残りかすと呼ばれた聖女と呪いだらけの小さな騎士様
久しぶりの投稿です。
※6/15 文章表現がおかしかったところを修正しました。話の流れは変わっていません。
※6/17 誤字報告ありがとうございます。修正しました。
中の国の中心部。白く輝くような美しい石造りの中央神殿。そのさらに中心部にあるのは外壁と同じ素材で作られた真っ白な祭壇。花のように広がる天窓から差し込む光は今日もその祭壇を明るく照らしていた。
普段通りであればそこに聖女が立ち、民のために祈りを捧ぐ。その為の祭壇であり、理由がない限り大神官も、国王陛下でも立つことは許されない場所。
しかし今そこに立っているのは聖女ではなく、聖女の婚約者である中の国の王太子、そして聖女の姉、さらに彼らを守るように立つ騎士団たち。王太子の横にいる若い騎士の手にはなぜか薄汚れら子どもが首根っこを掴まれていて、祭壇のあるホール全体にはママ、ママと叫ぶその子どもの泣き声が響き渡っていた。
そしてその祭壇のひざ元に、なぜか私は座らされている。まるで罪人のように。その私を囲むように神官たち、そして神殿の真下には大神官がこちらをにらむように立っていた。
(これはいったい何の茶番・・・?)
「聖女クイン、いや、偽物の聖女よ!この中の国を謀った罪を認めろ!」
王太子は大きな声で私の名を呼び、罪を認めろと言い出した。
「お前は聖女ではない!聖女なのはお前の姉、ネヴァ・ニネットだ!」
「ごめんなさいクイン、私には黙っていることは出来なかったの・・・」
「ああ可哀想なネヴァ。醜悪な妹にいつも脅されていたのだろう。権力に溺れた哀れな妹を守るために。」
神聖な祭壇上で何やってんだこいつら、という思いを隠すように私は無表情で彼らを眺めた。
姉であるネヴァは王太子に寄りかかりうっとりとした顔で見上げ、そのネヴァに愛しい人よと囁きながらキスしているのが一応聖女である私の婚約者の王太子だ。あほかこいつら。
(確かに私はあの日の選定の儀で聖女と認められたわけじゃないけどね。でもお父様の指示で姉の身代わりに差し出されただけよ。)
だがよく見ると祭壇の近くに両親の姿もあった。ほかにも父と仲が良い貴族が何人か来ているようだ。これは私に押し付けたと言わせないつもりだなと半ばあきらめていた。
中の国に生まれた女児には義務がある。十歳までに聖女選定の儀を受けなくてはいけない。
平民や下級貴族は教会などでまとめて選定の儀を受け、上位の金のある貴族は高いお布施を払って家に神官たちを呼んで選定の儀を行わせる。
この選定の儀は聖女の魔力に反応するという水晶玉に手をかざし、光ったら聖女、という簡単なもの。
教会での一斉検査であればそこで終了で、貴族であればその後光らなかった場合別の水晶玉に手を当て、魔力の量や性質の検査を行う。どちらかと言えばこっちが本番で、家にわざわざ呼ぶのはその結果に手心を加えるため。
公爵家に生まれた私も姉と共に家にやってきた神官たちに検査を受けることになった。
聖女の水晶はここ数百年光っていない。だから魔力が多い子が聖女代理として教会に入るけれど、多くの聖女代理が王太子や高位貴族と婚姻を結んで教会を去る。
聖女になればその身を民のために捧げる必要があるのに対し、代理はあくまでも代理。結婚もそうだしお勤めをどれくらい真面目にやるのかも自由なのだ。
「ネヴァの魔力が多ければ聖女代理として教会に行き、すぐにでも王子に見初められるだろう。王子も来年位は立太子の儀を行うことが決まっているし、未来の国母になるだろうよ。」
美しい金髪に輝くような青い瞳を持つ姉はごく普通な顔立ちの両親から生まれたとは思えないくらい整った顔立ちをして愛くるしい笑顔を浮かべる、それはそれは可憐な少女だった。あまりの可愛さに天使だったり神の愛し子と呼ばれたりしている。見た目だけでなくそれなりに勉強も頑張っているらしいしうちは公爵家だし、別に聖女代理にならなくても王太子の嫁になるんじゃないかと思ったけど、聖女代理というのはとても箔がつくらしい。姉を絶対に王太子妃にするために必要だと家族は考えているようだった。
