第21話 リリアの帰還
「あら……? どうしたのですか二人とも。幽霊でも見たような顔をしてますよ?」
リリアはトライオンから降りると、固まって動かないカインとランスの前へとやってくる。
「……り、リリア……」
「……り、リリアさま……」
しばらく固まっていたカインとランスではあったが、夢でも見ているのか、消えてしまわないだろうか、様々な想いの中で、ようやくリリアの名を口にする。
「はい、なんでしょうか?」
「……り、リリアああああああ!!!」
「……り、リリアさまああああ!!!」
「きゃああ!? な、なんですか急に」
感極まり抱き着こうとする二人を華麗にかわすリリア。
普通に考えれば達人二人の不意打ちに近いアタックをかわすことなど出来るはずもないのだが、この場にそれを認識できるほど余裕のある者はいない。
「よ、良がった……生きていて良がった……」
「うおおおおお……リリアさまああああ!!!」
なぜか抱き合い人目もはばからず号泣し始める二人に若干顔を引きつらせながらも、それだけ心配してくれていたのだなと嬉しくなるリリア。
「心配かけましたね。でもこの通り、リリア無事帰還いたしました」
どう考えてもスタンピードの原因はリリアご一行さまなのだが、そんなことはどうでもいい。
諦めていた命が目の前にある。直接関わったものも、そうでないものも、喜びを爆発させ、歓喜の輪は広がってゆく。
それほどまでに巨獣に乗って現れたリリアの姿は幻想的で美しく、まるで神話の一ページのように見るもの全ての心を奪ったのだ。
「それで……こいつらは一体?」
ようやく落ち着いてきたカインがリリアの動物たちについてたずねる。
久しぶりの再会、格好つけたかったであろうカインだが、今となっては完全に手遅れ。不本意だろうがリリアの中ではカインは可愛い弟のようなもので、まったくイメージダウンにはなってはいないのが救いではある。
「私のペットですよ。モグラのモフラ二号に、リスのクリス、ウサギのピョンコ、犬のシロ、ねこちゃんはシマなのですよ」
なぜに二号? それ絶対に犬じゃないよね? いやいや、ねこちゃんって……
ツッコミどころ満載だが、今のカインにはどうでもいいこと。
「そっかあ……でもでっけえなあ……さすがリリアだ」
なにがさすがなのかはわからないが、リリアのことならとりあえず褒める。
「……見たことが無い魔物ばかり」
一方でランスはリリアの連れているペットが普通ではないことに気付いて内心冷汗をかく。ランスにとって実力の底が知れないというのは初めての経験。敵意は無く、リリアに良く懐いているようなので一応警戒心は解いてはいるものの、居心地はやはり良くない。
「あ……お土産もたくさんあるのよ」
と見たこともないような白く輝く袋からのぞく素材もこれまた見たことが無いものばかり。
「お、おお……なんかすごそうな感じがするぞ」
能天気なカインはとりあえず褒める。
「……これは……とんでもないお宝では?」
心穏やかではないランスだが、それなりに鑑定眼には自負がある。
リリアさまは、一体魔境のどこで何をしていたのだろう? だが今はどうでもいいこと。
ランスは素直にリリアの帰還を喜ぶのであった。
その夜は、領都すべてがお祭りムードに包まれる。
リリアの帰還を祝してのこともあり、カインは大盤振る舞い、スタンピードの食材だけではなく、酒なども大放出することになった。
無償で提供された肉が、街のあちこちで美味しそうな匂いを漂わせ始めると、お祭りムードは一気に高まる。
「うわあ……美味しそうですね~」
屋敷の窓から外を眺めてはしゃぐリリア。楽しそうな音楽や賑わいというものはワクワクするものだが、リリアにとっては特に沁みたに違いない。ようやく帰って来たんだという実感と共に。
「だったら食べに行こうぜ。ついでに街を案内したいし」
カインは言ってすぐに後悔する。リリアは先ほど魔境から戻ったばかりではないか。疲労困憊に違いないのに俺って奴は……
「悪い、疲れているのに……何か買ってこさせるから……」
「え? 大丈夫ですよ。私とても元気です。街へ行きたいのはやまやまなのですが、私が居なくなった後のことを詳しく話してもらっても?」
「へ? あ、ああ、わかった。どこから話せばいいかな……」
「なあリリア、本当に今から会うつもりか?」
「当然です。今は一刻の時間も惜しいのですから」
二人がやってきたのは、捕らえられた敵将がいる建物。連日取り調べが続いているが、口を割る気配が全くない。
当初協力的だったことを考えると不可思議ではあるが、他に手掛かりが無い以上、カインは根気強く耐えていたのだ。
「…………」
リリアを見て驚いたような反応をしたものの、相変わらずだんまりの敵将。
