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第12話 公爵令嬢 涙目になる


 ジャーッ


「ふわあ……快適です~」


 リリアは歓喜の声を上げる。


 一晩寝たことで力ダケの特質が定着し、筋力強化をしなくても露草のシャワーを浴びられるようになったのだ。


 これで副作用ともお別れだと思うと涙が止まらない。



『なんだ? 泣いているのか』


「違います。これは涙ではありません。ただの露草の汁ですわ」 


 モフラも日々進化している。ここで野暮なツッコミなどしないのだ。




『リリア、正直ここまで早くお前が進化するとは思っていなかった。今日から少しだけ外へ出てみるか?』


 朝食後、モフラがそんなことを言いだす。


「本当ですか!! 出ます、行ってみたいです」


 待ちに待った外へ。帰るためには、いずれ外へ出なければならない。小さな一歩だが、間違いなく大きな前進だ。リリアの喜びは大きい。



『わかっているとは思うが、外に出たらリリアなんて虫けら同然だからな? 気を抜くと一瞬で死ぬぞ』


 モフラの言うとおり、今いる場所は魔境の中ではあるが、ある意味セーフティーゾーンのような場所。恐ろしい生物はいない。


 強くなっているのは事実だが、危険性の低いコケや花、キノコ相手にしていることを忘れてはいけない。


「はーい、わかってまーす!!」


 必要以上に委縮する必要もないが、能天気過ぎるのも心配になる。


『……本当にわかっているんだろうな……まったく』


 モフラのつぶやきは今のリリアには届かないようだ。




『いいか、いきなり地上には出るなよ? 絶対にだ』


 地上に出るためには、今いる階層からさらに上へと登らなくてはならない。


 ここから上は、本当の意味での魔境。モフラはこれまで以上に神経質になっている。



「ふふ~ん、これぐらい楽勝ですね」


 強化された今のリリアにとって、この程度は苦にもならない。


 副作用の心配なく活動できることに浮かれるリリアを責めるのは酷というものだろう。


 

『楽勝なのはいいが、油断はするなよ。地上の生物はすべてお前より強いと思え』


 モフラの言葉は厳し過ぎるようだが、残念ながら事実。強化されたとはいえ、リリアは人間たちに踏みつぶされる蟻に過ぎないのだ。




 

 なぜそこまでの危険を冒してまで、地上に出るのか? 


 その目的は、生きた素材を地上で手に入れること。


 植物やキノコでの強化には限界がある以上、より強い生物から力を取り入れる必要がある。


 もちろん、そんな滅茶苦茶な方法が通用するのは、モフラの存在とリリアの治癒魔法、何よりその決して折れない不屈の精神あってのことなわけだが。


  

『いいか、地上で戦うと他の生き物を呼び寄せかねない。そうなるまえに地下へ引きずり込むんだ』


 強者のハンティングではない、弱者なら弱者のやり方に徹する必要がある。


 捕まえる際は、モフラが弱体化してくれるとはいえ、地下の時と違って獲物は自由に動き回るし時間と生き残りをかけた真剣勝負になる。


 リリアは、ガイアの根の隙間から、落ち葉を隠れ蓑に地上の様子をそっと伺う。



「あ……あのアリさんはどうですか?」


 小型犬ほどのサイズのアリが近くを歩いている。


『駄目だな、魔境アリは単体ならリリアでもギリギリ勝てそうだが、仲間を呼ぶんだ。何千、何万というな』


 たしかにヤバそうだ。手を出した瞬間にゲームセット間違いなし。



「えっと……じゃあ……」


 キョロキョロ辺りを見渡すも、もじゃもじゃやウネウネ、にょろにょろ……悲鳴を上げそうなグロテスクな生き物しかいない。



『おっ!! リリア、アレを狙え。中々見つけられないからラッキーだぞ』


 興奮気味に叫ぶモフラの声。


 リリアは視線を向けるが、ピシッと表情が固まる。



「アレって……まさかあの蜘蛛じゃないですよね?」


 細身で足の長いスリムな蜘蛛……体長約二メートル。


 黒光りするポッテリとしたボディとびっしりと剛毛が生えた頭部、アンバランスさが際立つ異形の生物がそこには居た。

 