対して私はオマケである。姉の残りかすと小さなころから呼ばれていて、もちろん姉との仲もそんなに良くない。意地悪されることはなかったけれど家族とは思われていないようだった。だけど他人の目があるところでは妹に優しい姉を演じているので、神官たちがやってくる今日は姉の指示でお揃いのワンピースを着ていた。
私は茶色の髪に茶色の目。癖のないストレートの髪が唯一私の美点でありそれ以外は普通。普通の目に普通の鼻、普通の口。特に不細工でもないけれど印象に残るようなものが一つもない。それが私。使用人たちにも相手にされていない残りかす。
私はなんでもいいから姉が聖女代理になって少しでも家から離れてくれたら楽だな~と思っていたので、この選定の儀が少しだけ楽しみだった。
神官が来たのは姉が九歳、私が六歳の時。
高い金を払ったせいでうちに来たのは中央神殿の神官長だった。大神官の腹心の部下と言われるような高位の人が殆ど賄賂を受け取るためだけの貴族家での選定の儀にかかわるとは思っても見なかった。
そう思っていたのは父親も同じだったようで狼狽えながら出迎えていて、何とも言えない神妙な空気が家じゅうを包んでいた。
いつも私を同居人程度にしか思っていない姉ですらその空気が怖かったのか神官長が家に来てからずっと私にくっついてぶるぶる震えていた。
「・・・実は数年前から水晶玉がうっすらと光っておりまして、今年の選定の儀には各地域の神官長が出向いているのです。驚かせてしまい申し訳ありません。」
神官長は私たちの前に膝をついてそういうと、怯える姉に向かってにっこりと笑った。
安心させようとしているんだろう、姉を。姉が聖女の可能性が高いとこの人は思っている気がした。
それがなんとなくわかったのか姉が私を掴む力が増して私は息苦しいまま神官長と父親の話を聞いていた。
「つまり私の娘が聖女だと仰りたいのですか?」
「その可能性が高いと私どもは考えております。こちらをご覧ください。」
神官長は後ろに控えていた二人の神官に合図をすると、柔らかそうな紫の布に包まれた水晶玉を取り出した。
すでにその水晶は淡く白く光っていた。
「神殿ではこの光はもっと薄かったのですが、こちらに近づくにつれ徐々に強くなりました。間違いなくお嬢様がたのどちらかが聖女だと思われます。さぁ手をかざしてください。」
神官長は姉の目の前にずいと水晶玉を突き出した。そうすると触れる前から水晶玉は強く光り出し、それを見た姉は驚いて私にしがみつきながら泣きだしてしまった。
「いや、いやよ。神殿で生活するなんて・・・一生神殿に居なければいけないなんていや。お父様助けて!」
泣き叫ぶ姉の言葉に父は顔色を悪くしていた。聖女となれば形だけは王太子の婚約者になるが、あくまでそれは聖女と国王が力を合わせているというパフォーマンス用の婚姻だ。仲睦まじく過ごす様子を民に見せつけたとしても実際の夫婦生活などは皆無。家名を捨て一生祈り民に尽くすだけの存在になる。
そうなったら王太子妃の実家という栄誉もなくなるし、何より可愛い姉にそんな厳しい生活をさせたくないんだろう。
「ネヴァ・・・とにかく一度手を置いてみてくれ。これ以上光らなければきっと間違いだ。神官長、そうであるな?」
「・・・これ以上光らないのであれば、妹殿となるでしょうな。」
父はなんとか姉を宥めて、私から引きはがすとその手を取って水晶玉に乗せた。
すると水晶は真っ白に光り始めた。
「これは・・・いや、弱いか?伝承ではもっと」
「神官長!何をおっしゃるんですか!これは間違いなく聖女の光!」
「このような美しい光は見たことがありません!まさしく聖女!そのお美しさたるやまさに天からの使い!」
神官長だけは少し考えたようだったが、二人の神官は恍惚とした表情でその光を眺め姉を讃える言葉をあふれんばかりに口にしている。その時
「お、お待ちください!!!」
父の大声が響いた。
「い、妹を聖女として差しだします。我がニネット公爵家は永久に神殿を支援し続けると誓いましょう。なにとぞ・・・どうか妹が聖女だとお認めください。」
