34.それぞれの怒り
おはようございます。今日は少し早い時間の投稿です。
学校の人も、お仕事の人も、
お家で頑張る人も、お家以外の場所で頑張っている人も
気を付けて今日一日をお過ごし下さい。
学園でアリーシア セイリオスは静かに孤立していた。
移動や昼食時など、独りの姿が多く見られる様になり、
どうしたのかと周囲には心配する人間も出てきた。
そんな中一人だけ、アリーシアのその姿を見て満足そうに笑っている人間がいた。リリー カーターである。
リリーはアリーシアに何かされた訳ではないし、アリーシア自身も直接的な恨みを買う様な事はしていない、
そもそもの接点がなかったのだ。それでもリリーはアリーシアが"記憶持ちの転生者"だと決めつけ、その上…この世界が乙女ゲームや恋愛小説に基づいた、架空や空想の上に成り立つ世界だと思い込んでいたのだ…。
リリーが前世の記憶を思い出していなければ、決してそんな思い違いをする事はなく、そして、例えそれまでの自分とは違う人生を思い出したとしても、新しい自分として受け入れる努力をしていれば…たらればを上げるとキリがないし、リリー本人のそれよりも、前世の性格や思いが強すぎたのかもしれない…。とは言え、今この世界を生きているリリー カーターは間違いなく、
間違った道を自らの意思を持って進もうとしていた…。
アリーシアが一人で花壇の手入れをしていると、セオドアが手伝いに来た。初めてお見舞いに行ってから、何かお礼をさせてくれと、こうしてこの場所の手入れを手伝ってくれているのだ。
「アリー、今日も一人で精が出るね!ここも大分綺麗になったし、俺がやる事がなくなっちゃうな…」
「フフフ、テディーのお陰ね!ありがとう。二人は今日も教会かしら?お母様もお変わりない?」
あれからセオドアとは彼の妹を介して親しい関係になっていた。アリーシアは、セオドアの事を『Theodore』からテディーと愛称を呼び、セオドアは妹達から“仲良しなのに何故アリーシア様と呼んでいるの?“と言われ、その場にいたアリーシアが許した。なので二人の時はどちらも愛称で呼び合っていた。
「あぁ、ルーナもアリーに手紙書くんだって張り切ってたよ。母さんも随分と慣れたみたいだし、アリーの姿絵に毎日祈りを捧げてるよ。勿論俺も妹達もね!」
「もうっ…やめてって言ったのに…!ルーナが元気になったのは嬉しいけど、私が治してあげれた訳じゃないし、お母様だって、お母様自身が頑張って下さっているのよ、私はうちのお店を紹介しただけだもの。もう気にしないでって伝えてっ…て、…テディー?どうしたの?」
「いや…アリーは相変わらずだなって思って、っていうか感謝の祈りぐらいさせてくれよ、俺達…何も返せないし、何もしてくれない神様より、アリーの方がよっぽど祈りの対象なんだ!今だって花壇もキラキラしてるし…絶対アリーには何か不思議な力があると思うんだ…」
「そんな事言ってるのテディーだけよ?お水をあげたから水滴が反射してるんだわ、それよりも…もう行って、誰かに見られたら…あっそれと二人に、今度は刺繍の準備をしていくからって伝えてくれるかしら。それじゃあ私もお昼を食べに行くわね、また今度ゆっくり手伝っててくれると助かるわ」
セオドアは釈然としないまま、アリーシアを見送った。何故なら…確かに花壇の花は水滴などではなく、キラキラしているしこの場所自体が、アリーシアがいる時は空気が違う様に感じるからだ…しかしその理由も答えもわかるはずもなく、本人も否定している為…今日も真相は分からずじまいだった。
「あら、アリーシア様…ご機嫌ようでございますわ。
お昼…お一人で召し上がってますの?あらあら…公爵令嬢様ともあろうお方が?なんて寂しい事でしょう。
