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第3話 帝国の罠 リリアの決断


「ああ、これは魔力酔いですわね……魔力を持つ人間に稀に起こるのですが……もしかしたら、この方は魔法の資質があるのかもしれませんよ?」


 急病人の女の子を看ていたリリアが安心したように微笑む。


 生まれつき魔力を持つ人間はほとんどおらず、ほとんどが貴族階級のため、一般人の場合、そのことに気付くことなく生活しているものが多い。


 そのため一度も使われなかった魔力が全身に充満しており、辺境のように魔素の高い地域に来たことで、いわゆる「魔力酔い」を起こすことがあるのだ。


「このまま安静にしていれば明日には自然に治りますけれど、お辛いでしょうから楽にして差し上げます」


 リリアによって魔力の澱みが解消され、女の子はすーすー寝息を立て始めた。



「あ、ありがとうございます……なんと御礼を申し上げれば良いか」


 商人たちはリリアの美しさに見惚れていたが、我に返ると一斉に礼を口にする。


「いいえ、私はなにもしていませんよ。もしこの子の資質を活かすのなら、学院に入れて専門的に学んだ方が良いかもしれません。学院は辺境伯領にも、王都にもありますから、私が紹介することもできますよ?」


 魔法を使える人間は貴重なため、出世が約束されている。商人になるにせよ、決して無駄にはならない。両親たちは大喜びしている。


「ではいつでも入学できるように手配しておきましょう。ゾルグ、頼みますね」


「はっ、すぐに手続きをいたします」


 王国にとっても、魔法を使える人材は貴重で、そのまま国力の増加につながる。そのため、学院の授業料や生活費、寮費など、すべて無償で、積極的に留学も受け入れているのだ。




「て、敵襲!!」


 突然外から騎士の叫び声が上がった。


「敵襲だと!? こんな辺境で? リリアさま、決して出てはいけませんよ、様子を見てまいります」


 若手の騎士にリリアを任せ、ゾルグは馬車から飛び出す。



「た、隊長、すっかり囲まれているようです」


 ゾルグが目にしたのは、数にして百を超える武装した集団。賊に偽装しているようだが、その統率された動き、装備、いずれも正規兵のそれだ。


 たいして、こちらの兵力は騎士団30名、きわめて劣勢ではあるが、いずれも近衛騎士団の精鋭ではあり、士気も高い。


「賊……では無い様だが、何のつもりだ? 我らは王国近衛騎士団、狼藉を働くつもりなら容赦せんぞ」


 ゾルグの射貫くような鋭い眼光に一瞬怯んだ様子を見せた賊集団だったが、すぐにニヤニヤした様子で笑い始める。


「ふん……我らの目的はリリア公爵令嬢の身柄だ。大人しく引き渡すなら命までは取らんぞ」


 リーダーとおぼしき男があっさりと目的を告げる。


「その訛り……帝国か? どうやら殿下のご懸念は的中されていたということか……」


 イデアがリリアの避難を優先したのは、戦火に巻き込んでしまわないようにというよりも、帝国がリリアを狙うという可能性を考えたから。


 先手を打ったつもりが、まさか動きを読まれていたとは。ゾルグは奥歯を噛み締める。しかもこの人数、かなり前から国内に入り込んで活動していたはずだ。


 もしや……ランス隊長の体調急変も仕組まれていたのか?


 目まぐるしく頭の中で考えつつ、ゾルグは、リリアの居る馬車を中心に陣形を整える。


 ランスには遠く及ばずとも、ゾルグも優秀な騎士。


 緊急事態を知らせる魔道具を使うと、上空に真っ赤な煙が立ち上る。


「良いか、我らの任務はリリアさまを守ること。敵の殲滅ではない。時間を稼ぐのだ、敵に増援は無いが、こちらにはある」


 魔道具の狼煙を確認した辺境伯軍が駆けつけるまて持ちこたえれば良い。


「ちっ、魔道具は予定外だが、俺たちがこれだけの手勢だと思ったか?」


 敵将の合図で前方からも百名ほどの兵士が姿を現す。



「やれ!! 一気に押しつぶすのだ!」



 敵将の号令で一斉に襲いかかる帝国兵。


 30対200、一瞬で勝負が付きそうではあるが、守備に徹し、陣形を崩さない騎士団に対し、リリアを傷つけるわけにはいかない帝国兵は弓などの飛び道具は使えず、正攻法で攻め寄せるしかない。



