8 祈りの種族
むかーし、むかしのあるところ、とても強い力をもった人々の集団がありました。
彼らは世界がより良い方向に変わることを望み、バカげたことに、世界平和を望むような愚か者の集団でした。
彼らはいつも祈っていたのです《世界はもっと素晴らしく、優しいものであるべきだ》と。
そんな彼らは、周りから『祈りの種族』とまるで人間ではないかのように揶揄されました。
彼らは実験を進めました。
もっと強く、もっと素晴らしく。
身の丈に合わない願望を持って、優しい世界のために。
彼らは、強くなりすぎました。
小さな村が国に勝てるなど、あってはならないことでした。
歪で小さく纏まった力は、国々から疎まれました。
そうして、大勢の国が力を合わせてひとつの村を滅ぼしたのです。
ひとつの敵ができて、世界はほんの少し平和になったのでした。
これはとてーも、とても、皮肉なお話。
◇
《君には、力が必要だ》
勇者と解散したあと、自分の家に帰った時、『彼』が突然切り出した。
《たったひとりの犠牲も許せない君に。どこまでも守りたいなどと宣う、傲慢で優しい君に》
もっと、もっとだ、と彼は言う。
《凍結させていた技、そろそろ完成させようか。もう、ほとんどできるんじゃない?》
――第一破光・赤修羅の纏い。
◇
――彼は、圧倒的な力を持っていた。
僕と同じ灰色の髪と目をし、姿形はよく似た少年が、目の前に立っている。
ここは、精神で作られた世界。
ここでは、『彼』は神にも等しい力を持っていた。
『彼』が剣を呼べば、それはただちに生成され、椅子を呼べば椅子が、巨大な森林が出現することもある。
ここは精神で作られた世界だから、なんでもできる。自分が想像できる限りにおいてなにもかもを創造できる。しかし、所詮ここは現実ではない虚しい世界だ、と『彼』は言っていた。
ここで、僕と『彼』は何年もの間修行してきている。
剣士が強くなるための要素は経験だ。しかし、強くなれば強くなるほど、より危険なところで修練を積まなければ伸びしろは少なくなる。そして、危険なところで修練を積み過ぎると死んでしまう。
僕は、この空間で身の丈に合わないほど難しい修練ができた。死んでも、ここでは死ななかったことにできるのだ。常に、臨界の場で自らを鍛え、経験を積める。
疲れても『彼』が命ずれば僕の疲れはとれる。傷は一瞬でなかったことになる。
だから、僕は十七という齢にして、今ある世界では、最も戦いを経験している存在ともいえる。
全部、『彼』がいたからだ。
――しかし、『彼』はいまだに僕の何倍も強かった。
「君には殺意が足りない。優しさなんて捨ててしまえ。君に足りないのは執念だ。君には絶対性が欠けている」
彼は剣を向けたままそう言った。
「もう一度だ」と彼が言うと、ボロボロだった僕の服は元通りになり、疲れは消える。
僕には、魔力がない。
だが別の力が、別のエネルギーがある。それは扱うのがとても難しく、コントロールできなければ自爆必須の強力な破滅の力。
「魔力無効化の本質である破滅の力。魔法を使えない君がもつ最大の力だ。だが破滅の力はそのままでは使えないえエネルギーだ。無色にして万色であるそれを、一定の色に染めて力に指向性を与えて使用しなければならない。君は、赤色が苦手すぎる」
赤色。
第一破光・赤修羅の纏い。
殺意と敵意を飲み込んで反応する無限カウンター。
プログラミングされた行動が、僕の意思を介さずに最適である動きを決定づける、修羅を纏った形。
どの方向から武器が振られても、なにをされても、経験として僕はそれに近しいものを知っている。そう言った経験を気として纏い、赤色の鎧は僕の体を動かす。
故に、一対一の戦いでは最強を誇る、彼の奥義。
「君は義務感や正義感で戦おうとしすぎだ。君のおじいちゃんに言われたことは知っている。飲み込まれてはならない、と言われたことを。でも、それでは強くなれない。エト、なにかを憎め。そうでないと、真の意味では強くなれない」
「そんなもの必要ない」
「綺麗なままでいると?」
「そうだ」
「強情だね、君のおじいちゃんが植え付けた根はなかなかに、深そうだ」
彼が足を踏み鳴らす。森はすべて消え、あたりは岩が転がった大地。足場はあまりよくない。
「――いくよ」と彼が言う。
足場が悪いはずなのに、彼はまるでここが平地であるかのように僕に接近してきた。
強烈な殺意がぶつけられる。僕の赤色の気が、迎撃態勢を取らせる。
――閃く太刀筋。
彼の剣が四方八方から迫ってくる。
蛇のようにしつこく、そして重力の理をすべて置き去りにする剣。
右から迫るその剣を、なんとか防いだ。
体が自動で反転。彼の剣を受け流しながら、自動で回し蹴りまで移行する。
それを彼は片手で受け止めた。勢いが乗った蹴り。簡単には止められないはずなのに、いとも容易く。
「防御はよくても攻撃がうまく乗れてない。君の赤い気は見せかけだ」
瞬間、足の感覚がなくなる。
――切られた。
あまりにも綺麗な断面に、痛みすらない。
「もう一度だ」
叫び声をあげる瞬間、痛みに悲鳴をあげる瞬間、僕の足は元に戻った。
――彼は、甘いと思う。
――もっと痛みを与えたほうが、効率はいいはずなのに。
もう一度立ち上がろうとする。
しかし、彼が「待て」と言った。
固まってなにかを感覚を研ぎ澄ますかのような動作。
彼は、ゆっくりと目を開く。
「現実のほうでなにか起きたみたいだ。目を覚ましたほうがいい」
「わかった」
彼がパチンと指を鳴らす。
その一瞬で、僕は現実のほうに戻った。
夢から覚めたみたいな感覚。