王子とお菓子。
用意された馬車にアルブレドさまと乗り込み、移動しようとした時にメイド長に声をかけられた。
「お嬢さま!先ほどお作りになったお菓子はどうなさいます?」
「え、それは……」
本当は今日持っていく予定だったけど、仕方ないから明日ミレと師匠に手土産として持っていこう。
とりあえず、冷暗所に置いておくように頼もうとした時、アルブレドさまが興味を持ったように私の方に話しかけてきた。
「お菓子?ルミナが作ったのか?」
「え、ええ。そうですが……」
アルブレドさまはにしては珍しく、とても驚いた顔で私の方を見てくる。
「ルミナ、お菓子作れたのか?」
「あ……さ、最近興味を持ちまして……」
よく考えたら、ルミナエリスはお菓子を作ったことがなかった。
だってお菓子を作らなくても、メイドに頼めば高級なお菓子がいつでも食べれるから。
転生する前の私が、たまに気分転換のように作っていたから、お菓子作りの基本がわかってて簡単に作れただけで……。
いきなり侯爵令嬢がお菓子を作り始めたら、おかしいと思われても仕方ないのかもしれない。。
「そうか……」
アルブレドさまの様子が少しおかしい気がする。
まるで気になって仕方ないという風に、お菓子を何度も見ている。
そういえば、ゲーム中でもゲームヒロインと有名なお菓子のお店に出かけていたイベントがあったっけ。
アルブレド高級なお菓子じゃなくて、庶民が食べる素朴なお菓子が好きで……。
あれ、もしかしてお菓子で餌付けできる?
まさかまさと思いつつ、アルブレドさまに聞いてみる。
「アルブレドさま、お菓子食べてみます?」
「あ、ああ」
「それでは、屋敷に戻りましょう」
先ほど出たばかりの屋敷に戻ると、また応接室に通した。
急いで紅茶を淹れて、箱に入れていたミニケーキを皿に盛り付けてアルブレドさまの前に差し出した。
「どうぞ、アルブレドさま。お口に合わないかもしれませんが……」
「いや、予想以上のできだ」
驚いたようにミニケーキを見つめているけど、いったいどんなのを予想していたのか少し気になる。
アルブレドさまはミニケーキを上手にフォークで切り分けると、恐る恐る口に運んだ。
そのまま何も言わずに黙々とミニケーキを食べていき、あっという間に完食してしまった。
「あの、どうでした?」
「あ、ああ。思っていたよりも美味しかった」
アルブレドさまは紅茶を一口飲むと、ふわりと笑みを浮かべた。
あれ、もしかして初めて笑ったところをみたような気がする。
ゲームでは良く見ていたけど、ルミナエリスとしては初めてかもしれない。
これは考えていたよりも好感触だった。
今よりもっとお菓子作りの腕をあげて、胃袋をがっつりと掴んでしまえば、最悪の事態になっても首切りの刑は免れる?
つまり信仰心をあげて闇落ちを阻止しつつ、王子の胃袋を掴んでしまえば完璧に生き残れる!
「アルブレドさま、もし良かったら……あの、またお菓子を食べていただけます?」
「……楽しみにしている」
やっぱりかなりの好感触だった。
安心の将来設計が見えてきたせいで、ついつい緩みがちの顔をなんとか引き締める。
「ありがとうございます!あ、そういえば前夜祭に行く予定でしたよね」
「そうだったな。急いでいけば、まだ間に合うだろう」
軽い足どおりで屋敷を出て、アルブレドさまと馬車に乗り込んだ。
馬車はすぐに動き出し、城下町へと進んだ。
それほど時間はかからず半刻足らずで目的地に着いた。
会場は貴族たちのことを考えて、特別に貴族専用の区域があった。
そこには出店などがない代わりに、見世物小屋や喜劇の他に豊穣を祝う踊り子や歌姫など楽しめるものが色々と出ている。
一般区域に行けば出店が沢山並んでいて、見世物とかもあって楽しいんだろうけど、さすがに王子を連れて行けない。
そういえばゲームヒロインは、王子を連れて一般区域を楽しんでいたっけ。
でもあれはゲームヒロインが一般人だからできたことで、さすがにルミナエリスが一般人の区域に行きたがってたら、何か心配されそう。
「アルブレドさま、どこに行きます?」
「そうだな、あまり時間がないことを考えると……時間のかからない見世物小屋を回ることにするか」
歩き出したアルブレドさまの後を追うように歩くと、近くにあった見世物用のお金を払って小屋に入った。
入る直前に看板を見ると、異国の幻の花と描かれていた。
薄暗い小屋の中は、ぼんやりと明るくてよく見ると壁に一面に花が飾ってある花が青白く光っていた。
「これ、光る花かしら?とても綺麗……」
「ああ、国内では見たことがない花だな」
さらに進むと、今度は明るい部屋に出た。
そこには、まるで踊るように揺れている花たちが飾られていた。
「え、風も吹いてないのに揺れてる?」
「揺れることによって、香りを遠くに運んでいる花らしい」
「もしかして香りを遠くに運ぶことで、虫を呼んで花粉を遠くに運ばせるのかしら?」
「そうみたいだが……しかし踊るとは、不思議な植物だな」
小屋を出ると、また次の見世物小屋に入っていく。
珍しい鳥を扱っている見世物小屋や、珍しい深海の魚を魔法で空中に泳がせている見世物小屋もあった。
普通に生活していたら見られないものばかりで、これはこれで楽しかった。
一通り見て回ると、あっという間に時間が過ぎて空が暗くなってしまった。
「アルブレドさま、そろそろ帰りませんか?」
「ああ、そうだな」
屋敷まで一緒に帰り、屋敷の門の前でアルブレドさまの馬車を見送った。
まさかお菓子で釣れるなんて意外だったけど、明日からお菓子作りの練習も追加でがんばろうと誓った。
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