「もうずっとこんな感じなんだよ」
うんざりとしたように吐き捨てるカイン。
「ねえカイン、ちょっとだけ席を外してもらえないかしら?」
「え? わ、わかったけど、無理するなよ?」
「うん、ありがとうカイン」
『リリア、コイツ、喋らないんじゃなくて、喋れなくされているな』
「……何とか出来る?」
『もちろん。ついでにコイツの記憶も洗いざらい覗かせてもらう』
◇◇◇
「カイン、あの方、ようやく喋る気になったみたいですよ。私も生きているわけですから、あまり酷いことはしないでくださいね」
「そ、そうか!! コイツもリリアのことを悔やんでいたみたいだったから、そのせいなのかな? でも助かったよ」
「ふふふ~、感謝してくれていいのですよ? あ、そしたら屋台の料理全種類買ってきてください」
「や、屋台全種類……だと? 一体何店舗あると……わかった、買ってくるから待ってろ」
ようやく見せ場がきたかと、はりきって出てゆくカイン。
「さてと……もう一人何とかしないといけませんね」
カインが出てゆくとリリアは素早く行動に移る。
「こんばんは。オクタヴィアさま。リリアと申します」
リリアがやってきたのはオクタヴィアが泊まっている部屋。
「こんばんは……リリアさまって……ああ、貴女が!!」
あのイデア王子をあそこまでぞっこんにさせ、あの皇帝が危ない橋を渡ってでも手に入れようとした大陸一の……我が父ながら吐き気がするけれど、こうして目の当たりにすれば、それも無理もないと思わせられてしまう。
女性は可愛いか美しいに分かれるが、そのどちらも兼ね備えている。完璧な所作、その知性の宿る瞳、あふれ出る生命力。慈愛に満ちた微笑み。
これは地上に降りてきた女神ではないのか?
目が離せない。抱きしめたい。そんな気持ちが沸き上がってくるのを必死にこらえるオクタヴィア。
「時間が無いから結論から言いますね。貴女にかけられている呪い、私が解いてさしあげます」
「なっ!? ど、どうしてそれを……?」
抱え込んでいた闇を突然初対面の人物に言い当てられて驚愕するオクタヴィア。
「細かいことは後です。解きたくはないのですか?」
「いいえ、お願いします!! 私……もう死ぬしかないって思っていて……」
泣き崩れるオクタヴィア。
『モフラ、お願いします』
『ああ、しかしタチの悪いことだな。帝国に敵対行動をとった場合、自らの手で伴侶を殺す呪い……か。ついでにあの侍女も治してやらないと』
自分の娘すら道具にしか思っていない、いやもっと残酷な帝国のやり方に激しい怒りを感じるリリアとモフラであった。
◇◇◇
「ただいま~!! 買って来たぞ」
ぜえぜえ言いながら屋台の食べ物を買ってきたカイン。もはやリリアの忠犬のようだ。
「わあ……ありがとうございます、カイン」
「ふふ、たくさんあって楽しみです」
「も、申し訳ございません。私まで……」
待ち構えていたのは、リリアだけでなく、オクタヴィアと侍女マリア。
「あれ? いつの間に知り合いになったんだ?」
ものすごく気まずい感じの表情になるカイン。
「今さっきですよ。よく考えたら私一人では食べきれませんから、応援を要請してしまいました」
「お招き感謝いたします、リリアさま」
ランスまでやってきた。
せっかく二人きりで過ごせると思っていたカインだが、またチャンスはあるだろうとぐっとこらえる。
「は? 明日出発するって……どういうことだよ!!」
まだ当分はここに居ると思っていたリリアが、明日ランスと共に神聖セラン教国へ向かうというのだ。激しく動揺するカイン。
「カイン、思っている以上に帝国の動きが早くて巧妙なのです。このままでは後手に回ったまま同盟構想は瓦解することになるでしょう」
「だ、だからって、リリアが行く必要はないんじゃないのか? それに友好国とはいえ、危険もないわけじゃ……」
神聖セラン教国は、友好国とはいえ、教皇を中心とした宗教色の強い国だ。リリアの言う通りならば、敵に寝返っている可能性もあるわけで、とても送り出す気にはならない。
「よし、俺も行こう!!」
ならば俺が守れば良いと名乗りを上げるカイン。
「……カイン? 明日は貴方の舞踏会ですよね?」
「……くっ、そうだった」
「心配してくださるのは嬉しいですけれど、私、魔境で強くなりましたからご心配なく。それにあの子たちも居ますし」
そうだった……あのバケモノどもがいれば怖いもの無しかもな……カインは遠い目をする。
「でもな、それでも俺は止める。力づくでもな」
「イテてててて……」
「ほら……だから言ったじゃないですか。私、強くなったって。ではおやすみなさい」
ボロボロになったカインに治癒魔法をかけて、去ってゆくリリア。
頑張れカイン、明日は君が主役だ。