父は泣いて頭を下げていた。プライドの高い父が人に頭を下げるなんて初めて見た。私はもう何が何だかわからずにただぽかんと口を開けているだけしかできなかった。
「いけません公爵。それにですね・・・」
「私、聖女になるくらいだったら死にますわ!」
神官長の言葉を遮って姉も父の隣に並んで頭を下げた。
「ネヴァに比べて妹は出来が悪うございますが、どちらも私が産んだ子に間違いございません。ネヴァの力の残りかすくらいは持ち合わせているはずです。厳しい修行でもつけてくださればきっと聖女としてのお役目を少しは果たせるでしょう。」
今まで黙っていた母も父の隣に並んで頭を下げた。
「おい!何をぼさっとしとるんだお前も頭を下げろ!ネヴァがどうなってもいいのか!」
父は私がぽかんと立っているのが気に入らなかったのか大声で叫び、執事が慌てて隣に来て私の頭を押し付けた。
あまりの力だったので体勢を崩し額から床に激突しぐちゃっという音とともにめまいがした。痛い、のかどうかもわからないくらいだった。
少し鉄のようなにおいがして、額か鼻かわからないがどこかから血が出ているのがわかった。それでも執事の手の力は緩められず、私はただ痛みをこらえた。
あまりの痛みで気を失った私は、気づいたらすでに神殿に向かう馬車の中にいた。
周りの神官たちは無能を聖女として祀り上げてやるんだから感謝しろと言って笑った。神官長は何も言葉を発しないまま私をじっと見つめていた。
そんなこんなで十年、私は聖女として修業に出たりしつつ中央神殿で生活していた。神殿で祈りを捧げて雨を降らせ、多くのけが人の治療にあたり、高品質高機能なポーションを日々作り続けている。それはたとえ私に対して辛く当たる神殿関係者でさえも周知の事実だった、それなのに。
「---この子どもはお前の子どもだろう!偽物であるだけではなく王太子である私を謀っていた罪は重い!」
「・・・は?」
思わず声が出た。馬鹿な王子の茶番をただ眺めて終わらせよう、聖女じゃなくなったらさっさと国外に逃亡しようと思ってちょっと意識を飛ばしていたら、先ほどから声が枯れるほどママと泣き叫んでいた男の子を指さして王太子が叫びだした。
(私の子どもなわけないんだけどなぁ。)
泣いている子どもを見ると顔を真っ赤にして、確かに私を見ている気がした。掴まれているので身動きが取れないけれど短い手を一生懸命私に向けて伸ばしてママと叫んでいる。
自分の子どもではないのは確定だけど、あの子が可哀想と思う気持ちはある。だが、下手に手を出すと自分と共に何か罪に問われる可能性があり、できるだけ目線を合わせないようにした。
「偽でありながら聖女としての権力を手に入れただけでなく、どこの誰とも知れない男と交わり子を成し、挙句の果てに生まれた子を捨てるなど人としてあまりに残酷!今までお前を信じていた者たちを裏切る卑劣な行為を私は許さない!」
「王太子殿下、わたし・・・」
「お前の言い訳など聞きたくない!この時をもってクイン、お前は罪人だ。私との婚約は当然破棄、聖女として名乗ることももちろん許さない。斬首刑としたいくらいだが、子どもと共にこの国から追放することで許してやろう・・・愛するネヴァの妹だからな。」
「ありがとうございます殿下!こんなひどい妹にまで温情をかけてくださって、わたくしとても嬉しいです。」
「いいんだネヴァ、たとえ醜悪な罪人とはいえ優しいお前は妹が死ねば心痛めてしまうだろう。君を傷つけたくないんだよ。」
「嬉しい・・・殿下・・・」
なんかちゅっちゅしてんだけどどうしたらいいんですかねこれは。
ため息をつきそうになりながら周りを見ると大神官はいるけれど中央神殿の神官長がいない。あの人は私が聖女としてここに来てから支えてくれた唯一の人。あの時の神官二人はいるけれど頼りにならないし、証言してくれるなら神官長しかいないと思ったんだけど、だからこそここに呼ばれてないのかも。
一応ダメ元で言ってみるか。
「王太子殿下、私は姉の代わりに聖女としてこの神殿に来るように家族に指示を受けてここにやってきましたが、確かに偽ったことは事実です。どんな罰も受けましょう。ですがそこの子どもは私の子どもではありません。どうかその子に罰を与えるのはおやめください。関係のない子どもを巻き込みたくはありません。」