『他に何がいるんだ? 大丈夫、私が一時的に意識を奪うから、ワンパン入れて引きずり込め』


「……帰りたいです」



 涙目のリリアのところへ蜘蛛が凄まじい勢いでシャカシャカ走ってくる。控えめに言っても滅茶苦茶怖い。


「嫌ああああ!!?」


『大丈夫だ、今は私が意識を乗っ取っているから。早くワンパン入れろ!!』


「わ、わんぱんってなんですか?」


『思い切り殴れってことだよ』


「ど、どこに~?」


 目をぐるぐる回すリリア。


『あああ、もう頭でもお腹でもどこでもいいから早く!!』


「にゃあああああ!!!」


 必殺猫パンチが頭とお腹の中間に当たる。  

 

 頭は怖いし、お腹は気持ち悪かったので、妥協した結果だ。


『ギョエエエッ‼?』


「ひぃっ!?」


 あまり耐久力が無いのか、蜘蛛は猫パンチを受けて動かなくなった。


『良くやった、早く地下に運ぶぞ!!』


「うええ……触りたくない」


 自分よりも大きな蜘蛛を引きずりながら地下に戻るリリア。もちろん泣きながら。

 


   

『いやあ、リリアはラッキーだな、本当に何かに守られているとしか思えない』


「…………」


 上機嫌なモフラとは対照的に顔色が悪いリリア。


『どうした? 早く喰え!!』


「あの……どうしても食べないと駄目でしょうか?」 


『安心しろ、こいつは脚だけ食べれば良い。他は使い道があるからな』


「くっ……ここまでか」


 逃げ道はない。むしろ脚だけというのが気持ち悪いが、頭やお腹を食べなくて済むのはラッキーかもしれない。


 リリアの持ち前のプラス思考が役に立つ。


「鶏肉味でお願いします」


 真っ黒に焼いてしまえば抵抗感は減るだろうと、しっかりと焼く。


「……香りは良い感じですね」


 これなら目をつぶって食べれば行けるかもしれない。


 リリアは思い切ってかぶりつく。




「はむはむ……美味しい……」


 味は完全に鶏肉、見た目からは想像も出来ないほどジューシーで、肉汁があふれ出てくる。


 ここは酸味のある果汁をかけて食べたいところだが……。



「ねえモフラ、露草の汁、酸っぱく出来ないのですか?」


『無理だな、生き物以外は……あ、ちょっと待てよ、露草をいじれば出来るかも……』



 

「ふわあ……至福なのです」


 モフラによって酸っぱくなった露草の汁を蜘蛛の脚にたっぷりかけてみると相性は最高。



『このアシナガグモはな、魔境の生物の中でも瞬発力がとびきり優れているんだ』


 つまり、この蜘蛛を食べたことで、強力な瞬発力を手に入れることが出来るということだ。


「まあ!! きっと逃げ足も速くなりますね!!」


『ふふん、それだけじゃないぞ? まあ、明日を楽しみにしてろ。それよりももうひと狩りするぞ』


 他にもアシナガグモには能力があるらしい。もったいぶって教えてくれないのが憎たらしいが、時間があるうちに少しでも強化するのはリリアにとっても歓迎すべきことだ。





『今度はアレを捕まえるぞ』


「……あれってダンゴムシですか?」


 王国にも普通に生息しているダンゴムシとよく似た虫。


 ただし大きさは2メートル近いけれど。


『アイツは簡単だ、攻撃すると丸まって動かなくなるから、転がして穴に落とせばいい』


 なるほど、それならリリアにもなんとかなりそうだ。


 見た目もさっきの蜘蛛に比べれば可愛いとすら感じる。




「にゃあああああ!!!」


 必殺猫パンチをかますと、魔境ダンゴムシは素早く丸まって防御姿勢を取る。 


「痛ったああああい!?」


 丸まらせることに成功したのは良いが、魔境ダンゴムシの装甲は滅茶苦茶硬く、叩いたリリアの手が腫れあがる。


 泣きべそをかきながら治癒魔法で治療する。



「よいしょ~!!」


 ゴロゴロ……ストンッ!!


 丸まってしまえばこっちのもの。あっけなく穴に落とすことに成功する。


 一瞬喜んだリリアだったが、この後の展開……つまり食べることを考えると盛り上がりかけた気持ちが萎えかける。



「はぁ……ダンゴムシって食べられるんでしょうか?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] >早くワンパン入れろ!! >わ、わんぱんってなんですか モフラの謎の進化がリリアの知識を凌駕してきましたね! これこそ庶民と貴族の会話。 初めは取り憑いてる(?)だけの“ナビ”だった、…
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