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第11話 公爵令嬢 猫パンチを究める


『よし、リリア、服を脱げ』


 完全にセクハラ発言ではあるが、ここは魔境。


 すでに真っ裸になることには慣れているので、リリアは何とも思っていない。王国へ帰った暁に、元の令嬢に戻れるのか若干の不安はあるが、一着しかない服を破くわけにもいかないので、やむを得ないだろう。



「あの……もしかして、戦う相手って、アレ……ですか?」


 

 リリアの視線の先には、可愛らしいキノコがたくさん生えている。まあサイズは1メートル以上あるので可愛いというよりはやや不気味寄りではあるけれども。


『その通り、奴らは(ちから)ダケというキノコだ。文字通り力を見せて認めさせないと採集出来ない』


 キノコにそのような自我があるのだろうかと、リリアは内心疑問に思うが、ここは魔境だ。何があってもおかしくはないと考えを改める。



「えっと……どうやって認めさせればいいのでしょう?」


 認めさせろと言われても、リリアにはどうしたらいいのか見当もつかない。


『殴り合いだな。力でねじ伏せるしかない』


「私、生まれてこのかた殴ったり殴られたりしたことが無いのですけれど……それに殴り合いって……痛くはないのですよね?」


 当たり前の話だがリリアは公爵令嬢だ。最低限の護身術は学んでいるが、人を殴るどころか虫も殺したことはない。両親も含めて殴られたこともないのだ。モフラの言っていることがわからないわけではないが、まったく理解の範疇外。



『そうだな、岩ゴケのおかげでリリアの耐久力は相当向上しているだろうから、たぶん殴られてもビンタされたぐらいにしか感じないと思うぞ』


「……ちなみにもし昨日の耐久力のままで殴られたら、一体どうなっていたのでしょうか?」


 今更意味のない問いかけではあるが、まったく実感がわかず、基準すら持たないリリアにとっては何かの指標になるかもしれない。



『そうだな、首から上は爆散して無くなっているだろうな』


 想定していなかった物騒な答えに固まるリリア。



「ほ……本当に大丈夫なのですよね? 怖くなってまいりました。ビンタというのも……そう言えば使用人がよくビンタされていましたが、とても痛そうでしたし」


 ビンタというのが、どの程度のダメージなのか、想像がつかず怯えるリリア。冷静に考えればわかりそうなものだが、今のリリアは絶賛混乱中だ。



『なあに、ビンタなんて、副作用に比べたら、蚊に刺されたようなものだ。気にせず思い切りぶん殴ってこい』


 人ごとだと思って簡単に言いますね……リリアは内心恨み節を吐きつつ、それでもモフラの言葉に背中を押されて、かわいいキノコたちに向き合う。



「ああ……何度見ても可愛らしいキノコさんですね……マクラにならないかしら?」


 根っからの平和主義者のリリア。なかなか戦闘モードに入れない。


 あら? そういえば、力ダケは手が無いのにどうやって殴ってくるのかしら?


 などと、どうでもいいことまで気になって仕方なくなってくる。


 だが、いつまでもこうしてお見合いをしているわけにもいかないのも事実。




「え、えーいっ!!」


 ポコンッ


 恐る恐る、一番近くにあった力ダケを叩いてみる。



 バッチ―ンッ!!

   

「痛ったああああい!?」


 力ダケが一瞬発光したかと思うと、可愛らしい傘の部分がびよーんと伸びて、ぽかーんと見ていたリリアを思いっきりぶん殴った。


 耐久力が上がっているため、吹き飛ばされることはなかったが、初めて顔を叩かれたことへの精神的ショックは大きい。



『リリア!! だから言っただろ、最初から全力で行けと』


 ショックで呆然と立ち尽くしているリリアに大声でアドバイスを送るモフラ。


「だ、だって……」


 涙目のリリアだが、見た目が可愛らしいキノコを思い切り殴ることなどやはり出来そうにない。



 それでも気を取り直して、先ほどよりも強めに叩く。


 ボコンッ


 バッチ―ンッ!!

   

「痛ったああああい!?」

  

 バッチ―ンッ!!

   

「痛ったああああい!?」


 バッチ―ンッ!!

   

「痛ったああああい!?」

  

「…………」

   

 所詮はビンタ程度のダメージ。せいぜい頬が腫れ上がるくらいだが、精神的なダメージは蓄積して行く。


 何度も殴られ続けてさすがのリリアも徐々に目つきが変わってきた。



「にゃあああああああ!!!」


 とうとう我慢の限界に達したリリアの殺気の籠った強烈な猫パンチが力ダケにさく裂する。



 バチコーンッ!!



