9 隠された物語が
僕の家。
なんの変哲もない、木で作られ、机と椅子がならび、都市から持ってきた本がいくつか並ぶ、それだけの家。
外を見れば昼だった。
勇者と戦い終えたのが昼ぐらい。ここに帰ってきたのは日が暮れるころ。
夜が過ぎて朝が過ぎて、それぐらいの間、僕は『彼』と戦っていたのだろう。ここまで面倒を見てくれる『彼』には頭が上がらない。
……それにしても、いったい、なにが起こったんだろう?
しかし、気まぐれにしか表面に出てくれない『彼』には聞くことができない。自分で確かめる必要がある。
僕はなにが起こったのか見るために外に出る。
「あ、エトさん」
勇者がいた。
手にはパンを携え、他にも品物がちらほらとぶら下がっている。
……この村を満喫している。
確かに、この村は特殊な魔法を使って特殊な品物を作ったりする人が多いので、勇者にとっては珍しいのかもしれない。
「このパンめっちゃおいしいですね!」
幸せそうだ。
「それを作ったひとに直接言ってみるといいよ。そうするともう一本追加でもらえる」
「おお、いいことを聞いた。これが口コミクーポンってやつか」
「なにそれ?」
「なんかお得なことがあると、クーポン、っていうのが今の流行りなんです」
「相変わらず都市は独特みたいだね」
それはそうとして。
「勇者、なにか異変を感じなかったかい?」
「異変? 特には……あ、なんか森の方に反応がありますね。……軽いけど、これって変異な気がします。エトさん勇者並みの超感覚でも持ってるんですか?」
「……いや、ちょっと言ってみただけだよ」
……『彼』は勇者よりも早く異変に気付いていたようだ。いったい、どんな技術を使ったんだろう?
僕は『彼』のことをなにも知らない。どこで生まれたのか、目的はなにか、年齢すらも。
でも、『彼』は僕を救ってくれたもののひとりであり、今でも修練に付き合ってくれる恩師だ。
直接言ったことはないが、『彼』のことを最も信頼できる友だとも思っている。こんど、なにか聞いてみてもいいかもしれない。
「念のため潰しておきますか。エトさんも来ます?」
「そうだね。放っておけば村に危害が加わるかもしれないし、僕も行くよ」
「ここから歩くの、地味に面倒ですねー」
そう勇者が言った時だった。
荷車を引いた婦人が通りかかる。ヴァルフレアの報告をデュースさんにしたひとであり、走ることをなによりも尊ぶ変わった人だ。おまけに全く体が疲れない。
一応、普段はおしとやかなひとだ。走っている姿を見た後だと信じてくれないひとも多いが。
僕は手を振って婦人を呼ぶ。
「おば……おねえさーん」
「おば?」
「ごめんなさい」
「おほほ、許してあげましょう」
まあ、少し怖い人でもある。僕は好きだけど。
「お姉さん、ちょっと荷車に乗せてってくれませんか? 森の方に行きたいんです」
そういうと勇者が僕のことを頭がおかしいやつだとでもいうかのような視線を向けてきた。
言いたいことはわかる。この細腕の婦人が一生懸命荷車を引いているのに、男二人を乗せようだなどと普通に考えれば鬼畜でしかない。勇者はこの婦人の能力を知らないのだろう。
……事情があるのだ。どうかわかってほしい。
「乗りなさい」とかっこよく言ってくれる婦人。
僕は荷車にのり、勇者はその前で立ち止まった。
「エトさん、俺、乗れませんよ。こんな婦人にさらなる重荷を乗せるなんて間違ってます」
「あ、えっと、この人は大丈夫なんだ。この人は――」
しろもどろになる。
そうしていると婦人が親指を荷車に向けて言った。
「坊やは私のことなんてなにも心配しなくていいのよ! さっ、私に任せてさっさとお乗りなさいな」
謎のカッコよさだった。
やや納得がいかないような顔をしていたが、仕方がないと勇者が乗る。
荷車が動き出す。
「疾風怒涛と呼ばれた私の足、見せてあげましょう」
