第6話 公爵令嬢 未知との邂逅
「う……うーん……?」
身体の様子がおかしい!?
目を覚ましたリリアは直感的に気付く。
飛び起きようとしたが、身体の一部が神経が通っていないように動かないのだ。
「な、何これ……?」
リリアの指先は金色に変色しており、その部分にはまったく感覚がない。
しかもその範囲はじわじわと広がってきているように見える。
「ひっ!?」
このまま全身が金に変わったら……
「もしかしてここにある砂金の正体って……」
想像が正しければ、ここはある意味墓場だ。リリアは恐ろしさに震える。
幸い今のところ指先から広がっているので今なら動ける。
足や頭から金化していたら、為すすべは無かったに違いない。
「このまま黙って死ぬわけにはまいりません」
リリアが金へと変わってしまった身体の部位を樹壁に思い切りぶつけてやると、金へと変わった指が根本からボロッと折れた。
「ああああああああ!!?」
感覚が無くなっているのはあくまでも指であって、根元から先の生身の肉体には痛覚が残っている。
気が狂いそうになるほどの痛みを瞬時に回復させ、欠損部位を復活させる。その作業を繰り返してゆく。
もしかしたら無駄かもしれない、すでに手遅れなのかもしれない。
けれど……万が一にでも可能性があるのなら、諦めたくはない。
もう一度逢いたい。あの人の温もりを感じたい。
「はあ……はあ……」
ようやく金の浸食が止まった。油断は出来ないが、とりあえず乗り切ったのかもしれない。
リリアは疲労困憊でへたりこむ。
「でも……困ったわ」
とりあえず危機的状況は切り抜けたものの、唯一口にできそうな樹液が使えないとなると、早急に何か別のものを探さなければならない。
最悪あの苦しみに耐えれば良いのかもしれないが、あんな思いは二度としたくはないし、次も同じように上手くいく保証もない。
「食べられそうなものを探しましょう」
リリアは休憩もそこそこに地下空間を調べ始める。
「……はあ」
サッカー場ほどもある空間に出口らしきものは見つからなかった。
降りてきた穴はあるのだが、樹液で滑る上に、出口付近はほぼ垂直になっているので、リリアにはとても登れそうにない。
このままこの空間に閉じ込められたまま死ぬのかもしれない。
最悪の予感に心が折れそうになる。
「疲れていると発想が悪い方へ行ってしまいますね……」
とりあえず一旦横になって休憩することにしたリリア。
ザザ……ザザ……
目をつぶって横になると、かすかに音が聞こえてくる。
リリアはゆっくりと身体を起こし、音に集中する。
砂の上を這うように進む。
「ここから聞こえてくる……」
丁度地下空間の中央部、良く見るとわずかに砂金が動いている。
「底に穴が……あるのかしら?」
穴を通ればこの場所から脱出出来る?
正直リスクしかない。この先に何があるのかもわからないのだ。
とはいえこのままでは八方ふさがりなのも事実。
「一度降りてきた穴から登ってみてからでも遅くないわよね……」
穴を通るのは最後の手段と、一旦戻ろうとしたリリアだったが……
「あ、足が抜けない!?」
いつの間にか砂金の渦に足を取られていたリリアは、なすすべなく砂金の海に沈みこんでゆく。
目や口に砂金が入ってこないようにギュッと閉じ、とっさに耳と鼻をふさぐ。
リリアの全身が見えなくなってから数秒後、
「きゃああああああ~!!!」
砂金と一緒に空中に放り出されたリリア。
致命傷を避けるために頭部を必死で守る。即死でなければ魔法でなんとかなる。
ぼっちゃ~ん!!
