光の神殿と見習い巫女。
自分が闇落ち確定の悪役令嬢になっていることに気づいてから、3ヶ月。
ふとしたことで、自分がルミナエリス・エルミナ・レッドフィールだった記憶が少しずつ戻っている。
たぶん、本当に悪役令嬢に転生したんだと思う。
そして転生前の記憶がなかったはずなのに、ちょっとした事故で転生後の記憶がなくなり、転生前の記憶が復活したんだと思う。
でもそれを言うと、また色んな人に頭の心配をされてしまうので、言わないことにした。
それよりもこの先、いったいどうすればゲームヒロインと接触しなくなるだろうと、必死に考えた。
もう神頼みに神殿でも行こうかなと本気で思ってしまう。
そこでふと、神殿という単語に引っかかりを覚えた。
「お嬢様、アルブレドさまからお昼のお茶会の誘いが来ていますが」
「……アルブレドさま?お昼からってこと?」
「さようでございますが、いかがなさいます?」
「また急に……」
たしか悪役令嬢の婚約者で、第1王子のアルブレド・スタン・レオ・シルトリア。
琥珀色の瞳と金色の髪で、声がとても良かったキャラ。
とても行動的なキャラで、結構簡単に攻りゃ……もといゲームヒロインとすぐに仲良くなってたっけ。
ルミナエリスとは生後数ヶ月で婚約者になってて……たしか1年に数回は親睦として会わなければいけないんだっけ。
でも彼はメインヒーローで、必ずゲームヒロインと接触しなければいけなくなるはず。
これはもしかして、ゲームヒロイン登場前に婚約を解消すれば、首切りエンドを回避できるんじゃないかと気づいた。
いや、待って。逆に、今のうちにメロメロにさせてゲームヒロインを寄せ付けないようにすれば良いんじゃ……。
そこまで考えて、それができていればルミナエリスは闇落ちなんてしてないわ、と気づいた。
だったら、婚約解消の方がまだ可能性があるはず……。
でも婚約解消なんて、王子よりも身分が下だから自分からはできないし……なら、距離を置いて自然解消の方向で行こう。
「お嬢様、どうかなさいました?」
「え、ええ。気分が乗らないのよ。アルブレドさまには……そうね」
なるべく失礼じゃないように断らないといけない。
でもなんて断れば良いのか、悩んでしまう。
「神殿に礼拝に出かけているようです、と答えてくれる?」
「礼拝ですね。かしこまりました」
家庭教師も今日は来ないし、お昼を食べた後はゆっくり本でも読んで今後のことを考えようと思っていたんだけど、礼拝に行くことにした。
これなら、嘘をついていたことにならないはずだし。
それに、ゲーム中の大事な隠し要素を思い出した。
急いで国内にいくつもある神殿の中で、光の神を祀る神殿に向かうことにした。
向かう先をお母さまに告げると、家の馬車に乗り込んで光の神殿へと向かう。
ゲーム中では、舞台が学園と城だったせいであまり出てこなかったけど、たしか前半と後半に少し神殿が出ていた記憶がある。
で、どうして神殿が必要かというと、たしかゲーム中には聖女ルートがあって、その判定が隠しパラメーターの信仰心!
