[Männliche(メンリヒ) Seite(ザイテ)]……少年サイド
「……助けて……」
真っ青な顔、そして、太った男にのしかかられ、泣いている女の子。
全身を震わせ、涙が頬を伝う。
「こいつが悪いんだぜ。煙草吸ってただけで俺らを先生に言うって」
周りを取り囲む男達……その下品な笑いに腹が立ち、近くの椅子を蹴った。
「お前ら、死ね!」
1対4は厳しかった。
しかし、一人はただのデブ、一人は自分が強いと思い込んでる勘違い野郎、残りは二人に追随する奴。
数発殴られたものの蹴り飛ばし、殴り、追い払った。
「だ、大丈夫か?」
「……ご、ごめん、なさい……」
ポケットからハンカチを出して、殴られた唇に当てようとした震える手を止める。
「おい、璃子。大丈夫か?」
璃子はイジメられっ子だ。
それを知ったのは小学校の時。
璃子の友達だった子が遊具から突き落とし、骨折させたのを偶然見た宏樹は、なるべく学級委員長の立場を利用し、璃子の側にいるようになった。
中学校になっても一緒という訳にはいかず、時々様子を見ていたのだが、
「……はぁぁ……一緒の高校は無理だよな」
呟く。
璃子はイジメが原因で対人……特に男性恐怖症なのだ。
好きになったのはいつの間にかだったが、自分の立場がもどかしい。
距離を縮めたい、でも嫌われたくない、どうすればいいだろう。
と、
「おい、水上。悪いんだが……」
担任の言葉に、
「分かりました!俺も助っ人として入部します!」
と返事をしたのだった。
「こらぁぁ!手抜きなし!基礎練習を30分以内だよ!」
「無理!鬼!」
「鬼で結構!私も練習時間を削って、貴方達に付き合ってるの!時間勿体無い!先に行くから!」
運動場で璃子は、前を走っていた男子を抜かし走り始めた。
「貴方達!解ってるわよね?運動場7周!階段往復50回!腹筋背筋スクワット各50回!」
小柄な璃子が遠ざかるのを、宏樹は慌てて追いかける。
早い……。
それに、ペースが落ちない。
持久力があるのだ。
宏樹は元バスケ部である。
負けずに追いかけた。
そして、7周走ると室内靴に履き替え、1階から4階までの階段の往復50回して音楽室に走り込んだ。
自分ですら汗をかきかき走り込んだのに、璃子はすでに呼吸を整えている。
慣れていることなのだろう。
「……お、おい、璃子……あと何分……」
「何で僕も走らされるのさ……」
「二人共遅い!あと7分」
無視はしない、ちゃんと丁寧に返事をする。
そこが可愛い。
「1、2……で、璃子は何してんの?」
「……腹式呼吸……ほら、後輩も皆済んでるよ。急いで。手抜きはしないで。すぐ分かるから」
と璃子は答える。
すると、あれだけだらけていた男達が汗もほとんどかかず、喋りながら戻ってきた。
璃子が男子の前に立ちふさがる。
「貴方達、階段の往復ちゃんとしてないでしょ」
「したぜ、なぁ?」
「一段飛ばしに、回数誤魔化しも駄目って言ったよね?その息上がってない状態じゃ歌えないわ。最初からやり直し!」
「何だって!」
「今から腹筋背筋も間に合わないんだし、もう一回走ってこいって言ってんの!」
きっと睨みつける。
すると、逆上した男子達が手を伸ばしてきた……のを慌てて引っ張り友人の蓮に預けると、前に宏樹が立つ。
「おい、璃子の言い方もきついけど、俺と蓮、階段往復50回したぜ。今さっき戻ってきて腹筋背筋してたのに、お前らの走ってるの見てないぞ。きちんとしろって言われてたよな?やれよ」
「そうだぞ、行け!」
璃子をかばっていた生徒会長の蓮がしっしと手を振る。
「ちゃんとする約束で、普段ふざけてた音楽の授業の点数をプラスして貰うんだよね?」
「しかも、指導する璃子に何しようとしたんだ。出て行け!何なら先生に言っておくからな」
宏樹は追い出すと扉を閉じる。