落ちたのは地底湖。なんとか即死は避けられたが、危機的状況は続く。
リリアは泳ぎも出来るが、水を吸ったドレスは重りとなり体力を奪う。
「げほっ、げほっ!! はぁ……死ぬかと思いました」
重いからだを引きずりながら、なんとか岸にたどり着くリリア。
「何だかどんどん深みにはまっているような気がします……」
帰るどころか、地上からも遠ざかっている状況。
鉛のように重い身体が、心にも重くのしかかってくる。
「少し水を飲んでしまいましたが、大丈夫でしょうか……」
落ちてきた時に少し湖の水を飲んでしまったのも不安に感じる。樹液の時のトラウマが甦ってくる。
「とにかく服を乾かしませんとね……」
濡れたままのドレスでは思うように歩けない。あちこち破れてはいるものの、だからといって下着で歩き回るわけにもいかない。
ただでさえ脱ぐのに苦労するドレスだが、濡れているため難易度ははるかに高い。
それでも旅行用の着脱容易な簡易ドレスで良かったと心から思うリリア。
パーティー用のドレスであったら、ひとりで脱ぐことなど出来なかったはずだから。
「きゃっ!?」
ようやくドレスを脱ぐと、ドレスの中から一匹の小魚が落ちてきた。落下時の衝撃で気絶した魚が入り込んでいたのだろう。
「お魚……焼いたら食べられるかしら?」
ようやく見つけた食べられそうな食材に瞳を輝かせるリリア。
簡単に燃えそうなものは周囲には無かったが、リリアは簡単な火は魔法で起こせるのだ。
しかも魔力の供給が無尽蔵なこの場所でなら、魔力の枯渇の心配もいらない。
炙り続ければなんとかなるかもしれない。
ゴオオオオオオ!!
「……私の火魔法ってこんなに強力でしたっけ?」
髪の毛が燃えそうになって思わずのけぞるリリア。
普通の魚なら一瞬で真っ黒焦げになりそうな火力だったが、さすがは魔境の小魚、この程度では皮の表面すらほとんど焦げていない。
「ふ、やるな、だが我の本気はこんなものではないぞ? 地獄の業火を喰らうがいい!!」
変なスイッチが入ったのか、ノリノリで小魚を焼くリリア。
「……なんだか良い香りがしてきましたよ」
しばらく強火で焼いていると、美味しそうな焼き魚の匂いがしてくる。
「いただきまーす」
食べられるかはわからないが、どのみちこのままなら待っているのは確実な死。
ならば可能性に賭けるしか選択肢はないと、リリアはここにきて開き直ることにした。
即死でなければ治癒魔法もあるし。
「は~……美味しい……お塩があれば最高でしたけれど、贅沢はいえません」
旨味がギュッと凝縮した小魚はとても美味しかった。小さすぎて物足りなさはあるけれど。
「こんなことをするのは、子どもの頃以来ですね……」
ドレスが乾くのを待つ間、リリアは落ちている石を使って湖の一部を堰き止め、そこへ小魚を追い込む。近くの川で魚を採った日々が懐かしく思い出される。
驚いた小魚が、何匹か岸に打ち上げられるのをまた焼いてを繰り返す。
外敵がいないこの場所の小魚は、まったく警戒心というものを持っていないようで、簡単に捕まえることが出来る。
「ここを私の拠点にしようかしら」
食べ物も水もある。今のところ脅威になるような生き物もいない。
少しずつ調査範囲を広げていけばいい。焦ったところで何かが好転するわけではないのだし。
すでに今が昼なのか夜なのかもわからない。
真っ暗だったら絶望していたかもしれないが、この地底湖もしっかり明るい。
「決めました。今は夜、寝ましょう」
お腹がいっぱいになったら眠くなってきた。
リリアはゆっくりと目を閉じる。
◇◇◇
「うーん、よく眠れました」
翌朝? リリアは目を覚ますと、湖で顔を洗い、すっかり乾いたドレスに袖を通す。
今日は周囲の探索をする予定だ。
さすがにいつまでも小魚と水ばかりでは辛いものがある。
「さて……出発しましょうか!!」
『イクナ』
何か聞こえたような気がしてリリアは辺りを見回すが誰もいない。
「気の……せいですよね?」
再び歩き始めるリリア。
『イクナトイッテいる』
リリアは足を止めて緊張に身構える。
「…………あの、どちらさまですか?」
今度はたしかに聞こえた。はっきりと。しかも自分の頭の中から。
『ここから出たら……死ぬぞ。だから……行くな』