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破滅のエトワール  作者: ペペペルチーノ!
破滅の力を担う剣士
10/23

10 破光色 圧倒

 原初の森オリジンガーデン

 それがこの森の名前だ。

 昔はフェアリーやエルフ、ユニコーンやペガサスといった伝説上の生き物が生息していたらしい。もっと言えば、原初の森の近くにある土くれの洞窟にも、ドワーフがいた、とされている。

 しかし、今のこの森も洞窟も、ただの森と洞窟だ。

 普通の生き物ばかりが住む、平和な場所。魔獣が発生することすらない。


 この世は、人間が支配している。

 昔は、エルフなどといった他種族がうまく人間と共存していた。敵は魔族だった。それを倒すのは勇者の役割だった。


 今は、そのどれひとつとして存在しない。そんなものはまやかしだ。作り話だ、物語の中にあるものだ、なんていう風にされている。


 勇者が存在する以上、それらは本当に昔はいたのかもしれない。しかし――今は、人間がこの世を支配している。

 人間に敵はいない。人間の敵は人間だけだ。

 人間は繁殖し、技術を発展させ、どんな場所にも対応した。この世は人間だらけになった。


 原初の森。昔は伝説がここに潜んでいたのかもしれない。

 でも今はともかく、普通の生物しか存在していない。


 僕とアリアは、薄暗い森の中を進んでいく。

 気の密集がすくない獣道。そこを通って、目標へと進んでいく。

 この先にかすかに気配があった。

 それは、異変。歪な塊みたいな、感じるとむずかゆくなるような、そういう気配。


「なんていうかさー」


 アリアが僕の肩をつついてくる。

 彼女は僧侶のような恰好をしていた。かわいらしいレースで身を着飾り、その透明感は聖女を思わせる。


「狐とか、見たいね」

「狐?」

「なんでもいいんだけど、平和に終わったら動物見たい。モフモフしたい」

「逃げられるでしょ」

「捕まえるんだよ!」

「食べるの?」

「食べないよ!」

「なんだか意外だ」

「……私のことなんだと思ってるの?」

「食いしん坊」


 気楽な会話だ。

 進む先で、木の枝を何本か折っておく。大丈夫だとは思うけど、道に迷わないために。


「こんなにスマートで綺麗な女の子を食いしん坊呼ばわりするなんて」

「違うの?」

「違うわないけど」


 彼女は食いしん坊だった。


 そんな会話をしながら、遠くで大きな気配を感じて、しっ、とアリアに合図する。

 気配が濃くなっている。異変はこの先にある。気づかれないように、ここらへんで声を潜めなければ。


 ジャンプして高い木に登る。下で「おおー」とアリアが驚くのを聞きながら、異変の方向へと目を凝らした。


 そいつ(・・・)は一目で異端だと分かった。

 白く、細長い体。昆虫の目。両手には鎌がある。


 ――カマキリ。

 しかし、それにしては色がおかしいし、なにより……大きすぎる。


 そいつは僕らの五倍ぐらいの大きさはあった。

 目の前の獲物を捕食している。まるまると肥えた鹿が、食い尽くされていく。


 ――そして。


 そいつは、変だった。どこかで見たかのような既視感。絶対にそんなことはないのに、通じ合うなにかがある。僕とこの白いカマキリは、なにかが(・・・・)共通している(・・・・・)


 突然、カマキリが目を剥いた。白かった目が赤くなっている。触角がひくひくと動く。


 ――そいつは僕を見た。

 ――僕を感じとったったのだ。


「気づ……かれた?」


 呆然と呟く。


《逃げろ、危険だ》


 警告。


《どんな能力を持っているかわからない。君が昔戦った変異生物だ。なんの情報もなしに突っ込めば、死んでしまうかもしれない》

『でもたぶん、あいつはアリアよりも足が速い』

《そうだね。じゃあそこの女の子は囮にすればいい。情報も手に入れられて一石二鳥だ》


 それは、『彼』のやり方だった。極力危険を避け、自分が勝率の高い台に上る方法。

 誰が犠牲になろうとかまわない、勝つための方法。

 そういうところだけは、どうしてもそりが合わなかった。


 アリアを見捨てるわけがない。そんなことは、ありえない。


 知らないよ? と彼が言う。


 ひとを見捨てたら、死んだおじいちゃんに顔向けできない。アリアを死なせたら、僕は自分を立派な人間だと思えなくなる。

 だから僕は、彼の言うことを聞かない。


《……能力の方向性はわからない、しかしともかく、能力の幅は相当に大きい相手だ》


 カマキリが腕を振りかぶる。こちらとカマキリの距離は、およそ一キロ。

 バカな、と思った。まさか……まさかそこから、届くのか?


