[Weibliche Seite(ヴァイリヒ ザイテ)]……女の子サイド
「あぁ……解ってることなのに」
机に頰を置き、璃子は目を伏せた。
小学校時代から好きな……イジメられていた頃もかばってくれた宏樹と、一緒の高校に行けなかったのだ。
理由は簡単。
璃子は理数系が苦手で、文系の女子校しか行けなかった。
それに、大人しい性格なのだが、あることに関すると性格が一変する。
不真面目なことをする、特に男子を、ビシバシとしごき倒す鬼教官と化すのである。
「こらぁぁ!手抜きなし!基礎練習を30分以内だよ!」
「無理〜!鬼〜!」
「鬼で結構!私も練習時間を削って、貴方達に付き合ってるのよ!時間勿体無い!先に行くから!」
運動場で璃子は、前をトロトロ走っていた男子を抜かすと一気に速度を上げた。
「貴方達!解ってるわよね?運動場7周!階段往復50回!腹筋背筋スクワット各50回!先に待ってるわ!元運動部だからって、私達をバカにしないでよね!」
抜かした集団の中の、宏樹への視線をあえて避けた。
璃子は運動部ではないが長距離走が得意である。
背はチビだが、それでも体力があり持久力はあるのだ。
そして、何回か男子を抜かし7周走ると、すぐに室内靴に履き替え、1階から4階までの階段の往復50回して、腹筋背筋スクワットを繰り返すと、両足を肩幅に広げ、右手をお腹に当て、乱れた呼吸を整えつつ腹式呼吸を行いながら時計を見た。
走り込みに行った時間から約30分……先生が来るまでにこのストレッチまで済ませないと、発声練習はさせてもらえず、酷い場合はもう一回運動場を走らされる。
これが規律だし、体力づくりに必要なのだ。
すると、宏樹とその友人でピアノ担当の蓮がゼーハーと息を吐きながら現れる。
「……お、おい、璃子……あと何分……」
「何で僕も走らされるのさ……」
「遅い!時間はすぐすぎるよ!あと7分」
言い返し、心を静めるのと呼吸を穏やかにと祈る。
「……わぁぁ、蓮、急げ!腹筋背筋と、えっとえっと……」
「スクワッ……ト!……うわーきっつー。木村いつもこんなのやってるのか」
「1、2……で、璃子は何してんの?」
「……腹式呼吸……ほら、後輩も皆済んでるよ。急いで。手抜きはしないよ。すぐ分かるから」
と言っていると、ボロボロ状態だった宏樹達とは違い、息も切らせず喋りながら入ってくる男子の前に立ちふさがる。
「ブッブー!貴方達、階段の往復ちゃんとしてないでしょ」
「したぜ、なぁ?」
「一段飛ばしに、回数誤魔化しも駄目って言ったよね?その息上がってない状態じゃ歌えないわ。最初からやり直して!」
「何だって!」
「今から腹筋背筋も間に合わないんだし、もう一回走ってこいって言ってんの。でてけ!」
きっと睨みつける。
すると、逆上した男子達が手を伸ばしてきた……と、後ろに下げられ、前に宏樹が立つ。
「おい、璃子の言い方もきついけど、俺と蓮、階段往復50回したぜ。今さっき戻ってきて腹筋背筋してたのに、お前らの走ってるの見てないぞ。きちんとしろって言われてたよな?やれよ」
「そうだぞ、行け!」
璃子の手を握っていた蓮がしっしと手を振る。
ちなみに蓮は生徒会長である。
「ちゃんとする約束で、普段ふざけて貰えなかった音楽の授業の点数をプラスして貰うんだよね?」
「しかも、指導する璃子に何しようとしたんだ。馬鹿出て行け!何なら先生に言っておくからな」
宏樹は扉を閉じる。
くるっと振り返ると、
「こら!璃子!お前、真面目なのはいいけど、カッとなって突っかかるな!」
「だ、だって間に合わない!コンクール目の前だもん!」
「はいはい、璃子。落ち着いて。水上君、生徒会長。ごめんなさいね。璃子、音楽に命かけてるから」
部長の有香が苦笑する。
宏樹と有香は同じクラスの学級委員である。
「璃子……はい、ベンチ座って」
