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第9話 公爵令嬢は味変したい


『うむ、そろそろ次の段階に進もうか』


 1週間ほど経ったある日、ようやくモフラがそう口にした。


 無謀にも近い努力の甲斐あって、魔境で活動可能な最低限の基礎体力が付いたのだ。



「本当ですか!! 外に出るのですね? 楽しみです~」


 リリアに大輪の笑顔の花が咲く。


『……勘違いしないように。焦る気持ちはわかるが、まずは出口付近で採集だ。ここには素材が少なすぎるからな』


 まだ地上に出れる段階ではないと釘をさすモフラ。リリアはがっくりと肩を落とす。




「モフラ、あそこ!! 光が差し込んでいる場所があります!!」


 地底湖から流れ出る小川に沿ってしばらく歩いてゆくと、天井の割れ目から光が差し込んでいる場所に到着する。



『ここから地上に繋がる階層に行ける。今日はそこで採集をするからな』


「あの……どうやって登れば良いのでしょう?」


 行けると言われても。天井までの高さは3メートルはある。壁を伝っていくことも、リリアには出来そうにない。



『筋力を強化すれば良い』


 モフラの力で、リリアの足の一部が二回りほど太くムキムキになる。


「わ、わわっ!? 急に足が……!? これなら行けそうです!!」


『おい、待て……』


 モフラが止めたが一歩遅い。


 

 ゴンッ!!



 鈍い音が響く。


「痛ったああい……」


 強化されたジャンプ力は想像以上で、勢い余って天井に激突するリリア。頭を押さえてゴロゴロのたうち回るが、なんとか治癒魔法で復活。



『リリア……少しは練習してからにしろ』

 

 呆れたようにツッコミを入れるモフラ。


「……ごめんなさい、次は上手くやります……」


 どよーんと落ち込んでいるリリア。勇ましいのが彼女の取り柄だが、ややもすると猪突猛進になりかねない。



「……加減が難しいですわね……」


 何しろ軽く跳ねただけでも天井に手が届きそうになるのだ。


 リリアは慎重に練習を重ね、天井の割れ目に手をかけることに成功する。


「あれ? 指もすっごく力が入りやすいです……」


 冷静に考えれば、手で体重を支えることなど、リリアには出来ないはず。


『指先の筋肉に加えて、爪も変化させてあるからな』


 手元を見れば、皮膚は岩のように分厚く、鋭く曲がった爪はしっかりと岩の突起に喰い込んでいる。

 

 まるで猿のようにすいすいと登ってゆくリリアは苦も無く上層へと到達する。 


 

「ねえモフラ、最初からこの方法使えば良かったのではないのですか?」


 こんな便利な方法があるのなら、苦しみながら樹液を飲む必要など無かったのでは? とリリアは口を尖らせる。


『何事も副作用があるんだよ。そろそろ来るぞ』


「来るって何が……痛だああああああああ……!?」


 筋肉痛を何千倍も酷くしたような激痛がリリアを襲う。



『起きろリリア!!』


 ショックで気を失ったリリアをモフラが脳を直接刺激して叩き起こす。


「ううぅ……痛だああああああああ……!?」


 気を失っても痛みが消えたわけではない。慌てて治癒魔法で回復する。




「うう……酷い目にあいました。え……もしかして毎回これですか?」


 この分だと何回苦痛に耐えなければならないのか。さすがのリリアも戦慄する。


『今回はリリアの遺伝情報を直接いじったからな。その分反動も早く直接的に来る。だからこれから素材を集めに行くんだ。素材から取り入れた特質の方が効率が良いし、身体への負担も比較的少ない。あくまで短期的に見ると、だがな』


 比較的というのが気になるところだが、今よりマシならと前向きに受け止める。



 リリアとモフラがやってきた階層には、光が差し込んでいる場所を中心に多様な植物が生えている。壁面にはコケのようなものも見えるし、何もない殺風景な地底湖周辺とは大違いだ。



「……綺麗、こんな場所なら、ピクニックで来たかったですわね」


『馬鹿、やめろ!!』


 小さな花に触れようとしたリリアをモフラが止める。


『死にたいのか? 今のリリアではその花にも勝てない』


 お花に負けるとか意味がわからないが、モフラが言うならそうなのだろう。リリアは素直にモフラに従い花から距離をとる。 

 