そういうと子どもの泣き声はさらに大きくなった。ごめん、ごめんよ。でも私あなたのママじゃないんだよーーーと心の中で謝るけど本当に辛い。全体的に薄汚れていてツヤがなくバサバサの黒い髪の毛にボロボロの服と細すぎる手足を見ると孤児でこの茶番のために連れてこられたんだと思う、道具として。ここで私を嵌めるためだけに罪を背負わされる子。
「お前!自分が産んだ子ども大して何という酷いこと言うのだ!この悪魔が!」
「あなた自分の身の可愛さにそんなひどい嘘を言うなんて・・・ひどい、ひどいわ。私のことをいじめただけじゃなくて子どもまでひどく扱うなんて!」
「ああネヴァ、やはりこの女は死刑にしよう。君に会わせずさっさと首をはねてしまえばよかった。すまない。」
まーた茶番が始まっちゃったな、と思った瞬間。
「この子が本当にお前の子でないのなら、ママと叫ぶのはなぜだ。理由を言え。」
子どもを掴んでいた若い騎士が低い声でそう言った。次の瞬間その手から子どもを私に向かって投げ捨てた。
「酷い!なんてことを!」
「子どもを捨てたお前にそのような言葉を発する権利はない!」
床に落ちる寸前に滑り込むように抱き留めるとその子の体は本当に細かった。私にしがみついてママ、ママ、と泣いている。
顔をよく見ようと髪をかき上げてやると真っ赤に充血したくさんの涙を浮かべる金の瞳と目が合った。その金の目の中には黒い輪のようなものも浮かんでいた。
(ああ・・・忌み子として捨てられてしまったのね。)
金の目というのは魔物と同じなため忌み子と呼ばれる。嫌われ詰られるか、捨てられるか、とにかくこの中の国では生きる道がない。
私は細い体をぎゅっと抱きしめて小さい声で「ごめんね、ママじゃないけど絶対助けてあげるからね。」と伝えた。
「王太子殿下。私はこの子を産んでいないことをはっきりと証明できます。」
「口うるさい罪人が!」
「いえ、殿下。これからさき北の国と敵対したくないのであれば私の話はお聞きなったほうがよろしいでしょう。」
北の国、という言葉を聞いて私を詰っていた王太子も茶番に必死だった姉もその取り巻きたちもみんな口をつぐんだ。
この大陸にある五つの国の中で、中の国は一番力がなく、北の国は一番強い。力の差の一番の理由は北の国は常に複数人の聖女が生まれ、その加護で守られているから。まぁこの馬鹿が王太子になれる程度の国なのでほかにも理由はあるけれど、とにかく中の国が一番格下なのは間違いない。
そんな北の国と戦争ともなれば一瞬で中の国など滅ぼされてしまう、と馬鹿な王太子でもわかっていたらしい。
「・・・言ってみろ。」
私はその場にいる全員の顔をゆっくりと見ながら話し始める。
「私は先月十六歳になったばかりです。そしてこの子は・・・栄養状態が悪いようですが、三歳は超えていると思います。」
「確かに・・・そうであろうな。」
既婚者だろう騎士団員が頷いたのを見て王太子は肯定した。
「つまり出産したのは十三歳の頃、妊娠期間を考えると十二歳頃に相手の男性と出会っていた、となりますね。」
「そんな幼い時から男と通じ合っていたのか・・・吐き気がするな。」
王太子をはじめ祭壇上の人たちは顔をゆがめる。
そういう人もいるだろうけど、あまりにも幼すぎるなとか思わんのかねこの人たちは。まぁ論点はそこじゃないので無視して続ける。
「神殿の記録をお調べいただければわかると思いますが、私は十二歳の誕生日から十四歳の誕生日までの二年間、北の国の聖女の里で修行をしておりました。」
その言葉にホール内がざわついた。恐らく神官たちには私が言いたいことが分かったのだろう。いや言うまで思い当ってなかったってどれだけ阿呆がそろってんだって話だけど。そんな神官たちと違って未だにそれをわからない王太子や騎士団たちはその様子に怪訝な表情だ。
「私にわかるように話せ。」
(聖女の里のことをあんたが知らないほうが問題だっての。これが次の国王だって気づけ周りのバカ騎士!)