「そうよ……たしかにあったわ」
この世界は魔法というものが存在していて、隠しパラメーターに信仰心というものがある。
そして悪役令嬢ルミナエリスが闇落ちしたということは、その信仰心が足りなかった可能性がある。
私の記憶の中では、ルミナエリスは小さな頃からずっと家庭教師をつけて公爵令嬢としてのマナーと勉強の日々。
さらに第1王子の婚約者ということで、未来の王妃として教育されていた記憶しかない。
そこに信仰心なんて、まったくなかった。
「大切なのは信仰心……闇に対抗するには、やっぱり光よ」
その日から、暇があれば光の神を祀る神殿に足を運び礼拝していた。
そして今日も礼拝に向かい、日課となってしまった礼拝が終わり、帰ろうと神殿の扉を開けようと手を伸ばしたとき、突然と扉が開いて何かがぶつかった。
衝撃の後に、すぐに冷たい水がドレスにかかった。
「えっ、み、水?」
「あっ!ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」
私の服装を見て、すぐに貴族だと気づいたらしく、目の前の巫女の顔がみるみるうちに青くなっていく。
「も、申し訳ございませんっ!あたしの不注意でっ……その、貴族さまになんてことをっ」
「私なら大丈夫よ。それより、貴女こそ大丈夫?」
「あ、あたしは着替えれば済みますが……その、」
ぶつかってきた巫女の視線の先は、私の濡れたドレスの部分に注がれていた。
事故とは言え、一般階級の人間が公爵令嬢のドレスを濡らしてしまったことは、大変な無礼になる。
このまま家に帰って、使用人が母にドレスが濡れていることを告げれば、母が怒って神殿に乗り込む可能性もある。
あまりにもこの巫女の子が可哀想に思えてきて、どうしようかと悩んだ。
目の前の巫女は、紅茶色の瞳から涙がこぼれそうになっている。
困っていると、年配の巫女が小走りで向かってきた。
「ミレ!あなたいったい何しているの!」
「ご、ごめんなさいっ!あ、あたしっ……っ」
とうとう泣き出した巫女の隣で、年配の巫女が深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!この子は見習いでして、どうかご慈悲を……」
「怪我はないから、私は大丈夫よ。それよりも服を乾かしたいのだけど」
「服ですか?少しお待ちください。今、神官長に相談してまいります」
年配の巫女は、廊下の奥の方へと小走りに向かった。
「あなた、ミレさんって言うの?」
「は、はい。本当にあたしったら、貴族さま相手になんてことを……」
「大丈夫よ。私には怪我はないし、ドレスも乾けば問題もないわ」
見習い巫女らしいミレさんをよく見てみると、少し幼く見える顔立ちに紅茶色の髪と瞳。
そういえばゲーム中にも出ていたっけ。
たしかゲームヒロインに神殿を案内してくれた巫女で、その時はすでに見習いではなかったはず。
「で、ですが見習いの巫女が貴族さまに不敬を働いたとなっては……」
「それもそうよね」
よく考えたら、ミレさんは巫女といっても見習いで、正式な巫女ではない。
ということは、除籍される可能性もある。
貴族、ましてや公爵令嬢に一般人が水をかけたということは、それくらいの罰があってもおかしくはない。
きっとミレさんは、そのことを気にしているんだと思う。
「なら、こうしましょう。貴女、私の友人になりなさい」
「……ゆう、じん?」
ミレさんは何を言っているのか解っていないらしく、不思議そうに私を見ていた。
私も自分がいきなり何を言い出しているのか、自分でも解らない。
もしかして私は、今までずっと家の中で生活していて友人というものが欲しくなったのかもしれない。
「ええ、そうよ。私の友人ということなら、多めに見てもらえるでしょう?」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうものよ」
ミレさんはかなり戸惑っているみたいだったから、このまま畳み掛ければいけそうな気がする。
「それにね、今なら友人第1号よ」
「い、1号?」
「ずっと家でマナーや勉強ばっかりで、友達なんてできなかったのよ。ね、いいでしょう?」
「そ、そういうことでしたら……」
「私の名前は、ルミナエリス・エレリナ・レッドフィール。ルミナでいいわよ。私もミレって呼ぶから」
「レッドフィール家の方だったんですか!?」
そういえば服装で貴族だと気づいても、さすがに家名までは解らなかったらしい。
まあ、馬車は神殿に来ている方の邪魔にならないように、少し離れた場所においていたから気づかなかったかもしれない。
「そうよ。ああ、敬語もいらわないわ」
「そ、それはさすがに……」
たしかゲーム中では、最初は敬語だったけど好感度が上がると普通の話し方になっていた記憶がある。
つまり気を使って敬語で話しているだけで、ミレは敬語キャラじゃなかったはず。
「ダメよ。せっかく友人になったのだもの、決定ね」
私が笑みを浮かべると、ミレは少し戸惑ったように微笑んでいた。
戸惑っていたけど迷惑とかそういうのじゃなくて、どう反応したらいいんだろうという感じで、なんだか嬉しそうに見えた。