「おおおおおおっ!!」


「ぐわあっ!?」


 ゾルグが持つ槍は通常の三倍の重さがある。怪力で突き出された槍に楯ごと吹き飛ばされる帝国兵。後ろから迫っていた兵士も巻き込み数人が戦闘不能になる。



「ちっ……弱体化させたとはいえ、腐っても近衛騎士団ということか……」


 戦況は互角……いや、やや帝国兵の損耗が激しい。飛び出してくれば囲んで倒すことも出来るが、決して前に出ず防御に徹する騎士団を崩すのは簡単ではない。


 このまま時間をかければ数で勝る帝国が勝利するだろうが、戦いが長引けば増援が到着してしまう。そうなれば勝利はもちろん退却することすら困難になる。


 

「まあ、このままならな……」


 意味深な笑みを浮かべる敵将。


 懐から取り出した笛のようなものを口に当てると、思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴のような音色が流れだす。



「きゃあああああ!?」


 馬車の中から悲鳴が上がる。


「り、リリアさま!?」


 騎士団に動揺が走る。馬車内に敵兵の侵入は許していないし、味方の騎士しかいないはず。



「全員動くな!! 武器を捨てて投降しろ、早く!!」


「ゲイル……貴様……間者だったのか!?」


 リリアの護衛に付いていたはずの青年騎士ゲイル。あろうことかリリアを人質にして馬車から出てきた。



「ふふ、出来れば奥の手は使いたくなかったんだがな……」


 味方のまさかの裏切りに動揺する騎士団。


 そのすきを見逃すはずもない。形勢逆転と一気に勢いを取り戻した帝国軍の攻勢に、ひとりまたひとり、傷を負って動けなくなる。


「落ち着け、敵がリリアさまに手を出せないのは変わっていない、何とかこの場を持ちこたえるんだ……ぐっ!?」


 必死に声を張り上げ味方を鼓舞するゾルグだが、一度崩れた陣形を立て直すことは出来ない。ただでさえギリギリの人数で維持していたものが、多くの負傷者によって機能不全に陥っている。ゾルグ自身も決して軽くない傷を受けている状態だ。


 このままでは全滅する。


 せめてリリアさまだけでも逃がさなければ……


 ゾルグは死を覚悟し、活路を探る……がどうやら万策尽きたようだ。


 無念……殿下……申し訳ございません。


 最後の力を振り絞って、敵兵三人を薙ぎ倒すが、ついには力尽き膝折れてしまう。




 

 帝国軍の誰もが勝利を確信したその瞬間、

 



「ぐわっ!?」


 辺り一帯に激しい閃光が広がり、敵味方問わず一瞬にして視界が奪われてしまう。


 

 リリアが放った光魔法。本来は灯りの代わりにしたりする生活魔法の系統だが、高い魔力適性を持つリリアが使えば、目くらましのような使い方も出来る。



「ゾルグ、ごめんなさい。人質になってイデアの枷となるくらいなら、私は死を選びます」


 一瞬の隙をついて切り立つ崖っぷちに立つリリア。



「リリアさま!! なりません!!」


 ゾルグが悲痛な声を上げるが、リリアは黙って首を横に振る。



「何をしている!! 早く捕えろ!!」


 敵将の叫びに殺到する帝国兵。



「ごめんなさいイデア。順番が逆になっちゃったけど、これなら約束は守れるわよね。愛する王国に祝福あれ……ゾルグに命じます、必ず勝利を……エクストラヒール!!」



 リリアは崖から身を投げ出し、同時に最上級の治癒魔法を放った。


 エリア内の任意の全員を回復させるリリアにしか使えない神の祝福。


 騎士団の全滅を防ぎ、帝国の思惑を打ち砕くにはこれしかない。


 リリアの最後の言葉はゾルグ、そして騎士団員にたしかに届いた。



「リリアさまあああああ!!!!!? どけええ!! そこをどけえええ!!」


 鬼神もかくやという形相で帝国兵を薙ぎ払い崖からのぞき込むが、崖下は地表が見えないほど深く、鬱蒼と繁る魔境のジャングルが広がっているだけ。万に一つも助かる可能性は……ない。 

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[良い点] えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ちょ、、ちょ、、ちょ、マジですか?! [気になる点] ど、ど…
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