怒りを抑えつつ、バカにもわかるように丁寧に話を始める。
「聖女の里は北の国にあり、この大陸で生まれた聖女たちは皆十二歳から二年間その里で暮らしながら修行をいたします。ご存知の通り里は北の国の王家がしっかりと管理しており、外に出ることは一切許されません。そしてその地は男子禁制。何があっても男性が入ることは許されません。たとえ北の国の国王であってもです。」
「・・・だからなんだというのだ?」
「失礼ながら殿下は子を成す方法をご存じでしょうか?」
「馬鹿にするな!」
王太子が顔を真っ赤にしてダン!と祭壇をふみしめると下に敷いてある赤いじゅうたんにしわが寄った。祈りがまっすぐ届けられるようにと皺ひとつないように美しく整えてあるのになぁ、と思いつつ物わかりの悪いバカに説明を続けていく。
「先ほど申しました通り、この子が私の子どもであり、三歳以上であるのなら十二~三歳頃に妊娠生活を送っていたことになります。つまりはその時期に男性との交流があったと王太子殿下はお疑いになっている。」
「だからそうだと言っているだろう。お前の話はややこしい!わかるように示せ!」
「男子禁制の地で修行している私が妊娠したということは里に男性が入ったという証拠になります。もしくは私が里を出たか。どちらにしても北の国が聖女の里を管理できていないという話になってしまうのです・・・それがどういう意味かお判りいただけますか?」
騎士団員の何人かはすでに青ざめているし大神官も顔色が悪い。というか、これほどお粗末な断罪劇を繰り広げる前にあんたが止めろよ、と思いつつ大神官を見ながら話を続ける。
「二年間は出ることを禁じられ、男子禁制でもある聖女の里で妊娠、出産を誰にも気づかれずに修行しながら過ごせるはずがありません。かの国は聖女を非常に大切にしております。不届き者が入り込むことなど絶対に許さないでしょうし規律を破る聖女を見過ごしたままにするはずがありません。もしこの子が三歳以上でも出産と里での滞在期間は重なりますし、もし二歳以下だとするなら妊娠初期が重なるでしょう。一歳未満であれば・・・まぁ、可能性はあるかもしれませんが、この子の背丈や体つきからそれはありえないでしょう。・・・違いますか?大神官様。」
「・・・」
大神官は憎々し気に睨みつけてきた。ダメ押しのタイミングかな。
「もし私の話が信じられないのであれば北の国に確認をお願いします。」
「ならん!」
持っていた杖を激しく床に突き立てながら大神官は顔を真っ赤にして怒ってきた。
そりゃ里にいる間にうちの聖女が妊娠したみたいだけどどうなってんの?なんて北の国に尋ねたら一瞬で開戦しちゃうだろうね。そもそも中の国に聖女が生まれないのは聖女を蔑ろにしているからだとほかの四国から散々言われて肩身の狭い思いをしてるのに、それでも今までの中の国の聖女たちの功績を讃えて注意以上の実力行使はしてこない。温情掛けられてギリ残ってるってわかってんのかなぁ。
怒り狂う大神官をみて王太子は少し顔色を悪くした。姉は何が起こってるのかわからずおろおろしてる。
(こんなバカ共のために神殿で一生暮らすなんて嫌だな。)
「し、しかしお前が聖女と偽っていたことは事実だろう!」
子どものことはもうこれ以上突っ込めないと判断したのか王太子は聖女として偽ってきたのを責めていくようだ。
神殿から出るにはここで追放されたほうがよさそうなので、癪だけど認めてさっさと出ていこうと思った瞬間、祭壇ホールの扉が大きな音を立てて開いた。
「中央神殿の神官長、なぜここに来た。」
「恐れながら王太子殿下、クインは紛れもなく聖女でございます。」
そこにいたのは神官長で、手には聖女選定のための水晶玉を持っていた。青ざめている神官が数人その後ろにいて、中には最初にここにいて途中で逃げてった神官がいた。呼びに行ったのかもしれない。
「お前がグルだったのか・・・中央神殿を任せるには少々早かったようだなギーヴよ。」
「いいえ大神官様。私は最初からこのクインが聖女だとわかっておりました。そしてニネット公爵家がこのクインを虐待しているのも目撃いたしました。ですので彼らが偽だと思い込んでいるのならそのままで良いと思い訂正せずにクインを神殿に連れて参りました。」
