた一人です。ですので夫人の目指されているものが、志し高く…気高いものだという事は存じておりますし、その信念自体は尊敬に値すると思っております。しかし結果だけに囚われてしまっては、より大事なものを失っても…それに気付くことすら出来ません。今一度…伯爵家ではなくご自身が、今何を失おうとしているのか、そして夫人にとっての、"本当に大切なもの"が何かをお考え下さい。
夫人が出される答えと…オリビア様が望まれる事…。この二つが同じである事をわたくしは信じております。それともう一つ…オリビア様のご実家であるリード伯爵家の皆様と家族ぐるみのお付き合いが出来ればと願っております。なのでオリビア様のお母様として、若輩者であるわたくしの切なる願いを、どうぞお聞き届け下さいます様お願い申し上げます。」
辺りがシン…と静まった。爵位や身分の差があるにも関わらず、私の母の前で腰を落とし、深く深く頭を下げて下さっているその姿を見て、7歳のお茶会で謝罪していた時のアリーシア様を思い出した。あの時の私は嫉妬の目でアリーシア様を睨んでしまったが…あの時の幼い私に教えてあげたい。その方は、あなたの光であり…伯爵家を…家族を救って下さる方なんだよ、と。
オリビア編Part2これにて終了です。
①②でスピンオフにした方が良かったかもしれない…と思ったのですが、忘れそうだったのと思いの外オリビアに肩入れしてしまった結果こうなりました…実はアリーシアとの出会いは親衛隊の中で一番最初だったみたいです!
39.各自それぞれの次なる一手でオリビアがセオドアに言うセリフは自分の実体験から来るものでした。
アリーシアは自分の事は面倒で頓着しませんが、大切な人の窮地には考えるより先に体が動くタイプの様です。
アリーシアかっこいい!と思って下さった方や、早くラスカル連れてこいと思った方も…今後ともどうぞご贔屓に応援およろしく願い致します。 雪原の白猫