「……ありがとう有香ちゃん」
座るとそのまま全身から力が抜け、記憶が飛んだ。
ゆさゆさと肩を揺すられる。
「……起きて、璃子」
ゆっくりと目を覚ますと、宏樹が覗き込んでいる。
「大丈夫か?」
「……えと……」
眼鏡が外されており、ぼんやりとした視界で、宏樹を見上げる。
「……あ、ごめんなさい……練習しなきゃ……」
「もう終わったぞ?」
「えぇぇ!どうしよう!先生は……有香ちゃーん!」
「皆帰った。俺がお前を連れて帰ることになったんだ」
宏樹が眼鏡を手渡すと、かける。
「えっ、水上君。家の方向一緒だった?」
「今日の発声練習で、体力が足りないと思い知らされた。お前送って帰る」
「それは悪いよ!大丈夫だよ」
「ダメだ。それに、ありがとな」
「何が?」
その言葉に首を傾げたのだった。
音楽室の鍵を返し、暗くなった道を歩く。
「えっと……水上君は高校どこに行くの?」
「ん?蓮ほど賢くないから、北かな……璃子は?」
「えへへ……理数系がダメだから、奨学金狙おうかなぁって」
「お前、完全文系脳だもんな」
「酷いなぁ……」
頬を膨らませる。
「でも、受験の前に……コンクール。絶対に金賞取る。そして県大会に出て……」
「俺は、総体負けたからなぁ……」
「だから勝つの。一緒に頑張ろうね?」
ニコッと笑う。
家に着くと、
「ありがと。えっと、お茶でもする?」
「いや、帰って、曲覚える。じゃぁな!」
宏樹が帰って行くのを見送った。
……合唱コンクールは、銀賞だった。
泣き崩れる3年生達……泣くのをこらえていた璃子だが、いつもは周囲にハッパをかけていた有香が宏樹に胸を借りるようにして泣いていた。
心配そうに有香の背を撫でる宏樹と、号泣する有香を見て、必死に涙をこらえると後輩を見る。
「皆……部長の涙、先輩の悔しがる姿を、覚えておきなさい。自分たちが後悔しないように……」
「はい!」
後輩達の返事を聞きながら、璃子は別の涙を拭ったのだった。
部活動が終わると、夏休みである。
でも進学する璃子達は補習があるが、クラスが違うと会うことは減っていく。
それに、二学期になって国公立と私立では、普通の授業以外に行われる補習内容も変わってくる。
有香達と会うことも減り、文化祭でも直前に転んで怪我をした璃子は、運動場で行われていたフォークダンスを椅子に座って見ていた。
ふと見ると、有香と宏樹が踊っていて、顔を寄せ話しながら楽しげに笑っていた。
そして、足が痛み出したので、保健室に向かいかけた璃子は、校舎の陰で有香と宏樹が話しているのを見た。
「……が好きなのよ……」
「……うん……」
聞こえてきた声にビクッとする。
聞いてはいけないものを聞いてしまった……。
足を引きずり、必死に逃げ、誰もいない保健室で声を殺して泣いた。
始まってもいなかった恋を自覚して……。
叶うはずもない、思いが届かないことを分かっていても……。
年が明けても、心が明るくならなかった。
ふと思う。
バレンタインデーの日に、チョコを作って贈ろうと……。
その時、断られるのは分かっていても、告白しようと。
前日までにチョコを作った。
ラッピングしたチョコを隠して持って行く。
受験の関係で授業も変則化していて、水曜日の今日は昼までである。
隣のクラスに行き、宏樹を呼ぶ。
「ん?璃子。どうしたんだ?」
「あ、あの……」
後ろに隠していたチョコを差し出す。
「だ、大好きです!有香ちゃんが好きだって分かってるけど……も、貰って下さい」
「ヒューヒュー!モテモテだな!」
「うるさい!」
「ご、ごめんね。迷惑だよね?持って帰る……」
「待って!」
隠そうとした手を取り、
「俺のだろ?」
「う、うん……」
「ありがとう……嬉しい」
宏樹は微笑んだ。
木村璃子……合唱部。真面目
水上宏樹……元クラスメイト、学級委員長。バスケ部
有香……合唱部長
蓮……生徒会長