「虐待・・・だと?」
「そんなこと私たちはしていない!」
神官や騎士たちがざわつき始める。父は青ざめながら周りに必死に弁明しているが波が引くように人が離れ始めた。子どもの虐待は見つかればどんな高位貴族でも爵位はく奪、それが聖女ともなれば最悪死刑もあり得そう。それに巻き込まれたくないのは誰も一緒なんだろう。
「聖女選定の儀を行うためにニネット家に向かった日、公爵の指示によりクインは執事により頭を床にたたきつけられ、血を流して昏倒いたしました。両親も姉も誰も彼女のその姿を見ておかしいとも思わず、血だまりを作ったクインを見ることすらしませんでした。執事の手早い動きからも日々同じようなことが公爵家で行われていたと判断し、聖女であると告げずにつれてくることがクインの安全につながると判断いたしました。」
「お前ひとりの証言でそんな言い訳が通用するとでも思ったか?」
「一人ではございません。その日同じように公爵家に赴いた二人を連れてきました。」
後ろに控えていた神官が二人、父と同じかそれ以上に青ざめながら前に進んだ。あんまり見覚えが無いけれど、たぶんあの日に来た二人なんだろう。
「わ、私たちはクインが頭から血を流しているのを確かに見ました。」
「姉の代わりに妹を差し出すから黙っていろと言われました。」
二人はそう言って頭を下げた。震えているのを見てたぶん神官長が何かしたんだろうなと思った。彼らは多分ニネット家から口止め料をたくさんもらっていたはず。その証拠でも見られちゃったんだろう。
「しかし選定の儀は間違いなくネヴァを聖女だと認めていたと聞いた。」
「そ、そうよ!私が触ったら光ったわ。それを見てクインが私が聖女って言いだしたの!」
祭壇上の二人はまだこの茶番劇を続けたいらしい。
「いえ、それはおそらく直前まで聖女であるクインに触れていたことで光ったのでしょう。いわば・・・魔力の残りかすのようなものですね。」
「の、残りかすですって!この私にそんなことを言うなんてひどいわ!」
姉が泣き叫びはじめたのはどうでもいいとして、神官長の言葉に私は少し驚いた。
残りかすと言われていたことはここに来た時に神官長にだけ話したけど、まさかやり返してくれたんだろうか。
「しかし選定の儀の結果に間違いはないだろう?その女は聖女だと判定されてなかったのではないか?」
「いいえ、その時は選定の儀を行えませんでした・・・血を流して意識を失ってしまいましたので。」
ホール内はさらにざわついた。そのざわつきを全く気にせず神官長は続けていく。
「ですがクインは間違いなく聖女です。王太子殿下、今から選定の儀を再度行ってもよろしいでしょうか?」
恭しく頭を下げる神官長を見て、「ああ」と弱々しく口にするしか出来ない様子の王太子はもう私を罰するのを諦めているようだ。
何とかしてよと言わんばかりに王太子の腕をゆすっている姉の顔をちらりとも見ようとしていない。
そんな祭壇上をやっぱり全く気にしないまま神官長は水晶玉をもって私の目の前に膝をついた。
私に近づいた水晶玉は触る前からすでに白く光っていた。それはあの選定の儀の時に姉が触れた時と同じか、それ以上に。
それを見てすでにホール内の人たちはこれがおかしな茶番であることに気づいたのか少しずつ祭壇から距離を取り始めている。子どもを捕まえていた騎士を残して騎士団すらも祭壇を降りてしまい、残ったのは王太子殿下、姉、騎士と私の両親。
「さあ、手を載せるのですクイン。」
「せっかく逃げれそうだったのに・・・」
私が小声でそういうと神官長は少しだけ表情を緩めた。
「あなたが望むのならここから出してあげます。とにかく今は手を載せて。」
出られるわけないのになぁと思いつつ小声で返ってきた言葉に従い、あーあと思いながら私は水晶玉に手を置いた。
あの茶番劇から一か月。ニネット家は取り潰され両親は幽閉刑に、姉は修道院に入った。王太子はほかに男児がいないことから一応廃嫡にはならなかったが、王太子から外された。今は国王と王妃が一生懸命子作りに励んでいるらしいので、その結果次第ではあるがおそらく今後表舞台に出てくることはない。大神官は更迭、最後まで王太子に従っていた騎士は勘当され僻地に飛ばされた。
