第13話 公爵令嬢 上機嫌になる
「あの……これはどうするのですか?」
地下へ落としたのは良いのだが、肝心の魔境ダンゴムシは丸まったままで、思い切り開こうとしてもビクともしない。
どうせこの後食べることになるのだろうが、このままでは調理しようがない。もっとも、ダンゴムシを捌けと言われてもリリアには無理だろうけれど。
『魔境ダンゴムシの装甲はほとんどの物理攻撃を受け付けないからな。このままの状態で蒸し焼きにする』
モフラによると、あらゆる物理攻撃を跳ね返す装甲も、唯一熱には弱いのだとか。陸に住んではいるが、元々は水棲の生き物だからだろうか?
ジュ~ッ!!
じわじわ焼き殺すなんて可哀想だと、リリアは火力全開で一気に魔境ダンゴムシを焼く。少しでも苦しむ時間が短い方がいくぶんマシかもしれない。自己満足に過ぎないかもしれないが、彼女に出来ることはそれぐらいしかない。
リリアの強化された火魔法の火力は抜群で、火が通った部分から少しずつ身体が開いてゆく。
同時に新鮮な海鮮の香りが漂ってくる。
「うわあ……なんだか懐かしい港街の香りがします」
プラトニア王国は内陸の国で海には接していないが、公爵である父に連れられ何度か外国の港街で海鮮料理を味わったことがある。
『こいつは蟹や海老みたいな味だと思うぞ。たぶんそのままでも喰えるんじゃないか?』
本当だろうか……? リリアは半信半疑ながら焼き上がったダンゴムシに酸っぱい露草汁をかけ口にする。たしかに匂いは美味しそうなのだ。
「っ!? 美味しいっ!? 新鮮な魚介類の味がします!!」
巨体なので大味なのかと思っていたが、一気に蒸し焼きにしたことで、旨味がギュッと閉じ込められてとっても美味しい。
ほのかに野性というかクセのようなものはあるが、さっぱりとした露草汁によってそれも気にならない。
『そうだろう? こいつの能力で使えそうなのは……潜水だな。水中で一時間程度なら呼吸ができるようになる』
「水中で!? それはすごいですね」
泳ぎが得意なリリアにとって、その有用性はよくわかる。水の中に隠れて敵をやり過ごすことだって出来るかもしれない。
もっとも、魔境の水中にはどんな危険が潜んでいるかわからないので、あまり意味はないかもしれないが、先日溺れかけたリリアにとっては、十分精神的な保険に繋がる能力ではあるだろう。
『それだけじゃないぞ。こいつの装甲を使えば強力な防具と武器を作れる』
それが本当なら防御力ゼロのドレスしかないリリアにとってもありがたい話だ。
強度だけではない。驚異的なのはその軽さ。羽のように軽く、おそらく以前のリリアでも持ち上げられるほど。
「ですが……私、防具や武器なんて作ったこと無いんですが?」
経験もそうだが、そもそもここには道具も材料もない。宝の持ち腐れではないのだろうか?
