12 禁忌の大罪人
次回は無双
あれから、勇者とイブノアは変異の捜索を続けている。
最初の変異発見からは一か月たった。勇者はこの村の全員に認知されるようになり、好かれてもいる。
パン職人のおじさんとは特に仲がいいようにみえる。
「魂を込めて作ったパンを喜んで食べてもらえる。これほどうれしいことはない」
そう言い、よくパンを手渡している。
勇者はよく食べるほうらしいので、助かるとのことだ。二人の相性はとてもいいらしい。
デュースさんはまだ家から出てこない。食料はどうしているのだろうか、と思ったが、こんなことはいつものことだと、アリアは言っていた。
一か月はさすがに長いんじゃないか、本当に大丈夫なのか? さらにそんなことを聞いてみたが、閉じこもっていた最長の期間は二か月とのこと。
まあ、彼は凄腕の魔術師にして錬金術師でもあるので、そこらへんは自分でどうにかするのだろう。
僕もずいぶんとこの村に慣れてきた気がする。そろそろ、この村に帰ってきてからの滞在期間は、二か月を超しただろうか。
この村の様々な特色にも愛着がわいてきた。例えば、道を行けば植物に歌を聞かせ、成長を早くする特殊な魔法を使う村民がいたり、犬と散歩しているかと思ったらその犬と会話し、意思を通じ合わせているようなひともいる。聞いたところ、その人はたいていの動物と意思疎通が取れるらしい。
都市に行き、またこの村に戻ってきたからわかる。この村は特殊だ。都市にはない魔法がいくつもある。
炎や雷や氷ではない、戦いに特化していない、そんな魔法が。
それと、この村には面白い伝説がある。
ここは、大昔に祈りの種族が住んでいたとされる土地らしい。
祈りの種族が滅んだのは実に三百年以上前のことだ。優秀な者がよく排出され、結束力が強く、物語を描くことを得意とされる謎の多い種族。
といっても、昔の資料なので彼らのことはわかっていない。神聖断絶の時代に、昔の資料のほとんどが失われてしまったのだ。
今わかるのは、とにかく祈りの種族は優秀だった、ということだけ。
「エト―起きてー!」
僕は今、自分の家でぼーとしてる。
そうしていると、外からアリアの声が聞こえた。
「とっくに起きてるよ! ちょっとまってて!」と返事をし、少し身の整理をして、扉を開く。
扉の外にはアリアが立っていた。亜麻色の髪が、風になびく。
「えへへ。おはよう、エト」
「おはよう、アリア」
「さて」
「うん?」
「暇なら一緒に遊ぼう!」
「いいよ」
いつもの光景だ。デュースさんがいないから彼女の修練はちょっぴりあまくなる。余った時間、暇だからなにかしようと誘いにくる。
僕はそれに乗り、どこかにぶらりと出かける。
今日の彼女はスカートを履いていた。
いつもはズボンが多いから、珍しい。
「今日は『村民による村民のためのショー』があるんだあ。それが楽しみで楽しみで」
「うん、僕もそれ、いきたいな」
「決まりだね!」
聞くに、そこでは村人が作ったものが披露されたり、試食したりできる。
毎回これに全力を尽くすバブルおじさんというひとがいるらしく、手先の技でものを増やしたり、消したりするそうだ。マジック、というらしい。
バブルおじさんは水魔法の使い手で、登場するときは泡と共に登場するそうだ。
僕らは会場まで歩く。
その途中、パン職人のおじさんと出会い、「パンちょうだい!」とアリアが催促。
「まったく、仕方ねえなあ。腹ペコお嬢さんには笑顔が素敵なおじさんからプレゼントをやろう」とパンと素敵な笑顔(強面)が返ってくる。
アリアは嬉しそうだ。
「どれ、エトにもひとつやろう」
「ありがとうございます」
「お、いい笑顔するじゃねえか。素敵だぜ?」
ちょっとかっこいい声でそう言ってくるパン職人のおじさん。
なんだか少し笑ってしまう。
そうして、おじさんは去っていく。
「順調に餌付けされてるね」
「そ、そんなことないし」
「じゃあパン職人のおじさんと僕、どっちが好き?」
「おじさん!」
「ほら、みたことか」
村の中心部に近づいていく。『村民による村民のためのショー』がある場所へ。
歓声のようなものが聞こえてくる。祭りという雰囲気の、そういう声。
熱狂している、人々の声。
「もう始まってるみたい! いこっ!」
彼女に突然、手を握られる。
どきり、とさせられる。柔らかい女の子の手。
それは思っていた以上のもので、ひそかに動揺した。
僕らはもう、子供じゃない。
あの日、僕がひとりぼっちのときに手を握ってもらったのも、遠い思い出。
「走るぞー! おー!」
でも、彼女は依然、彼女のままで。
元気で明るく、他人を引っ張っていく性格。心地よく前に出てくれて、人の気持ちをよく考えてくれる、そういう女の子。
だが男として、なんだか彼女に手を引かれるのが悔しくて、僕は前に出る。
「お? 競争か?」
「なんでいつも勝負ごとになるの。いいよ、勝負してあげよう」
「ほほう、えらそうにぃ!」
「僕が勝つからいいんだよ!」
僕らは走る。
手をつないで。
……周りから見たら、珍妙すぎる光景だ。
二人三脚? なぜ手をつないでいる? あの二人はなにをやっているんだ?