中央神殿の神官長だったギーブが大神官になり、私はやっぱり聖女のままだった。そして私をママと呼んでいた子は私から離れるとひどく泣き叫んでしまい手が付けられなかったので、今も私の傍にくっついている。
「・・・で、いつ出してくれるんです?」
「そうですねぇ・・・やっぱり出たいです?」
「もちろん。祈りはどこからでもできますしね。」
この一か月本当にバタバタしていたけれど一か月で落ち着けたのは戦争が起らなかったから。
北の国が謝罪を受け入れてくれたから中の国はまだ存在していけそうだけど、本当にヤバイ一線を越えるところだったのだ。そもそも里に偽物が入れるわけがない。ものすごく大事な場所に入る人間を調べないはずがないしそれはどの国にも伝えられていることなのに、王太子ともあろう人が無知のままに私を糾弾したことは北の国の耳にも入ってしまった。
私が里で一生懸命修行したのを里の人や北の国は好意的に受け取ってくれていたし、信頼関係をちゃんと築けていたこともあって私の顔に免じて、とまではいかないけれど今後聖女に対して酷い扱いをしないことを条件に許してもらえた。
神殿関係者もかなり更迭されたが、神官長・・・じゃなかった大神官になったギーブは全部織り込み済みだったんじゃないかと思っていたりする。それくらい手早く様々なことが片付いた。
「仕方ありません。北の国からも今後は聖女の好きなように過ごさせる方が良いと言われていますしね。ストレスが一番良くないと。」
「でしょう?あっちは結婚も普通にできるって知ってすっごい驚いたんですから。まぁ出産すると聖女としての力は使えなくなるみたいですけど。」
「そうですねぇ。そんな当たり前のことを知っていたらあなたに子どもがいるなんて言い出したりしなかったでしょうに。」
「まぁあのバカ王子たちなら仕方ありません。」
ここには私たちと私にべったりの坊やしかいないのでちょっとくらいの不敬発言は許される。というか愚痴らないとやってられない。
「あの王子、私には永遠の愛を誓うって何度もすり寄ってきたんですよねぇ。いろいろされそうになった時に顔を叩いたのが気に入らなかったみたいです。」
「・・・へぇ。そうだったんですか。知りませんでしたね。」
ギーブは冷たい表情を浮かべた。ちょっと若すぎるけど親代わりみたいだと言っていたのでわからなくもないけど、終わったことをそこまで怒らなくても大丈夫、と伝えるとそうじゃないんですけどねぇと曖昧に笑った。
「で、いつ出ていいんですか?」
「・・・残ってくれませんか。私のために。」
「えー・・・嫌です。」
「嫌ですか。これは振られてしまいましたね。」
「何言ってるんですか。からかうのはやめてくださいね。」
「本気ですよ?まぁこれ以上は私も神官としての立場があるので今は何もしませんが。」
そう言ってギーブは私の顔に触れようと手を伸ばした・・・ところで、その手はぱちんと軽い音と一緒に坊やの小さな手でたたき落された。
坊や・・・名前を付けてあげたほうがいいのはわかるんだけど、ちょっとした事情があってまだ坊やとしか呼んであげてない子が怒った顔でギーブをにらみつけていた。
「ママ!ダメ!や!」
「大丈夫、このおじさんは悪い人じゃなくて優しいおじさんだよ。」
「おじさんって・・・クイン、ちょっとひどいですよ。そりゃ三十を超えてちょっと老けましたけど。」
全く皺のない綺麗な顔をぺたぺたと触りながらそう言ってくるギーブにちょっとだけ嫉妬心を抱きつつ(私はなぜか目じりにしわがある、まだ十六なのに!!)、坊やをぎゅっと抱きしめた。
「聖女としてここで過ごすと、この子と離れなくてはいけません。たぶんこの子は・・・」
「ええ、呪われていますね。」
「知ってたんですか。」
金色の瞳の中にある黒い輪は呪われている証。ただ聖なる力を持たないとそれは見えない。神官や聖女たちであればわかるはずだけれど、真剣に修行していないものにはもちろん見えない。
「あの時近くで見て気づきました。解呪できそうですか?」
