17 帰らなくてはならない
「手を繋いで眠るんだ。そうでないと、私たちは離れ離れになってしまうかもしれないから。とれあえず、エトは私の隣にこい!」
それに異論を申してる者がいる。
「俺がエトさんの隣がいい!」
「なんだ赤髪、おまえ男だろうが! 女と手を繋ぎたがれよ!」
「いやだ!」
そんなことを言い合っている二人を、僕はアリアと共に眺めている。
僕らはすっかり傍観者。とても平和だ。
そうやって、ぼーっとしていると、片方の手が塞がれていた。
「えへへ、私がエトをゲットだ」
「捕まった」
「これからも漁夫の利を狙っていきたい所存である!」
ふふん、とアリアが胸をはった。
「あ! アリアさんずるい!」
「賢すぎるだけだよー」
「卑怯だ! 最年少特権を発動する! 俺がエトさんの隣にいく!」
「バリアー」
「ぐっ、そんな子供みたいな技……」
勇者はそう言ったが、彼が言っていることも子供みたいな技なのでどうすることもできなかった。
そんなことを勇者と言い合っているうちに、そろりとクシャナが移動してきた。
手を握られる。
「あ! ずるいぞ!」
「……言葉を借りるなら、私は少し賢すぎたらしい」
「ぐぬぬ」
「世の中は弱肉強食。チャンスをつかめない弱者は淘汰される運命にあるのだ!」
「超感覚まで持っているのになぜ俺は負けてしまうんだ……」
勇者はしょげた。
「まあ、私のあいた手をかしてあげよう勇者君」とアリア。
勇者は「こうして互いに争った敵とも友情を深くしていくのもの定めか……」などとよくわからないことをつぶやいていたが、いったい彼の敵とはなんなのだろうか?
少なくとも強大な魔王とかではないようだ。
僕らはごろんと横になる。
クシャナが僕の手を少しだけ強く握った。
「……久しぶりだ。人の体温を感じたのは。この世界の人たちと仲良くしようとすると、なぜだかアウトサイダーだと気づかれて、シャドウドグマがやってくるんだ。……突然、町中の人たちが私を凝視する。魂の入っていない、作り物みたいに。一斉に、じっと、監視するみたいに目を離してくれない」
「……」
「でも、今はもう三人も仲間がいる。私は、贅沢すぎるぐらい幸せ者だ」
僕はそっとクシャナの手を握った。
「大丈夫、ここには僕たちがいる。どこにも、行かないから」
「うん……うん……」
夜の闇は深く、お互いの顔は見えなかった。
でも、僕の一言が、僕たちの存在が彼女の救いになるのなら。
それは、少なからず僕たちがここに来た意味があるということだと、そう思った。
そして、朝。
ぺしぺしと軽く頬を叩かれる。
甘い匂い。
僕は昨日と同じ裏路地で、横たわっている。
「起きた? お寝坊さん」
「……アリア」
「ふへへ。そういえば君の寝ぼけた顔、見たことなかったかも」
ふわあーと大きくあくびをして起きる。
クシャナは隣にいない。
勇者はいびきをかきながら眠りこけていた。
なんだか、将来、勇者は旅の途中で寝込みを襲われたりするんじゃないだろうか。心配だ。
そう思うぐらいの、親心が芽生えそうなほどの爆睡っぷりだった。
僕は勇者を揺さぶって起こす。目がパチリと開く。先ほどまで眠っていた者の目とは思えないほど、パッチリしていた。
「……もしかして起きてた」
「ぐっすりしっかり寝てました」
「ちょっとびっくりしたんだけど」
「勇者の特技で早目覚ましっていうのがあるんです。朝にすごくシャキッと起きれる能力です」
「……君ってよくわからない能力をいっぱい持ってるよね」
「勇者って覚醒得意そうですし、目を覚ますのも得意……? いや、知りませんけど」
僕はアリアにクシャナの行方を聞く。
アリアによれば、クシャナは外の偵察に出かけたのとのこと。
まもなくして、クシャナが戻ってくる。怪訝そうな顔。
「どうしたの?」と僕は聞いてみる。
「……それが、今日が一年の何日目なのかわからないんだ。町の様子はざっと変わっていないが、見覚えのない出来事が起こっている。エトたちが来た弊害で、一年という時間より前かあとに移動したのかもしれない」
「そういえば、一年の何日目っていうの、どうやって図ってるの?」
