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どこかのだれか

作者: エンピツ✍

 高校時代という青春を謳歌している学生にとって進路を考えているものは少ない。大半がとりあえず大学に行きアルバイトを掛け持ちしながら自分の能力に見合った会社を受け、そこで職を決める。

 男山村 和もそのうちの一人だった。

 将来像が見えず毎日をのうのうと貪る。それでもなんとかなるだろうと多くの人々は根拠のない希望を抱くのだ。そして気づいたときにはもう遅い。すでに道は絞られている。望んでもない道に進み後悔する。例外としてその道でよかったと思うものもいるがそんなのはごく少数だ。

 男が就職した会社は○○に拠を構えるパン工場だった。仕事内容は簡単なもので慣れてしまえばどうということはない。ただ、毎日の繰り返しのようにパンの商品としても品質をチェックしている。

 仕事は厳しいが、同期や上司は優しく頼りになる人たちばかりで何とか続けられている。それにチームとしての達成感、一体感。何よりやりがいを感じられるためやる気も続いている。

 そしてそんな社会人の日常に幸せを感じ始めたころ、高校の頃の友達から電話がかかってきた。


「もしもし」


 仕事も終わった夜の街道。この時間は人通りも交通量も少ないためすぐに電話に出ることができた。通路の端に寄って立ち止まる。


「久しぶり。元気か和」


「この声……もしかして高弥?」


 電話の声主は高校の頃の同級生である。卒業以来の声だった。


「急にどうした?」

「いや、近々高校の同窓会があるんで一人ずつ連絡しているんだよ」


「そういうことか」


「日時は10月の○○日の土曜日。場所は○○で時間は20時から受付で○○高校の同窓会で来たって言えば店員の人が案内してくれると思う。で、どうする?予定大丈夫そうか?」


「あぁ、大丈夫だけど、その前に……」


「ん?」


「一回メモさせてくれ。一回だけじゃ覚えきれん」


「あっ……すまん」



☆★☆★☆★



 同窓会当日。高弥の言う通りに受付を行うとすんなり案内してくれた。

 指定された店は焼き肉店でありながら店内は綺麗でオシャレだった。

 案内が終わり席へと導かれるとそこには若い男女が複数人楽しそうに会話しているところだった。

 同窓会はすでに始まっているようで衰えぬ盛り上がりを見せていた。あまりの空気の差異に戸惑い、声をかけずにいると近くの男がこちらに気づいた。


「おっ!和。お前来てたのか。久しぶりだなあ」


 声の主はこの同窓会に招待してくれた高弥だった。高弥の声をきっかけに周りの人たちが驚きと歓喜の声を上げ暖かく迎えてくれた。席に案内されすでに机に来ていたビールやら揚げ物などを頂きながら昔の友人たちと最近のことや昔の思い出について話し合った。

 話も落ち着き一人で食事を楽しんでいると話しかけてきた。


「おっす!隣いいか?」


 声をかけてきたのはビールで顔を赤くした高弥だ。


「おう、いいぞ」


「悪ぃな」


 隣に座りあぐらをかく。そして片手に持った生ビールを一口。


「楽しんでるか?」


「あぁ。楽しんでるよ。どうした、突然?」


「いや、それならいいんだ。もしかしたら無理に誘ったんじゃないかって思えたから」


「そう見えるか?」


「……お前ってさ。昔から付き合いはいいけどどこか上辺だけって感じで嫌々俺たちに合わせてたんじゃないかって今日も」


「いや、今日は来たくて来たんだ本当に」


「会いたい人でもいたのか?」


「あぁ、彼女に」


「彼女って……あっ、もしかして好きな人とか?」


 首を縦に振る。


「まじかよ。いたんだ……初めて聞いたわ」


「ほかの人になんて言えないだろ普通」


「まぁ……確かに。で、どの娘なんだよ?好きな人ってのは」


「同じクラスだった高音さんだよ」


「えっ!?まじか」


 高弥が驚く。無理もない。和が言った女性の名前はいまや女優として知らぬ者はほぼいないほどの大スターだ。当然クラスでも人気は高く彼女を狙っていた男は多かった。

 和は臆病で告白する勇気もなく卒業まで彼女と話せなくても顔を見ることができればそれで幸せだった。しかし、その幸せは卒業と同時に後悔へと変わる。もっと話をすればよかった。話ができなくても挨拶ぐらいしておけばよかったと。

 だが、今更後悔しても後の祭りだ。失った時間は願っても帰ってこない。

 だからこそ今日会って話をするために男は参加したのだ。


「狙ってた男子は多かったけど、まさかお前もねぇ……」


「悪いかよ」


「いや、別にそんなこと言ってないだろ。まぁ、高音さんなら来てるぜ。さっき友達と話してたからもう少し待っといたほうがいいかもな」


「ここには?」


「隣の部屋にいる。人数が多かったから今日の同窓会では大部屋二つ借りたんだ」


「ちょっと行ってくる」


「おい!待てって。いきなり行っても彼女も困惑するだろ。ここは俺が話できるよう俺から言っておくからさ。少し落ち着けって」


 高弥の言葉で我に返る。確かにそうだ。学生時代の頃ほとんど話したこともない男からいきなり話しかけられても困惑するし、気持ち悪がられるだろう。それを考慮した上で言ってくれた親友には頭が上がらないし感謝しなければと和は思った。