 こてん、と可愛らしい音がして、ついに力ダケが根本から折れて地面に転がる。


「あ、あれ……? 反撃してこないです……?」


 反射的に身構えるリリアだったが、いつまでたっても反撃してこないので、ようやくつぶっていた目をあける。



『リリア、やれば出来るじゃないか!! 絵に描いたようなへっぴり腰だが。復活する前に早く採取しろ』


 力ダケは、そのまま放置しておくと起き上がって元に戻ってしまうらしい。


「はーい、って痛だあああああ……!?」

     

 慌てて動き出そうとすると、休む間もなく筋力強化の副作用が襲ってくる。だいぶ楽になっているとはいえ、千倍が百倍になっただけで、痛いものは痛いのだ。耐久力が上がっただけで、痛みを感じる神経が鈍くなったわけではないので当然と言えば当然だが。




「はぁ……なんだか疲れました」


 殴り合いという慣れないことをしたせいで、精神的に消耗し、ぐったりとしているリリア。


『よし、新鮮なうちに喰え』


 そんなリリアの様子などお構いなしに、モフラは通常運転である。



「……やはり食べるのですね。ちなみにどんな味がするのでしょう?」


『そうだな……強いて言えば汗臭い味だな』


 リリアは遠い目になる。きっと遠い祖国の空を見ているのだろう。


「……今度はそうですね……パンケーキ味にしてもらって良いですか」


 味見はしないことに決定。リリアはグルメ道を極めたいわけではない、無駄なリスクは避けて通るのだ。




 ゴオオオオオッ!!


『なんだ? 生で喰わないのか?』


 火魔法で力ダケを炙りはじめたリリアを見て、不思議そうに尋ねるモフラ。


 いくら味変したとしても、汗臭いといわれたキノコを生で食べようと思うほど、リリアはワイルドではない。


「パンケーキなら温かい方が美味しいかと思いまして」



 こんがりと焼き上がったキノコに、甘い露草のシロップをかけたら……



『魔境風パンケーキ風味キノコをこんがり焼いてシロップをたっぷりかけました』の完成だ。




「むふうっ!! 美味しいのです~!!」


 見た目はともかく、目をつぶって食べればまさに熱々のパンケーキ!!



「ねえモフラ、これなら5キロくらいすぐに食べられそうよ!!」


『喜んでいるところ悪いんだが、力ダケは体重と同じくらい食べないと駄目だ』


 聞き間違いだろうか? いや、聞き間違いであって欲しい……


「た、体重……?」



 リリアの体重は39キロ。


 食べるだけではない、食材を手に入れるには殴り合いのバトルと副作用が待っている。


 一体あとどれくらいかかるのか……リリアの視線は再び遠く故郷の空へと向かうのであった。




『おーい、リリア帰ってこーい!! 大丈夫だ、モグラは毎日体重と同じぐらいエサを食べるんだぞ』


「私はモグラじゃないんですが……」


 何の気やすめにもならないモフラの言葉に、半ばキレ気味のリリア。


 とはいえやらないという選択肢は最初からないのだ。



「まあ……やるしかないんですけどね」 


 再び力ダケと対峙するリリア。


「にゃああああああ!!!!!」

「にゃああああああ!!!!!」


 最初の戦いで学んだリリアは最初から全力で猫パンチを繰り出す。長期戦はリリアにとって痛いだけで何のメリットもないからだ。


 それでも、中には一発では倒れず、反撃してくる力ダケも結構あるので、少しも気は抜けないのだが。



「はあ……お腹が空きました」


 幸い筋力全開で殴り合いをするので、お腹はすぐに空いてくる。


「痛だあああああ……!?」


 同じぐらい副作用も襲ってくるが。




「これで最後……にゃああああああ!!!!!」


 リリアの研ぎ澄まされた猫パンチが決まる。


『お疲れさま、これで39キロは超えるだろう』


 三日がかりで体重分をようやくクリアすることができた。


 モフラは最短でも1週間以上かかると考えていたのだが、やはりリリアは変態なんだと変な納得をしていた。




「……色々疲れました。今から寝るので起こさないでください」


『お、おう……お疲れさま』


 最後の力ダケを食べ終えると、力尽きたのか、ぼろ雑巾のようになってリリアは寝息を立て始める。



『しかし……本当に面白い奴だな、ククッ』



 モフラは面白くてたまらないというようにひとり笑うのであった。

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