婦人は張り切っている。
「安全運転でお願いしますね」と僕は言ったが、もう彼女の耳には聞こえていなかった。
急発進、慣性が働いて引っ張られる感触。
思わず自分の表情が歪む。めちゃくちゃ早い。
婦人が引っ張る荷車はデュースさんの家へとつながる道にすぐに到着し、森への最短ルートを走る。
がたごとと荷車が揺れている。特別製のものじゃなかったら、絶対壊れている。
荷車は大きな道に入ってさらに加速した。風が横切る感触。声を出せばおいて行かれそうな、そんな感じの。
「うおおおおお! エトさん! はやい! めっちゃはやい!」
「う、うん……」
「ご婦人ご婦人! 前世は競馬だったりしました?」
「馬顔だっていいたいの!?」
「いえ、綺麗なお顔です!」
「ふっ、わかってるじゃない」
勇者がシティーボーイな発言をしている。
勇者という立場上、彼はとてもモテそうだ。同い年ぐらいの女の子には何人も言い寄られたりしたのではないだろうか? そんな雰囲気を感じさせる、自然な言い方だった。
「たのしー! 楽しいですよエトさん! 今俺は生まれて一番風に近い!」
「うん……うん……」
「大丈夫ですか? 顔色悪そうですが」
「白い顔って、とらえ方によっては健康的に見えない?」
「今にも死にそうですね」
「こんなところで死んでられないよ。未来で楽しいことをいっぱいしなくちゃならないんだから……うっぷ」
「わかった! わかったからもう喋らないでください! 危険ですから!」
そんな僕らの会話を聞いて婦人は笑っている。
恨んでいるのだろうか? おばさん、と言い間違えそうになったことを。
たぶん、忘れられない失敗の記憶になりそうだ。
「エトさん! 聞こえますか! 前の方を見てください、そうしてると酔いにくくなるって聞いたことあります!」
「うん……うん……ううっ」
「頑張って!」
そうして爆走劇は終わりを遂げる。
森に着くと同時に荷車から降りる。
驚いたことに、森の前にはアリアとデュースさんがいた。それに加えて、勇者の連れのイブノアも。
どうやら彼女らも異変に気付いて森に来たらしい。
「エト、大丈夫?」とアリアが僕の背中をさすってくれる。
……なんなんだろう。この、妙に優しさを感じる感覚は。吐きかけて辛い時にこう優しくされると……なんというか、すごく心が温かくなる。
なんなんだろう……なんなんだろう……。
「ありがとうアリア。君がこの世に生まれてきてくれてよかった」
「そんなにいうほど? お父さんだって私が生まれてきたときにしかいわなそうな言葉なんだけど」
「そういいたい気分なんだ」
「人生そういうこと言いたくなる日もあるよね」
「そうそう」
勇者が僕らを見て「お幸せに……」と呟く。別にそういう関係じゃない。
そうやって僕の気分が収まるまで待ち、各々がどうしてここに来たのかを説明する。
デュースとアリア、イブノアは一緒にいたらしい。アリアによれば「仲良くなったよー!」と嬉しそうにイブノアに抱き着いていた。本人もまんざらではない様子。
森の異変はデュースさんが気づいたらしい。妙な魔力の流れがあるだとか。彼は世界でも最高峰の魔術師(自称だが)だから、比較的早い段階で気づいたようだ。まあ、距離的にもデュースさんの家と森が近いのもあるのだが。
僕と勇者はデュースさんとアリアに変異について話した。それは、とても危険なものの種となるかもしれないのだ、と。
デュースさんとアリアは頷き、僕らに協力してくれると言ってくれた。
「気配は二方向にありますね」と勇者。
そういうことで、二手に分かれていくことになった。
勇者と僕は前衛。その他は後衛なので自然とペアは決まってくる。ちなみに、イブノアは結構魔法が使えるらしい。控えめな言い方ではあったが、本人はそこそこ自信がありそうだ。
組み合わせは、僕とアリア。勇者とイブノア。