あぁ、それで最近平民の男子生徒と仲良くしてるのね…
人気のない所で、まるで人目を避けるみたいに…
一体何をしているのかしら、婚約者でもないのにふしだらだわ!なんて品のない事っ!ねぇ皆さんそう思いません?」
リリーがそう力説し、オーバーに嘆いて見せながら、
同意を求める様にアリーシアの近くにいる生徒を見渡し下卑た笑みを浮かべている。少し離れた席でそれを聞いていたミラ達が、思わず立ち上がろうとした時…
「失礼致します、貴方様がどんなに高貴なお方か存じ上げませんが、僕達は花壇の清掃をしていただけで、何もやましい事はございません。アリーシア様の名誉の為、誓って断言させて頂きます。そもそも僕達は学生であり、ただ学園内で手入れが行き届いてない場所の清掃活動をしていただけにすぎません。その僕達二人を見て、そんな風に考える方がよっぽど…貴方様の言うふしだらなのでは?…そういうのをですね、俺ら平民に言わせれば"下衆の勘繰り"って言うんですよ?大体…アリーシア様に対して品がないなんて…そう喚いてる時点であんたは下品だ!いくら俺が平民でも、そんな下品な喧嘩の売り方はしない。」
セオドアが平民だからという訳ではないが、容赦がなかった。歳下の…しかも平民の男子生徒に、大勢の前で恥をかかされたのだ。
リリーは一瞬で頭に血がのぼり、その怒りのまま魔法を発動させた。リリーの周りに出現した無数の水球が、その怒りに同調するかの様に、細く細く先端が鋭利なものに変化していく…しかもそれらの切っ先はセオドアだけにではなく、リリーを中心として四方八方に張り巡らされていた…。
「おやめ下さいっ!」
一触即発の場面、周囲の生徒達が危険を察知したのと同時にアリーシアが声をあげた。すると、周囲に狙いを定め凶器と化していたリリーの水魔法が消失した…重力により地面に染み込んだのではなく、空中で霧散した様に見えた。
「っ! あんたっ!何したのよ!よくも私の魔…」
「私の、なんでございますか?まさかあの様に危険な魔法を、故意に発動させたただなんて仰いませんわよね?こんなに大勢の人がいる場所で…一歩間違えば怪我だけでは済みませんよ、それを踏まえても…貴女はその先を、わたくしに投げつけますか?
勿論…属性持たずで魔法も使えないわたくしが何かした訳ではないので、貴女の意思で怒りを収めた。という事にしないと…例え怪我人がいなくても、貴女も無事では済まなくなります。魔法の使えない役立たずの私であっても、それぐらいは理解できます。
属性持ちが扱う魔法は便利でもありますが、それ以上に強力な威力と危険を併せ持っている…よってその代償も然り。だからこそ魔法を扱う人間は、決して感情に支配されてはいけない、と。属性を持つ者ならば、繰り返し精神に、身体に刻み込まれる筈ですもの、そうではなくて?水属性持ちの、リリー カーター様?」
アリーシアは殊更に自分が魔法を使えない事を強調し、その上珍しい事に、敢えて高圧的な物言いをした。
そう…アリーシアは怒っていたのだ、自分に向けられた時は震えるほど恐ろしかったリリーの魔法が…友人に、そして関係のない人達に向けられた事が…とても許せなかった。
アリーシアのその、静かでそれでいて燃える様な怒りが、リリーの魔法を打ち消したのかは分からないが…事なきを得た事で、周囲のそれまで張り詰めていた空気が些か緩んだ様に感じたその時。
リリーが体を翻し何も言わず走り去っていった。
言い返してこなかった事もだが…、こちらを睨み、見据えて走り去ったリリーの…悔し涙なのか、怒りなのか、その真っ赤に充血した瞳が、アリーシアの心に焼き付き簡単には消えそうにない痕として残るのであった…。
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