目覚めれば、悪役令嬢。
目を覚ますと、知らない部屋だった。
「ここ、どこ?」
ベッドから起きて辺りを見渡すと、質の良い素材を使った家具に豪華な絨毯が敷かれた部屋。
部屋の広さに相まってとても大きな窓からは、太陽の光が優しく降り注いでいる。
開かれた窓から温かな春の風が吹いて、自分の髪が舞い上がった。
風が収まると、目の端に自分の髪が肩から流れ落ちたのが見えた。
「薄紫の……髪?」
まさか眠っているうちに、勝手に髪が染められているのかと疑ったけど、いくらなんでも目覚めていると思う。
「ということは……カツラ?」
とりあえず、髪を引っ張ってみたら痛かったから違うと確信した。
「やっぱり地毛?」
扉を叩く音が聞こえたから振り返ると、メイドみたいな格好の人がボールをトレイに乗せて扉を開いて、こちらを見ていた。
なぜか私の方を見て、驚いたように固まっている。
「お、お嬢様!?目覚められたのですか?!」
「お嬢様って、私そんな年齢じゃあ……」
「もう3日も目覚められずに、心配したのですよ!」
「3日って、私そんなに眠って……あの、貴女誰ですか?」
いきなり知らない人にお嬢様なんて言われて驚いたけど、それよりも目の前の見知らぬメイドさんだった。
メイドさんは私の言葉に驚いて、すごく痛ましい者をみるような眼で私を見てくる。
「お嬢様、やはり記憶が混乱しておいでなのですね。すぐにお医者さまを呼んできますのでお待ちください!」
メイドさんは、慌てて部屋から出て行った。
部屋にある化粧台を見ると、とても綺麗な少女が映っていた。
白い肌に薄紅色の唇、長い睫に彩られた
もしかして幽霊が鏡に映っているのかもしれないと考えてしまい、怖くなった。
そっと動くと、鏡の向こうの美少女も動いた。
角度を確認して、手を振ってみると向こうも手を振ってくれた。
「……私?」
頷いてみると、鏡の向こうの美少女も頷いた。
「あ、私だ………って、なんでどうなってるのよぉーっ?!?!」
思わず頭を抱えて座り込んで、必死に記憶を手繰り寄せると、最後の記憶を思い出した。
「たしか仕事帰りに……弟と偶然あって一緒に歩いていたら、女の人が、ぶつかってきて……血が滴っていて……救急車で……」
驚きすぎて痛みなんて解らなかったけど、強烈な熱さはあった。
おそらくだけど、女の人に後ろから刺されて救急車に乗せられたんだっけ。
そこで意識が薄らいで、完全に先の記憶がない。
がんばって記憶を手繰り寄せていく。
あの女の人、たしか何か叫んでいた気がする。
かなり興奮してきて聞き取りにくかったけど、なんかすごい言葉を言っていた気がする。
「……泥棒猫?私の彼を、返せ……?」
あれ、これって、あれじゃないかな……女たらしが、背後から女に刺される時みたいな。
「ちょっと待って……私、喪女なのに彼氏ってどういうことよ!?」
自慢じゃないけど、女子高女子大育ちの彼氏居ない歴=年齢の私に、彼氏返せ泥棒猫?!
これ、完全に勘違いで刺されたってことじゃない!!
「じゃあ、この姿はいったい……それにしても、この女の子、どこかで見覚えがあるような……?」
とても整った人形のような顔立ちに、とても綺麗な薄紫の髪と、深い青い瞳がとても印象的な美しい少女だった。
この部屋も着ている服も、かなり上質な物で……まるでどこかの貴族みたい。
部屋の扉が開いて、さっき出て行ったメイドさんの他に執事っぽい人と、紫色の髪の綺麗な女の人、それに医者みたいな白い服を着た人が部屋に入ってきた。
紫色の髪の綺麗な女の人は、涙を浮かべながら抱きついてきた。
柔らかくて、良い匂いがして、なぜかとても落ち着く。
「目覚めたのね、ルミナ!お母さま、とても心配したのよ!!」
「お、かあさま?」
いきなり母と言われて、反応に困ったけど……それよりも、ルミナエリスという名前に聞き覚えがある。
どこかだっけと考えていると、お医者さんらしき人が色々な質問をしてきた。
何を言っているのかさっぱり解らなくて、解らないと答えていると、困っていた。
最後に名前を聞かれたけど、自分の今の外見を見てしまったせいか、正直に言ってはいけない気がした。
だから首を傾げていると、お医者さんらしき人は溜息をついた。
「お嬢様は、大変混乱しているようですね。おそらくですが、事故による記憶障害で記憶が失われているかと思われます」
「そんな……では娘、ルミナは、このままなのでしょうか?」
ふと、ルミナというのは愛称かもしれないと気づいた。
あれ、似たような名前を聞いた気がする。
「ルミナ……ルミナ…ルミナ、エリス?」
私が呟くと、母親らしき人は驚いたように目を見開いた後、泣きながら抱きついてきた。
「そうよ、貴女はルミナエリス!お名前、ちゃんとわかるかしら?」
まさかまさかと思いながら、恐る恐る心当たりのある名前を言ってみた。
「……ル、ルミナエリス……エルミナ・レッドフィール?」
抱きついている母親らしき人は、何度も頷いた。
お医者さんらしき人は、どこか安心したような笑みを浮かべ、周りの人たちも喜んでいる。
「名前を思い出せたということは、一時的なもののようですね。時間が経てば、自然と思い出せるでしょう」
「良かったわぁ……もう、ルミナは心配ばかりさせて」
周りは歓喜の空気だったけど、私はそれどころじゃなかった。
冷や汗が滝のように流れ、どうしたらいいんだろうと悩んでいた。
だってこれは、私が最後にした乙女ゲームの悪役令嬢のキャラ名。
ゲーム中の年齢よりもずっと幼く見えるけど、たしかにこんな外見をしていた。
でもあのキャラは、ストーリーでは最後に国家反逆罪で首切りの刑になっていたはずで……。
あれ、ストーリーってことは……それ、運命みたいなものじゃない?
だってあのキャラが最後に生存してるルートってなかったはず。
たしか、ゲームヒロインと接触することで闇属性に目覚めて……いわゆる闇落ちした悪役令嬢。
つまりゲームヒロイン登場で、私は死ぬ確定の運命ということ。
あ、私終わってる……と思ったと同時に気を失ってしまい、ふらりとベッドに倒れこんでしまった。