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十冊目

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


「このクソガキが!!またやりやがったな!!」


「はんっ気づかない方がわりーんだよ!!」


「待ちやがれ!!」


「待てと言われて待つやつがいるか!バーカ!!」



 薄暗い道を走るのは青みがかった髪に赤褐色の肌をした少年。


 それを追いかけるのは革鎧を着、剣を腰にぶら下げた五十手前くらいのおじさん。


 二人が追いかけっこしている理由は一つ。


 少年がおじさんの財布をスッたからである。


 この二人の追いかけっこはこれが初めてではない。


 おじさんは酒癖が悪く、稼いだ金はほぼ酒代へと消えて無くなる。


 それもお金の入った袋を腰にぶら下げて歩くものだから、スリからしてみれば格好の的になる。


 かれこれこのやり取りを二人は四、五回ほど繰り返していた。



「今日という今日は許さねえぞ!!衛兵に突き出してやる!!」


「その前におっさんじゃあ俺を捕まえらんねーよ!!」


「何をぅ!!」



 少年はその体躯を生かし、木箱を飛び越え角を曲がり、一目散に逃げる。


 おじさんは職業柄そこそこ肩幅が大きく、木箱は飛び越えられても狭い道の角は曲がれなかったりする。


 こうしてまた少年は逃げ切るのだった。



「あのおっさんも懲りねーよなぁ」


「またやったのか?」



 全力疾走後木箱に腰を掛けた少年に声がかかる。


 十人いたら十人とも避けるであろう、髪や髭が伸びきった老人だった。



「あのおっさん、何やってんのか知んねーけど金だけは持ってんだよ。酒に消えていくなら俺が使ってやるんだ」


「お前さんも碌な使い方せんじゃろうに」


「うるせえよっ」



 そう、この少年は賭け事にお金を使う、所謂ギャンブル癖があった。


 時には負け、時には勝ち、それなりに本人は楽しんでいた。



「悪いことは言わんから、あの者達と関わるのだけは止めとけ」


「なんだよ。俺が誰と関わろうがあんたにゃ関係ねーだろ」


「このスラムにはクソみてえな掃き溜めしかいないが、明日を迎えたいやつばっかなんだ。明日を潰しに行く奴らとは関わりたくないんだよ」


「あんたもその一人ってか?」


「そうだ」



 ここはスラム。


 マーベルト王国の闇の部分でもある。


 他国で戦争があり難民が流れてきたはいいものの、居場所が無く殆どがスラム街に流れてしまったのだ。


 それと同時に戦争に従事した兵士、死体漁りをしに来た浮浪者、金のことしか考えていない違法奴隷商人なども流れてきた。


 その中には質の悪い人間など腐るほどいる。


 少年と賭けを勤しんでいる男たちもその部類だった。


 この老人は明日を迎える保証のないスラム街でできるだけ穏便に生きていくことを決めた者の一人だった。


 だから、少年に忠告をするのだ。


 何かがあっても忠告を無視したからだと自己肯定をするために。


 保身に走るしかこのスラムの明日を生き抜くには手段がないのだから。



「ちっ。分かってるよ」


「本当かのう?」


「あー!分かったって!今日は会うのを止めとくよ!」


「……そうもいかねえんだわ。小僧」


「「っ!?」」



 肌は赤黒く、頭はハゲ、肩には蝙蝠を象った刺青、左目には眼帯と如何にも悪そうな見た目をした男が路地に現れる。



「あんたは……」


「負けすぎて兄貴にどやされてなぁ…。あの金返しちゃあくんねえかぁ?」


「はあ?あの金は俺のモンだろ?お前はあん時俺に負けたじゃねえか」


「それがそうもいかなくなってなぁ……。小僧、金を渡せ」


「やだよ、それにここにはねえし」


「へぇ、どっかに貯めてやがるのか?……渡せや」


「やだね」


「優しく言ってる内に渡したほうがいいぜ?」


「返す理由が見当たらないだろ」



 男の理不尽な要求に少年は返す気が無い。


 それもそうだろう、誰が賭けで勝った戦利品を無償で返すというのか。


 少年の言っていることは正論である。


 しかし、今回は相手が悪かった。


 実のところこの男の言う兄貴とは金に有無を言わさず動き、先ほど言ったであろう人の明日を潰す側の人間だった。


 正論など通るはずがないのだ。



「渡せや。ガキ」


「はっ」



 少年は鼻で笑った後、その場から身体を反転し走った。


 男の不意を突いたのか男は駆けだした少年に一瞬固まり、その後を追う。


 本日二度目の追いかけっこである。



 地の利は勿論少年に傾いている。


 道は頭には入っているものの、捕まえられるかと問われれば困難の極みである。


 それほどこのスラム街は入り組んでいた。



「あのガキっ!!何してる!!追え!!てめえら!」



 少年がスラム街を熟知しているのちと同様に男にも武器はあった。


 人数差である。


 今回は一人ではなく最初から捕縛目的だったのか、十数人が現れる。


 何を隠そうこの男も命の灯が消える寸前なのだ。


 何人投入しても金を取り返す気だった。


 それほどまでに男の言う兄貴とは力を持っていた。



 【夕翼(せきよく)の蝙蝠】。


 このマーベルト王国の内部にも関わる侯爵家の手の者だった。


 大抵の犯罪には目を瞑り、政に邪魔な者も同時に消す。


 それがこの組織の主な内容だった。


 いくらスラムを知っていようと向こうはプロ。


 少年が捕まるのには早々時間はかからなかった。



 それがこの少年にとって必然だったのか偶然だったのかは判断つかないが、この出来事が少年の運命をがらりと変えたのは間違いないだろう。


 異空間で看病されるのはもう少し先の話である。


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