「かなり何重にもかけられていてすぐには・・・ただ表層くらいなら剥がせそうではありました。」
「何重にもですか。なるほど・・・それであなたを頼っているんでしょうね。聖なる力に惹かれたのでしょう。」
「ちがう!ママ!好きなの!僕のなの!」
ギーブの考えは私も同意だったんだけど、ひたむきに私を慕ってくれてるのも事実。だからこの子の呪いを解くのに時間を使いたいという思いが強い。
ギーブは暴れる坊やを宥めつつ目を確認している。力は私のほうがあっても呪いについて詳しいのはギーブ。
「表層だけなら解いても構わないでしょうね。恐らく記憶を奪っているだけでほかの悪さはしていないようです。他はちょっとずつ時間をかけてあげないと難しそうですねぇ。やるんですか?」
「もちろん、時間をかけてやりますよ。この子が私を嵌めるために呪われただけじゃないっぽいですけど、利用されてしまったことには変わらないです。いつまで私を慕ってくれるかはわからないですが・・・大事に守ってあげたいんですよね。」
坊やの頭をポンポン、と撫でると嬉しそうに目を細めて抱き着いてきた。私は聖女をやめてしまえば名誉はなくなるけれど、祈りを捧げつつ治療院で働いて生活費を稼ぐくらいはできると思う。ポーションづくりも得意だし治癒術はもっと得意だからね。
それに記憶を奪っている呪いだけでも解けたらこの子の名前やどこから来たのかもわかると思うのだ。もし捨てたのではなく攫われたりして孤児になったのなら、親を探してあげてたいとも思ってる。
この子はこの神殿で、いや私の人生の中で初めて私を求めてくれた。ギーブが救ってくれたのはわかっても、私がというよりは聖女を大事にしているのはよくわかる。
この子が私の力に惹かれていたとしても、ママと呼んで必死にしがみついてきてくれたこの子の温もりは、私が初めて感じたものだった。
「では、呪われた子を引き取る、ということであれば聖女としての資格を失うことになりますね。」
「わかっています。・・・あ、なるほど。あの時この子が呪われてるのがわかったから、出してあげるって言ったんですね?」
聖女は呪いを解呪することはしてもいいが、呪われた存在を近くに置き続けることは許されていない。聖なる力が穢れるから。これは言いがかりとか迷信とかではなくてれっきとした事実なので私がこの子と一緒に居続けるならもう聖女としての資格はくなる。
「違いますけどね。」
「違うんですか?」
「私のつ」
「ママ!ダメ!」
ギーブが何か言おうとしたのを坊やが遮った。ギーブはちょっとだけ怒った感じがしたけど、それ以上は何も言わなかった。
そうして私は十年間聖女として過ごした中央神殿を離れて、呪いと解呪の知識が豊富である西の国に向かうことにした。西の国の聖女は私と同じ年で北の国でも一緒に修行した仲間であり親友だった。困った時は頼ってねと言われていたので、お言葉に甘えるつもりだ。
「ママ」
私の傍には可愛い坊やがいる。ギーブの親愛なのか何なのかわからない感情や、旅の途中で絡んできた男性たちに対して一生懸命私の身を守ろうとしてくれて、まるで騎士様の様だった。坊やの温もりに触れるたび、残りかすと言われて偽物の汚名を着せられて生きてきた私の人生に光が差したみたいだった。水晶玉に手を置いたあの瞬間ホール全体が真っ白な柔らかい光に包まれたみたいに。
「私の可愛い坊や、私を見つけてくれてありがとう。」
小さな手を握ると、金色の大きな瞳をぎゅっとつむって嬉しそうににっこり笑うこの子の顔を見ていると、いつもちょっとだけ泣きたくなった。そして何となく、幸せなんだと思ったりした。
そんな可愛い私だけの騎士様と一緒に西の国を目指す途中、坊やの呪いを解いたら実はこの子は魔王で、何百年も前に聖女に魔力を封じられていたことが判明したり、力を取り戻した坊や、つまり魔王に求婚されたりするんだけど、それはまた別のお話。
お読みいただきありがとうございました。
続きのお話は考えてはあるのですが書ききれないと思いプロローグ部分だけを短編として書き足しながら公開いたしました。
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