走り終えたあと、周りから受ける誤解をとくのは大変かもしれない。
少し頭のおかしな二人組とでも言われてしまうかも。
でも、そういうのは別にいいか、と思うぐらい、無性に今の時間が楽しかった。彼女の隣にいる、今という時間が。
「は……はやいっ、エト、タイムタイム!」
「一応僕も剣士のはしくれだしね。魔法職のひとには負ける気はないよ」
「いちおう毎日走ってるのに~」
手が、離れる。
『村民による村民のためのショー』の会場に到着した。
アリアは息切れしつつも瞳を輝かせ、屋台のひとつに指をさす。
「エト! あれほしい!」
「もしかして僕がお金出すの?」
「おごってくれよ、小金持ちクン。私たち、友達だろ?」
「友達という言葉を盾に迫る悪い子にはだめかな」
「じゃあいい子にする! 買って!」
シンプルに直球でせがんでくる彼女に、思わず苦笑する。
たまにはこういうのもいいか、と思う。都市では男が女におごる風習もあったし、同じようなことだ。
僕らは、屋台の前へ。
アリアが屋台のおじさんに話しかける。
「こんにちは、おかしなおじさん」
「おかしのおじさんだ。あとできればお兄さんと呼んでくれ」
「こんにちは、おかしいお兄さん」
「わかった、もう俺はおかしなおじさんでいい」
そう言って、おかしのおじさんは拗ねた。
「おじさんおじさん! どうせこの日のために新作のおかし作ったんでしょ? それちょうだい!」
「二百ギルだ」
「高すぎ! 半額にして!」
「いやだ!」
おかしのおじさんの年齢は三十三だ。
彼はおじさん盛りなのかもしれない。
結局値段交渉で百五十ギルまで値段を減らし(しつこさの勝利だ)、新作のお菓子とやらを二つ買う。
手渡されたのはなんだか雲みたいなふわふわしたお菓子。ピンク色で、甘い香りが漂ってくる。
アリアがそれを一口食べる。「ん~」と頬をおさえ、幸せそうな表情。
「ふわふわして甘い! 雲を食べてみたらどんな味かなあって思ってたけど、想像通りって感じ!」
「わたがしっていうんだ。天才な俺が作ってしまったんだ」
「よくやった!」
「いいぞもっと褒めてくれ」
僕はそれを見て、なんだか穏やかな気持ちになる。
「おいおいエトさんよ、幸せそうな顔をしてるが、まだわたがしを食べてねえじゃねえか。わたがしを食ってから、最高の笑顔を見せてくれ?」
「そういうこというのは女の子だけにしたほうがいいと思いますよ」
「女……? ん、あれ、なんでお前知ってるんだ?」
「村中で噂になってますよ。ルーナさんとおじさんの仲が」
「……まてまて、弟だな、絶対あいつが面白がって広げたなぁ! ぶっ殺してやる!」
シャイで繊細なおかしのおじさんは悲鳴のような声を上げた。
それを横目に「次あそこいこっ」とアリアが美味しそうな匂いがする屋台を指さす。切り替えの早さと割り切りの良さは彼女の数ある魅力のひとつなのかもしれない。
彼女の瞳は輝いている。
僕は頷き、わたがしを食べる。……ずいぶんとふわふわしていて、甘い。口の中で溶けていく感触が、いつまでも食べていたいと思わせる、そんな甘すぎない甘さ。
ハイテンションで機嫌の良さを振りまく彼女。
次の屋台でも食べ物を買い、次の屋台でも食べ物を買い……彼女の真の狙いは、食べ物なんじゃないかと思った。
先ほど買った大きくて赤い飴を、アリアが舐めている。リンゴ飴。都市でもみたお菓子だ。
舌がちろちろと動いている。時には舌を絡ませてねっとりと舐め、艶めかしく、味わって食べている。
それを見ていると、多少の罪悪感のようなものを感じた。
なんでかって?