くるっと振り返ると、
「こら!璃子!お前、真面目なのはいいけど、カッとなって突っかかるな!」
「だ、だって間に合わない!コンクール目の前だもん!」
「璃子。落ち着いて」
部長の有香が苦笑する。
宏樹と有香は同じクラスである。
「璃子……ベンチ横になって」
有香が横たえると、そのまま意識を失った。
「えぇぇ!璃子?」
「緊張やストレスが溜まるとこうなるの。先生も知ってるわ。部活が終わるまでダメね」
冷えないようにバスタオルをかけ、手を叩き、
「さぁ、皆、発声練習の前に腹式呼吸の練習を」
と響いた。
璃子は部活が終わるまで目を覚まさなかった。
「水上君、璃子よろしくね」
有香達が出て行き、宏樹は肩を揺する。
ゆっくりと目が開いた。
「大丈夫か?」
「……えと……」
眼鏡が外されており、ぼんやりと宏樹を見上げる。
「……あ、ごめんなさい……練習しなきゃ……」
「もう終わったぞ?」
「えぇぇ!どうしよう!先生は……有香ちゃーん!」
「皆帰った。俺がお前を連れて帰ることになったんだ」
宏樹が眼鏡を手渡すとかける。
「えっ、水上君。家の方向一緒だった?」
「今日の発声練習で、体力が足りないと良く解った。お前送って帰る」
暗くなった道を2人で歩く。
「水上君は高校どこに行くの?」
「ん?北かな……璃子は?」
「えへへ……理数系がダメだから、奨学金狙おうかなぁって」
「お前、完全文系脳だもんな」
「酷いなぁ……」
頬を膨らませる。
家に着くと、
「ありがと。えっと、お茶でもする?」
「いや、帰って、曲覚える。じゃぁな!」
手を振ったのだった。
璃子が必死だった合唱コンクールは、銀賞に終わった。
泣き崩れるのは熱心に取り組んでいた生徒、部長の有香も泣いていた。
慰めるように有香の肩を叩く……自分も総体で同じだったと思った。
部活動が終わると、夏休みである。
でも進学する3年生は補習があるが、クラスが違うと会えなくなっていく。
それに、二学期になって普通の授業以外に行われる進学の為の補習もある。
会いたい……けれど……。
文化祭では璃子をダンスを誘いたかったが、直前に転んで怪我をしたと包帯姿でフォークダンスを椅子に座って見ていた。
ふと見ると、有香と一緒になった。
「又、璃子、見てるの?」
「悪いか?」
「いいえ、それよりも、後で話があるの」
「話?」
「ダンスが終わったら、あそこの辺りに来てくれる?」
頷く。
そして、璃子が痛そうに足を引きずりながら、歩いていくのに気がつく。
追いかけていこうとすると、有香が追ってくる。
少し小走りに遠回りしてかわそうとしたが、引き止められる。
「待って、私、水上……宏樹君が好きなのよ……」
「は?何で?」
「宏樹君、強いし優しいもの。でも、璃子が好きなのよね?」
「……うん、好きだよ」
うんざりしつつ正直に答える。
でも、璃子を見失ってしまった……。
璃子は可愛い。
それに何にでも真面目に取り組んでいる姿に尊敬する。
ちょこまかと何かに気がつくと率先して動く姿は、凄いと思う。
でも、璃子自身は、宏樹をどう思っているのかわからない。
聞いて見たくても、何故か会えない。
年が明けても、心が明るくならなかった。
ふと思う。
卒業式の後に告白してもいいだろうか……。
今日は2月14日、来月の入試に向けて佳境に入っている。
廊下から宏樹を呼ぶ声がした。
出ていくと、璃子が立っている。
「ん?璃子。どうしたんだ?」
「あ、あの……だ、大好きです!有香ちゃんが好きだって分かってるけど……も、貰って下さい」
差し出されたチョコに目を見開く。
「ご、ごめんね。迷惑だよね?持って帰る」
「待って!」
隠そうとした手を取り、
「俺のだろ?」
「う、うん……」
「ありがとう……嬉しい。俺も、璃子が好きだよ」
本当に嬉しくて、宏樹は微笑んだ。