「そ、そうだな。ありがとう」


「いいって。お前から聞けると思ってなかった恋話のお礼だ。いい土産話を期待してるぜ」


 それを言われると何ともむず痒い気持ちになったが悪い気はしなかった。



☆★☆★☆★



 和は外で待っていた。秋の冷風が和の顔の体温を奪っていく。店の外の駐車場で待っていた。

 車から降りてきた人や路上を歩いている人とよく目が合う。

 まだかまだかと身震いしていると後ろから声をかけられた。


「お待たせ」


 振り返るとそこに立っていたのは紛れもない彼女だった。高校時代からの久しぶりの彼女の顔。化粧やファッション、そして大人への成長によって変わっているところは多くあったが美しさは当時よりも進化していた。あまりの彼女の美しさにドキッと胸が高鳴った。鼓動は早くなり、手汗が流れる。


「あっ……と……え」


 思わず言葉を失った。話したいこと、聞きたいこと前もっていろいろと準備してきたはずなのに脳が目の前の情報を処理しきれず、頭の中から綺麗さっぱり消し飛んだ。

 続く沈黙。先に切り出したのは彼女だった。


「久しぶり」


「……あっ!ひ、久しぶり」


 唐突に話しかけられて焦る和。そんな和とは裏腹に彼女はとても落ち着いていた。


「外に出たんだしせっかくだから少し歩く?」


「えっ!?……う、うん」


 店の周辺の歩道を並んで歩く高音と和。

 学生の頃何度も思い描いたシチュエーション。それが容易に叶ってしまうとは思ってもみなかった。しかし、そこに会話は存在しない。何か話さなければと思うももしこんなこと言われたらとネガティブ思考に陥って何も言えなかった。


「和君って今何してるの?」


「えっ?」


「ほら、仕事とか最近のこととか」


「あ、あぁ……俺は今工場で働いている」


「工場?」


「うん。パン工場。ほらあの有名な○○って会社の」


「えっ!?本当に?」


「う、うん」


 彼女が突然に目を輝かせながら和の両手を握りながら言った。

 突然のことだったので動揺してしまう。


「私、あそこのパン好きなの。いつも買ってる」


「へぇ~そうなんだ」


 高音さんが楽しそうに話している。笑った顔がとても愛おしい。


「ねぇねぇ。あのパンっていつもどうやって作られてるの?あっ、ごめん企業秘密だよね」


「ま、まぁ基本的には。でも答えられる範囲なら」


 彼女は聞き上手で話はとても弾んだ。彼女との話はとても楽しかった。時間を忘れてしまうほどに。


「大変もうこんな時間。和君、そろそろ戻ろっか」


 そう言って店の方へ歩いていく高音。このまま店に戻ってしまえばもう二度と彼女と話せないんじゃないか、もう二度と彼女に会えないのではないかと不安がこみあげていた。


「高音さん好きです!ずっとずっと前から……高校の時からずっと好きです。俺と付き合ってください!」


 気づけば大声でそんなことを叫んでいた。そして我に返る。その一秒はまるで時が止まったかのように長い長い一秒だった。何を言ってるんだ僕はと後悔してももう遅い。

 高音がくすくすと笑う。

 今、和の顔は真っ赤になっていることだろう。穴があれば入りたいほどに。


「和君。いろいろと飛ばしすぎ。いきなりそんなこと言う?」


「そ、そうだよね。ごめんね、変なこと言っちゃって。あははは……」


 もはや乾いた笑いしか出ない。完全に終わった。彼女からも幻滅されただろう。当然と言えば当然だろう。

 久しぶりに再会した同級生にいきなり告白されればドン引きもされる。まだ逃げずに話しかけくれるだけ彼女のやさしさに感謝しなければいけない。最悪一生笑いものだ。

 しかし、特にそんなことを責めるつもりもなく


「友達からならいいよ」


 と言った。


「えっ?」


「なに驚いた顔してるの?だって私たち知人ではあるけど仲良くはないでしょ?だからこれからいろいろと知っていけばいいんじゃないかって」


「ぜひお願いします」


 断る理由などなかった。


「じゃあ連絡先交換しようよ。といっても私、仕事忙しいからそんなしょっちゅう出れないと思うけど」


「大丈夫です」


 こんな千才一隅のチャンス、逃すのは馬鹿がすることだ。

 二人で店に帰り同窓会は解散となった。孝弥からいろいろと聞かれたが、和は仕事のことについて話しただけだと少し嘘をついた。

 自室のベッドの上、就寝するまで一つ増えた連絡先を和は嬉しそうに眺めていた。


                             ~FIN~

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