……ううむ、言葉にするのは難しい。
「どうしたの、エト。欲しいの?」
そんなひとり相撲のような葛藤をしてると、彼女が唐突にそう言った。
ふふん、とリンゴ飴を突き付け、挑発してくる。
「あげないよ?」
にっこりとそう言った。
しかし、
「うそうそ、冗談冗談。エトに買ってもらったものを独り占めするわけないじゃん。はい、あげる」
「いや、いいよいいよ。君が食べなって」
「遠慮するなよ~」
なんだか変な押し付け合い。受け取らせようとして、拒もうとして、結果としてリンゴ飴が地に落ちてしまう。
「あーあ」とアリア。
「もったいない~」
「ああ……ごめん」
「ん? いいのいいの! アリさんへの奉仕活動だと思えばいいし!」
「……前々から思ってたけど、君の心は広すぎる」
「七歳のころは女神になるんだ!って目指してたぐらいだからね」
「まあ、結果としていい子に育ってるね」
「えへへ」
ため息のようなものがでる。うんざりだとか、そういうものではなくて、なんだか安心したみたいな、そういう類の。
「君は昔から相変わらずだ」
「エトもそんなに変わってないもんね」
「お互い様だね」
「ずっと、こんな感じでいたいねー」
――ぼーん、と突然、なにかの音。
その方向を見る、大量の泡が噴出していた。
ステージの上に、男が登場する。
「みなさんお待たせしました! 私はみんな大好きバブルマン! 今日は最高のショーをお見せいたしましょう!」
アリアが言っていた、バブルおじさんだ。
マジックを披露する、シルクハットと口ひげが特徴的な、ちょっと丸っこい、気の良い中年。
「私の最初の芸! それにはアシスタントが必要です! おっとそこでこの祭りを満喫しているあなた! そうそう、食べ物を腕いっぱいに抱えている食いしん坊のお嬢さん! どうか哀れな道化師にお付き合いいただけませんか?」
アリアと僕は顔を見合わせる。
「呼ばれちゃった」
「いってらっしゃい、食いしん坊のお嬢さん」
「うむ、行ってくるぞよ。私の大切な食べ物たちを頼んだ」
そういって食べ物を預けられる。
結構持っているのは大変だ。とれあえず、近くのベンチに座ることにする。
屋台に囲まれているベンチ、目の前にはショーのための舞台。
アリアがわくわくとしながら、なにを言われるか待っている。バブルおじさんことバブルマンは、棺ぐらいの大きさがある、大きな箱を舞台裏から持ち出した。ひとが入れそうなぐらいの大きさだ。
そして、丸太と剣を用意する。
バブルマンは剣を持ち、その丸太を真っ二つに切り裂いた。
拍手が起こる。
「さて、このしがない中年がつまらぬ芸を披露したところではありますが、これは本題ではありません。この、いかにも鋭い剣、これを人の入った箱に刺したいと思います! おっとご注意を。犠牲になるのはこの可憐な少女ではありません! この少しおなかの出た、わたくしことバブルマンが入らせていただきます!」
周りから笑いが起こる。バブルマンはおなかをたぷたぷと揺らしていた。
バブルマンが、自分で用意したその箱の中に入る。
「勇敢な少女よ! そのつるぎを私に向かって刺すのだ!」と吠える。
アリアは少し不安げに、ゆっくりと箱を刺した。
バブルマンが「痒いなあ」と言う。ダメージを負っている様子はない。
一本目を刺したことで、アリアは安心したようで、テンポよく剣を刺していく。なかの人がいくら身をよじろうと、かわせないぐらいに剣が箱に刺さっていく。
最後の剣を刺した途端、舞台が泡で包まれた。
なにも見えない。
そして泡が晴れると、バブルマンが無傷で箱の横に立っていた。
「わたくしバブルマンは危ないところを、泡になることによって抜け出しました! 無事生還したわたくしめに拍手を!」
ぱちぱちとなる拍手。
観衆はみんな笑っている。普通に感心してぽかーんとしている人もいる。
都市ではこういうマジックショーはたまにやっていた。この村だと、そこまで見る機会はないのだろう。
アリアが戻ってくる。
「どうだった?」と聞くと、
「すごかった」と満面の笑み。
我らが食いしん坊お嬢さんは、マジックがお気に召したらしい。
それから、僕らは目の前で繰り広げられるマジックを楽しんだり、食べ物を買ったりした。他にも、自称世界一汚れが落ちる洗剤を作ったという実践販売が行われていたり、獣の肉をその場で捌くショーが行われていた。
祭りは楽しかった。
というより、楽しんでいるアリアが、僕を楽しませていた。
ひとの喜びを感じる。楽しそうな彼女の笑顔を見ている。
それで……なんだか僕も、満たされたような気がした。
「楽しかったねー」
祭りが、終わる。
村人が片づけを始めた。
今は夕暮れ時。ほのかの熱の残滓を残しながら、寂しいような、晴れやかなような、そんな終息に、向かっている。
僕とアリアはお世話になったひとたちの片づけを手伝う。
今日は、楽しかった。
その時、遠目に鎧の集団を発見する。
こすれる金属と、地を踏み鳴らす音。
三十人ぐらいの、結構な規模。
旗を掲げ、見るからに騎士、という風貌の集団が、こちらに向かってきている。
なんだろう、と思っていると、その集団のリーダーらしきひとが大声で叫んだ。
「われらは神聖騎士団ユーシド! 神聖国ユクシッドに所属するものだ! 諸君らに問いたい! 我々は、デュークレイトスという魔術師を探している! この異端者は数々の集落を滅ぼした罪人だ! かばいたてようものなら――諸君らを皆殺しにする」