『大丈夫、明日になればわかる。今日は、上々の戦果だったしゆっくり休んでしっかり睡眠をとれ。この分なら明日はもう少し冒険できそうだからな』
何が大丈夫なのかわからないが、モフラのことは信用しているリリア。頭の中はすっかり明日の冒険のことでいっぱいになっている。
「はいっ!! 明日も頑張ります!!」
初めて外へ出ての冒険、初日は大成功と言えるだろう。
リリアは満足そうに眠りに就くのだった。
◇◇◇
「ふわあ……おはようございます」
岩ゴケのベッドで寝るようになってから、リリアはいつも全裸で眠っている。
簡易ドレスとはいえ寝るときはやはり窮屈だし、出来れば毎日洗濯したい。寝ている間にシワがつかないように干しているのだ。
目が覚めるとそのまま露草のシャワーを浴びて、火魔法の熱風でドレスと濡れた身体を乾かすのが朝の日課だ。
『おはようリリア、早速だが糸を出してみろ』
「……糸?」
突然モフラから意味不明なことを言われて困惑するリリア。
『昨日食べたアシナガグモの力だ。指先から糸を出せるようになってるはずだ。やってみろ』
指先から糸を出すとかもはや人間技じゃないわと思いつつ、モフラに言われた通りやってみると……
「きゃっ!? 本当に糸が出ました……」
『慣れれば種類の使い分けも出来るようになる。粘着する糸、逆にくっつかない糸という風にな』
昨日モフラが言っていたのはこのことだったのかと、リリアは早速糸を出し入れし始めるのであった。
「ふんふふーん」
リリアは鼻唄交じりに蜘蛛の糸を使って裁縫をしている。
幼いころから裁縫を習っていたリリアにとって、難しいことは何もない。何しろ自分の意志で糸を操れるのだ。夢中で糸を動かしてゆく。
「ふう……出来ました」
出来上がったのは、
バッグ
動きやすい服
下着
ハンカチ
タオル
ダンゴムシの装甲を使った防具
同じく武器
『……ず、ずいぶん沢山作ったな』
「はい、ずっと替えが欲しかったので、とてもうれしいです」
蜘蛛の糸で出来た衣類は、シルクのような手触りで通気性もある最高級の質感だ。
趣味である裁縫も満喫できて大満足のリリアは大変上機嫌だ。
『リリア、今日は外ではなく地下で狩りをするぞ』
ご機嫌な様子で裁縫を続けていたリリアだったが、モフラの一声で本来の目的を思い出す。
「え? 外へは行かないんですか?」
『ああ、本格的に外へ出る前にぜひとも欲しい能力があるんだ』
「欲しい能力……ですか?」
そのへんのことはモフラに任せっきりなので、基本的に従うほかない。
『わかり易く言えば、気配察知というか索敵能力だな。今は私がやっているが、リリア自身も出来た方がより生存率が高まるからな』
たしかに近くに敵がいるかわかるのとそうでないのでは雲泥の差がある。モフラの言うとおり、ぜひとも欲しい力だ。
リリアは早速作ったばかりの服に着替えると、防具と武器を持ち、出発する。
『着いたぞ』
モフラの案内でやってきたのは、少しひんやりとしている地下洞穴。
天井から黒っぽい何かが沢山ぶら下がっているのが見える。
時折わずかに動くので、それが生き物なのだとすぐにわかる。
「あの……これは一体……?」
『魔境コウモリだ。連中は超音波を使って広範囲を立体的に索敵出来る』
「ちょうおんぱ? よくわかりませんが、寝ているようですけど……」
モフラの言っていることはよくわからないものの、索敵能力の役に立ちそうなことは理解できる。
無数の魔境コウモリたちは夜行性のため、今はここで眠っている。夕方日が落ち始めると起き出して外へ狩りに向かうのだ。
『ふふん、外でこいつらを捕まえるのは至難の技だが、今ならリリアでも簡単に捕まえられる。いいか、糸でぐるぐる巻きにして捕まえるんだ』
外では無敵に近い魔境コウモリも、巣穴で寝ている時だけは極めて無防備だ。
リリアが糸でぐるぐる巻きにしても気付かず寝ている。
「モフラ、捕まえました!!」
『よし、良くやった。一旦戻るぞ』
「はい!!」
魔境コウモリもやはり2メートル近くと大きいが、ほとんどが翼なので、今のリリアにとってはほとんど重さは感じない。
リリアはコウモリを肩に乗せて鼻歌交じりに歩いてゆく。怖い思いも痛い思いもしなかったのでご機嫌なのだ。
「あら? あれは何かしら……」
まだ距離はあるが、前方で何やら茶色いかたまりが動いている。
どうやら何かを夢中で食べているようだが……。