「そうだな。この世界のひとたち、結構なひとが通信機能を持った道具を持っているんだが、そこに日にちが書かれてるんだ。盗み見るっていうのも結構リスキーな行為で、シャドウドグマを引き寄せる可能性があるからあんまりできないんだが……」
「なるほど。じゃあ、今日はその日にちが見れてなくて、何日目なのかわからない、と」
「一応、どういう出来事があったのはこの日にち、みたいな感じで把握してるから、推測は立つんだが、今は五十日ぐらいか? その日に作られてた看板があったから、六十日目で壊れてしまう看板だから、今日はは五十~六十日目ぐらいってところか」
「もしかして、うるう年じゃない? 四年に一回しかないっていう日」
「といっても四年ではなく、一年を繰り返している世界だぞ? たまたまその日が、いままでなかった来なかった、なんてことは、ないと思うんだがなあ」
「うーん、どうなんだろうね」
どうやら、今までとは違う日に来ているらしい。
それは僕たちが現れた弊害なのか、なんなのか。
それはそうと、さっきから勇者が静かだ。物思いにふけっている様子。
どうしたのか、聞いてみる。
彼は唸りながら口を開いた。
「……なんていうか」
「うん?」
「……俺がもうひとりいます。超感覚がとらえてる。東の方です」
勇者は複雑そうな表情をしている。ドッペルゲンガー、という言葉が脳裏に浮かぶ。
「行ってみる? やることは決まってても、手掛かりはないし」
「いえ、やることはもうひとつありますよ。ここ、破滅都市エトワールの真ん中。そこに物凄く高い塔があるでしょう? あそこ、すごく怪しいってびんびん俺の中の超感覚がいってます」
勇者がそういうと、クシャナが焦った様子で言う。
「だめだ! あそこだけはだめだ! あそこはシャドウドグマの巣窟だ! 一匹でも絶対に勝てないのに、何匹もいるところにいくなんて自殺行為だ!」
それを聞くに、クシャナも塔に行ってみたことがあるのだろう。おそらく、その時に何人か死んでいる、そんな気がする。
「でもさあ、俺、シャドウドグマ?ってやつ、見たことないんだけど、エトさんと俺なら倒せるんじゃないか?」
「絶対に無理だ。やつらは細切れにしても何度でも復活する! おまけに一度見つかると魔力を辿ってひとりが犠牲になるまで永遠に追ってくるぞ! 確実にひとり死ぬんだ!」
その悲壮感に溢れた声音は、彼女がいままでいったいどんな目にあってきたのかをはっきりと物語っていた。誰かの、犠牲。
はっ、としてクシャナが我に返る。
「ご、ごめん。ムキになった、忘れてくれ……」
長く、白い髪がしょぼん、とうなだれた。
「……どうします、エトさん」
「そうだね。一度、勇者の言う違和感の方に行ってみようか。塔にいくのはそれからでも遅くない」
物事の保留とは、ある意味逃げだ。
しかし、急いては事を仕損じるとも言う。
明らかにそこが怪しく、難関に見えるなら、まずは身の周りを攻略したほうがいいかもしれない。
「じゃあ、勇者の意見に従ってもいいかな?」
僕はアリアとクシャナに聞いてみる。
アリアは快くうなずいた。
しかし、
「……私は、そこまで脱出の手段を探さなくてもいいと思う。ここは注意こそ必要だけど、きっと永遠に生きれる。だって、歳をとらないから。お金だって実質無限だ。毎日残高は元に戻るのだし。だから飢え死にすることもない。なら……なら、ここで生きていくっていうのも、ありじゃないか?」
クシャナは怯えるようにそう言った。
彼女は、その言葉が否定されるとわかっている。だがそれでも、言わざるを得なかった。彼女は、怖がっていた。
「クシャナ――」
「――ごめん、忘れてくれ。私が間違ってた」
彼女は後ろを向く。その表情を気取られないようにと。
彼女のいままでの経験。百年という歳月。多くの仲間を失ってきた痛み。
僕らはなにひとつ、真の意味で理解することはできない。その痛みも苦しみも、彼女だけのものだ。本気で仲間を思っていて、それで悲しんでいる、彼女だけのもの。
だから彼女の意思を尊重して、なにも言わなかった。
僕らは、彼女の意思を無視してでも元の世界に戻る手段を探さなくてはならないから。




