第2話 公爵令嬢は結ばれたい
「リリア、君には辺境伯領に行って欲しい」
「……辺境伯領……ですか?」
「ああ、ここ王都は、戦争になれば真っ先に戦場となるだろう。君が避難してくれていれば、安心して戦えるというものだからね」
プラトニア王国の王都プラトーンは、帝国領国境からほど近い。リリアも多少は魔法が使えるが、戦えない非戦闘員は足手まといになるのは明白だ。イデアに迷惑はかけられないのはわかっている。
「……わかりました。辺境伯領へ参ります」
「そうか!! ありがとうリリア。護衛にはランスを付けるし、辺境伯領にはカインもいる」
ランスは近衛騎士団屈指の実力者で、イデアの腹心の一人。リリアも幼いころから良く知る人物だ。
現辺境伯は、イデアの弟で第二王子のカイン。辺境伯を王族が務めることはこの国の伝統であり、逆に言えば強力な力を持つ王族でないと治められないのが辺境。
「イデアさま、私からも一つだけお願いがございます」
「リリアのお願いなら何でも聞こう」
「ここを発つ前に、私を……貴方のものにしてくださいませ」
「リリア……しかし、それでは……」
自分に万一のことがあった場合、リリアに嫁ぎ先が無くなってしまう。戦争となれば何が起きてもおかしくはない。リリアのことを愛するがゆえに、イデアは、軽々しい行動を自制してきたのだ。
「私は生涯イデアさま以外の殿方を愛することはございません。御身に万一のことあらば、許されるなら後を追わせていただく覚悟です」
「それは駄目だ。後を追うことは許さぬ。誓えるのならリリアの願いを聞こう。それは、本当なら私が言わなければいけなかったこと。私こそ願っていたことでもあるのだから」
「まあ……わかりました。その時は修道女にでもなってひっそりと余生を過ごすことといたしましょう」
「……うむ、私が死ぬことが確定しているようで少々微妙な気分だが……」
「ふふっ、古よりいうではないですか、死ぬ死ぬと言い張るものほど死なぬものと」
「ふ、違いない」
その日、イデアとリリアは結ばれた。この先どんなことがはあっても決して負けないように。運命に翻弄されないように。二人は絆を繋いだのだ。
リリアの辺境伯領行きは決まったものの、ことは簡単ではない。
「婦女子の避難は極力極秘裏に進めるつもりだが、さすがに王都中の人間を動かせば帝国にこちらの思惑が筒抜けになる」
イデアが懸念するように、リリアだけならともかく、そんなことをすれば、これから戦争しますよと言っているようなものだ。
「カインさまの婚約者を決めるという名目で、辺境伯領で大規模な舞踏会を開くのはいかがでしょう?」
辺境伯であるカインにはまだ婚約者がいない。実質の国内NO2であるカインの婚約者選びということなら、不自然ではないはずだ。リリアに関しては、出席できないイデアの代行という名目も立つ。
「……なるほど、さすがリリアだな。その方向で進めてみよう」
計画を滞りなく実行に移すため、イデアの親書を携えたリリアが辺境伯領へと向かう日がやってきた。
あくまで極秘のことであるため、見送りが出来ないイデアは、リリアと事前に別れをすませている。
場合によっては今生の別れとなる可能性もゼロではないが、最後に泣き顔を見せることなく笑顔で、きっとすぐまた会えると信じて。
「……では、参りましょう。リリアさまはこちらの馬車へ」
護衛騎士隊長が恭しく頭を垂れる。
「あら? 護衛はランスが付いてくれると聞いていたのだけれど?」
あまり聞き馴染の無い声に、少し不安そうにたずねるリリア。
「はっ、ランス殿は今朝方、急に体調を崩されまして。急遽、担当から外れたのです」
「まあ……大事が無いと良いのだけれど。ええと……」
「ゾルグと申します」
「ゾルグ、よろしくお願いします」
辺境伯領までは馬車で三日の距離。
街道は整備されており、初日、二日目と比較的大きな街を通るため、特に何事もなく、三日目、一行は辺境と呼ばれるエリアへ足を踏み入れることになった。
「ねえゾルグ、やはり辺境は魔素が濃いわね……」
「おお、さすがですな。我々のような魔法を使えない人間にはさっぱりですが、やはり辺境は違うのでしょう。この先、難所というほどのことはないのですが、峠越えがあります。少々揺れますのでご容赦ください」
辺境伯領へ向かうには街道を通った方が早いのだが、途中、魔境の辺縁部を突っ切る形になるため、どうしても魔境から迷い出てくる魔物と遭遇する危険性がある。
そのため、多少迂回する形にはなるが、小規模の集団や婦女子の場合、より安全な峠越えを選択するケースが多いのだ。
とはいえ、通常護衛騎士団が守るような今回のようなケースで峠越えをすることは珍しく、またすでに辺境伯からの迎えの騎士団も来ているはず。
リリアは少々疑問を抱きながらも、きっとイデアの過保護が原因だろうと微笑ましく思う。
「隊長、前方で隊商が立ち往生しています。いかがしますか?」
「そうか……様子を聞いて必要なら手助けをするぞ。このままでは通行出来ないからな」
「はっ、確認してまいります」
若手の騎士三人が走ってゆく。
「何かあったのですか?」
前触れもなく急に停車したとあって、馬車の中から、リリアが顔を出す。
「リリアさま、どうやら隊商が立ち往生しているようでして……今、部下に様子を見に行かせています」
そこへ様子を見に行っていた騎士の一人が戻ってくる。
「どうやら馬車の車輪の破損のようですね。近くの町まで交換用の車輪を買いに行かせているとのことですぐには動けそうもないと。それから急病人がいるとか……」
「そうか……車輪は予備があるから何とかなるだろう。問題は急病人だが……」
「ゾルグ、病気なら私の治癒魔法で治せるかもしれないわ!」
リリアは殺傷力のある魔法は使えないが、高位の神官クラスの治癒魔法を使うことが出来る。
「……しかし、今回はあくまで極秘の行動なのです。それに、万一のことがあるやもしれません」
ゾルグは何とか止めようとしたが、リリアは目の前で救えるかもしれない命を見捨てて知らんぷりできるような女性ではない。
「……わかりました。我々が護衛に付きますが、くれぐれもご注意ください」
ゾルグは結局折れて、渋々ながら了承する。
「ありがとう、ゾルグ」
「部隊を三つに分ける。車輪の修理と後方の警備、リリアさまの警護には私が付く」