問題は、デュースさんがどちらに入るかだった。
「私のお師匠様なんだから私のところに入るに決まってる!」
「アリアさんは長年デュースさんと過ごしてきたんだからいいだろ! ここは新人にふれあいの機会を与えるべきだ!」
「甘いね。お師匠様は老人なんだから楽できる方につくべきだよ! そうなると、エトの方について行った方がいいに決まってる!」
「いやだ! じゃあ勇者特権を発動する! デュースさんは俺のものだ!」
「卑怯だ! 権力の横暴だ!」
「わかった! じゃあじゃんけんで決めよう!」
それを見てデュースさんは長い白髭を撫でている。
隣には僕がいる。
ぼそり、とデュースさんが呟く。
「そもそも老人を森に引きずりこまないという選択肢はないのかのう。もっとこの老体を労わってほしいのじゃ」
「まあ、見る感じ二人ともデュースさんに来てほしいみたいですね」
「つまり?」
「人気者ですね」
「まあ、仕方ないのう。わしは頼られるといやとは言えぬ性分でな。それが曲がり曲がって今のように頼られてしまう状況を作ってしまったのかもしれない」
「因果応報ですね」
「まったく、この老体が役に立ちすぎるとは、難儀なことよ」
僕らは無意味な会話していた。
「いえーい! 勝ったー!」
勇者の声が聞こえてくる。どうやらデュースさんを獲得したのは勇者チームらしい。
「じゃあの、エトよ。わしは若者のじゃんけんで売られてしまう存在だったのじゃ」
「世の中世知辛いですね」
「わしの無事を祈っておってくれ……」
デュースさんが引き取られていく。
次に僕の隣に来たのはアリアだ。
「お師匠様奪われちゃった」
「人気者は獲得争いが起きるものだからね」
「まあ、エトと二人っきりなのも、いずれ行く冒険の予行演習だと思えば結構嬉しいんだけどね」
「デュースさんも浮かばれないね」
僕は西の方、勇者は東の方向を目指す。
生きて帰ろう、と大した危険があるわけでもないのに言い合う僕ら。
まあ、そんなものだろう。
歩いていく勇者一行を見送る。
勇者から聞いた話だが、イブノアは本物の王位継承権をもったお姫様らしい。第三位という立場で微妙な立ち位置。それで、勇者についてきた、とのこと。
しかし、仮にもお姫様という立場にいるひとが、わざわざ危険な冒険に出るだろうか? 反対されたはずだ。きっと、周りから。
それでもイブノアは今、勇者の隣にいる。
――勇者と魔王の物語では、旅の道連れとして姫が付き添うことは多々ある。
しかし、現実的に言えばそれは簡単なことではない。姫という存在は政略的にも大切なものであるし、生きて帰ってこられるかわからない冒険に出すのは非効率的だ。それなら侍女をつれていくとか、そっちのほうがいい。
現実的な話をすれば、姫が勇者の冒険についていくなどありえない。むしろ姫は、城で勇者の帰りを待つべき存在だ。
それでもイブノアが勇者の隣にいるのは、きっとそれなりの決意があったはずで。
勇者がイブノアの手をぎゅっと握りしめるのが見えた。
「あんまり前に出るなよ。お前は安全なところにいればいいから」
「……ユーシャはいつも私を子供扱いする」
「してないしてない。まあともかく、危なそうなときはデュースさんを盾にしてもいいからな」
「なんじゃと!?」
「わかったわ」
「なんじゃと!?」
「デュースさん、女の子を守るのって、カッコよくないですか?」
「百理あるのう。仕方ない」
楽しそうな会話。
でもその隅々から、勇者がイブノアを守ろうとしているのが伝わってくる。とても、大切にされていることが。
「二人の冒険、うまくいくといいね」
そう言ったのはアリアだった。
じっと勇者たちを見つめている。
同じようなことを考えていたのが意外で、おもわず彼女の方を見る。
「さっ、いこっか」
「うん、そうだね」
僕らは、異変がとぐろを巻く、森の中へ。