 魔境の厄介なところは、見た目では危険度がまったくわからないところ。モフラが居てくれて良かった。リリアは心から感謝する。



『今日は岩ゴケを採取してゆくぞ。岩ゴケは見た目と違ってものすごく硬いんだ。まずはこいつを使ってリリアの耐久性を上げる』


 いくら治癒魔法が使えても、一瞬で死んでしまったら使う暇もない。とりあえず耐久性を高めて生存確率を上げるのがモフラの狙いだ。



「あの……カッチカチでビクともしないんですが……」


 見た目はもふもふしているが、リリアの力では細い葉1本すらビクともしない。


『ちょっと待ってろ、今こいつの情報を一時的に変える』


 岩ゴケの特質である硬さを眠らせることもモフラなら出来る。


「わあっ!! ふわふわのもっふもふになりました!! ふふっ、たくさん採れますね~!!」


 嬉々としてもふもふな岩ゴケを集めるリリア。モフラによって一時的に柔らかくなった岩ゴケは簡単に採取できるようになったのだ。




『さあ、喰えリリア』


「あの……これって食べられるんですよね?」    

 

 不安そうに尋ねるリリア。どう見ても食べられるようには見えない。


『どうだろうな、今のリリアなら食べて死ぬことはないと思うぞ。ほら柔らかいうちに食べないと固くなったら喰えなくなる』


 わからないものを食べさせるとか酷いわと内心恨み節のリリアだが、食べなければここへ来た意味が無い。


「わかりました、えいっ……」


 思い切って岩ゴケを口に放り込むリリア。



「こ、これは……う……ま、マズ……も、モフラ……これマズいです」


 涙目になるリリア。控えめに言っても食べ物の味ではない。そもそもモサモサした食感が喉に絡んで飲み込めない。



『これを5キロほど食べれば、岩ゴケのような頑強な身体が手に入るんだ、頑張れリリア」


「ご……5キロ? これを……?」


 あまりのマズさに震えがとまらないのに、これを5キロ食べるなんて絶対に無理だと絶望するリリアだったが、そこは聡明な彼女のこと、良い事を思い付いたとすぐに笑顔になる。



「ねえモフラ、柔らかさも変えられるんだったら、当然味も変えられるんですよね?」


『む……なるほどな、考えたことも無かったが、たしかに味を変えることなど造作もない。やってみよう』


 モフラもどうやら不味かったようで、感心しつつすぐに同意してくれた。




『どうだ? リリアの記憶から好きそうな味を再現してみたのだが?』


「……美味しい。パンの味がします」


 久し振りのまともな味は涙が出るほど美味しく感じる。死ぬほどマズかった岩ゴケを食べた後だけに感動もひとしおだ。


 とはいえ、いくら美味しいものでも、量は食べられない。元々リリアは小食なのである。



「困ったわ……この調子では5キロ食べるのに何日もかかってしまいます」


 リリアにとって一刻も早くという想いは強い。


『早くお腹が空く方法ならあるぞ。ちょっと荒っぽいやり方だがな』


「やります!! 教えてください」


 リリアはすぐさまモフラの提案に飛びつく。



『わかった、ではまず服を全部脱げ』


「……モフラは変態さんだったのですか?」


『違うわっ!? 服が破れてしまうから脱げと言っている』


 なるほどと、リリアは一糸まとわぬ姿になる。



『よし、では今から全身の筋肉を増強するぞ。筋肉はエネルギーを大量に消費するからな、あっという間に空腹になるはずだ』



 めきめきメキッ


 リリアの全身の筋肉が音を立てながら盛り上がってゆく。ここに鏡が無くて幸いだっただろう。変わり果てた姿をイデアに見られたら死にたくなること必至である。



『さあ後は運動だ、踊りまくれ!!』



 ムキムキマッチョ全裸でひとり踊りまくる姿は、控えめに言ってもとてもシュールだが、ここにはそれを指摘するものは誰も居ない。




「はぁはぁ……お腹が空きました」


 運動すれば腹が減る。腹が減ったらパン味の岩ゴケを食べる。



 そしてまた踊る。



「モフラ……パン味飽きてきました」


『仕方ないな……これならどうだ?』


「……っ!? 甘い!! これはブドウですわね?」



 食後のデザートは別腹と勢いを取り戻すリリアであった。

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