第5話 公爵令嬢 魔境へ
落ちる
落ちる
真っ逆さまに
リリアにとって幸いだったのは、魔力を使い果たした結果、気を失っていたこと。
ボフンッ
リリアの身体は、偶然飛んでいた大型の鳥、ガルーダの背中に当たりワンバウンド。・
驚いたガルーダは、再び落下してゆくリリアを鷲掴みすると、嬉しそうにひと鳴き。
子どもたちに良いお土産が出来たとでも言うように。
◇◇◇
魔境の森の奥深く、巨大な、それは巨大な大樹がある。
大きすぎて地上からではそれが樹だと認識できるものはいないだろう。
樹齢何万……いやそんなものではない。
この世界が誕生した当初から存在していると言われても納得してしまう威容。
そんな大樹の一角にガルーダの巣はある。
「え……? ここは……どこかしら? もしかして……天国?」
目を覚ましたリリアの眼下には広大なジャングルが広がっており、凄まじい勢いで景色が後方に流れてゆく。
一瞬死んで天に昇ったのかと思いかけたが、苦しさと痛みで現実に返る。
風圧でまともに息も出来ず、再び気を失いかけたが、ガルーダの飛翔速度が急に落ちてなんとか意識を保つことが出来た。
どうやら目的地に着いたようである。
『キュエエエエ!!』
『ギュイギュイ!!』
母ガルーダの呼びかけに、ヒナたちが反応して騒ぎ始める。ごはんがもらえるとわかっているからだ。
「た、大変……私、このまま食べられてしまうのかしら」
悲惨な未来を想像してリリアは震えるが、ガッチリ鷲掴みされていて身動き一つ出来ないし、仮に脱出出来たとしても、待っているのは墜落死だ。まあヒナたちに食いちぎられて絶命するよりは、その方がいくぶんマシかもしれないが。
が、しかし、リリアにはまだ運が残っていた。
巣に接近した母ガルーダを狙って大蛇が襲いかかったのだ。
正確にはヒナたちを狙っていた大蛇が、間悪く帰ってきた母ガルーダに驚いて反射的に牽制したのだ。
『ギャワッ!?』
「きゃああああああ!!」
間一髪、爪を開いて迎撃態勢をとる母ガルーダ、リリアは再び落下してゆく。
ガサッ
「キャッ!?」
大樹の枝に落ちてバウンドすると、リリアの身体は馬車道ほどある枝の上を転がりそのまま木の洞に吸い込まれるように入ってゆく。
「痛ったーい……」
もう駄目かと死を覚悟したが、どうやらまだ生きている。
ただし落ちたときの衝撃に加えて、身体のあちこちが酷く痛む。無数の擦り傷に何箇所も骨折もしているのだから当然だ。
「……もう魔力が回復している? 濃い魔素のせいかしら?」
咄嗟に治癒魔法を使うと、魔法が発動する。
魔力を使い果たしていたことを思い出して不思議に思うリリア。
通常空になった魔力は、翌朝まで回復しないものだが、この地の濃い魔素濃度のおかげで、リリアの魔力は完全に回復していた。
リリアは治癒魔法で怪我を治すと、周りの様子を慎重に確認する。
洞の中は薄暗く、ちょっとした小さなホールくらいの広さがある。
綺麗に積み上げられているのは……木の実? 一粒がリリアの頭より大きな木の実だというのが恐ろしいが。
「……貯蔵庫かしら? もしかして誰か住んでいるのかも?」
淡い期待を抱くリリアだったが、背中に視線を感じて振り返る。
「あら~!!」
『…………?』
もふもふの尻尾に愛くるしいクリクリとした瞳。焦げ茶と薄茶のストライプの印象的な縞模様。
視線の主は、リリアの大好きな愛くるしいリスであった。
ただし……体長3メートル以上ある魔境リスではあったが。
洞の中は魔境リスの巣穴。
リスは突然飛び込んできた異物に驚き一旦逃げ出したが、しばらくすると戻って来て、ジッと遠目からリリアを見つめていたのだ。
「あの……リスさん、お邪魔してます」
か、かわいい……もふもふしたい。
内心悶えながら丁寧に礼をして不法侵入を謝罪するリリア。
『…………』
見つめ合うリリアと魔境リス。
抱きついても良いかしらと、リリアはじりじりと間合いを詰めてゆく。
「え……きゃあっ!?」
リリアは突然持ち上げられて悲鳴を上げる。言うまでもないが、モフモフを楽しむ余裕などない。
木の実しか食べない魔境リスにとっては、リリアなど邪魔なゴミでしかなかった。
ポイッ
魔境リスは、リリアを洞の奥へもふもふ運ぶとゴミ捨て穴へと放り込んだ。
「いやあああああああ……・・・」
ゴミ捨て穴は大樹の内部で他の穴と合流し、ゆっくりと滑り台のように下ってゆく。
サラサラとした樹液のおかげで、摩擦熱で怪我をするということもない。
途中、出られそうな穴があったのだが、巨大な昆虫が樹液を求めて群がっていたので、失神しそうになりつつ震えながら、そのまま下ってゆく。
「ここが……底なのかしら?」
しばらく下ってゆくとサラサラとした砂地に到達する。
大樹の地下にある巨大な空間、王宮の柱よりも太い根が何本も連なり、まるで古代の神殿のような荘厳さを醸し出している。樹液そのものが発光しているため、地下空間にもかかわらず外と変わらないほど明るいのだ。
「この砂……砂金ね」
ただの砂にしてはと掬ってみれば、紛うことなき高純度の砂金。それが見渡す限りに広がっているのだ。リリアが冒険者ならば、歓喜の声を上げたことだろう。
「……お腹が空いた」
そういえば朝から何も食べていない。
本当なら今頃辺境伯邸で旅の埃を落とし豪華な食事をしていたはず。
ゾルグたちがどうなったかも気になるが、今は自分が生き残ることを考えなければならない。
「この樹液って……飲めるのかしら?」
喉も乾いているが、発光している液体を飲む気にはならない。
とはいえ、他に飲めそうなものは無いし、あちこち動き回る体力も残っていない。
魔法で傷や怪我は治せるが、空腹は癒せないのだ。
「試しに少しだけ……少しだけなら」
小指の先に一滴樹液を付けて、おそるおそる舐めてみる。すぐには飲み込まず、すぐに吐き出せるように口の中で慎重に……
「……!? 甘い!!」
砂糖を煮詰めたような甘さではなく、果物の酸味を無くしたようなすっきりとした甘さ。
しばらくそのまま様子を見て特に体調に変化はないことを確認したリリアは、樹液をひと口、またひと口と飲んで飢えと渇きを癒す。
「なんだかとても眠いわ……」
暑くもなく寒くもない丁度良い気温と湿度。騒がしい音もなく、侵入してくる外敵もいない。
一気に色々なことがあり過ぎて想像以上に疲労がたまっていたのだろう。
すーすー
リリアは砂金の上に横たわると深い眠りに落ちて行った。