「アリア!」


 木の上から飛び降りる。彼女の目の前に。


 ――烈風が吹き荒れる。


 風の刃が、木を切り刻み、切り倒して向かってくる。

 僕は静かに剣を構える。


《かまいたち、か》


 風の刃――かまいたちは、僕の目の前で静かに消えた。

 魔法は僕に通用しない。


《運がよかっただけだ。君は魔法に対して相性が抜群だから、助かっただけで》

『わかってるよ』


「エト、さっきの、なに……?」


 音を立てて倒れていく木々を見ながら、アリアが言う。


「敵の攻撃だ」と僕は答えた。


「魔法攻撃なら絶対に防げる。アリアは魔法の準備を。雷魔法で頼む」

「う、うん!」


 彼女は魔法と治癒術を使える魔法僧侶。

 治癒のレベルは高く、また、魔法は師匠譲りの強大さを持つ。


 彼女が詠唱を始める。

 ふわり、と亜麻色の髪が持ち上がる。周りでは黄色のルーンが浮かび、羅列される魔力がひとつの形へ組み立てられようとしている。


 僕は遠くにいるカマキリを、睨めつける。


「――来い」


 かまいたちの一撃で、大幅に視界が開けた。

 白いカマキリは大きく、ここからでもその姿がよく見える。

 距離にして一キロ。しかし、カマキリは近づいてくることはせず、再びかまいたちを放つ構えを取った。


「アリア、全部防ぐ。僕を信じて」

「――もちろん!」


 再びカマキリがかまいたちを放ってきた。

 それはひとつやふたつではない。

 何回も何回も腕を振り回し、放たれるかまいたち。


 視界にある木々がどんどん切り裂かれていく。

 倒れては倒れ、その様はまるで終わりがないかのよう。

 そんないくつものかまいたちも、すべて僕の目の前で消えた。

 魔法は、通用しない。


 副次効果として切られた大木が僕らのいるところへと倒れ掛かってきた。

 それを振るう剣閃によりすべて切り払う。

 アリアの邪魔になるものは除去する。


「キシャーーー!」


 怒り狂った白のカマキリがこちらに向かって走ってくる。

 しかし、そこからでは距離が遠い。先にアリアの魔法が完成する。


 近づいてくる。赤くぎらついた目。アルビノの体にその赤さは、よく目立った。もしかしたら、あの目が異常なまでの力の源なのかもしれない。


「アリア、撃って」


 距離にして三百メートルになるかならないかというところで、そう囁いた。


「穿て、絶大なる迅雷よ。バルギルド」


 ――膨大な雷撃が視界を埋め尽くす。


 通った場所が消し炭に。

 帯電する道が目の前に続いていく。


 白いカマキリにそれは直撃した。


 しかし、


「うそ……効いてない……」


 魔法の消耗か、アリアが荒い息を吐きながら、絶望した声でそう言った。


「いや、十分だ」


 致命傷に至ってはいない。

 しかし、奴は今、しびれている。

 動けないでいる。

 ならば、十分だ。


《やめろ、その技は不完全だ》


「――二つ目の破光」


 一気に走って距離を詰める。

 特殊な歩法で、勇者以上の速さで。


 白いカマキリが眼前に迫る。

 睨めつける赤い目をまっすぐ受け止めながら、僕は前へ。


 破滅の力は万色にして無色そのままでは使えない。だから、色をひとつ確定させる必要がある。

 今回、僕が使うのは、青色。

 青を纏った破滅の力は、なにもかもを貫く一撃へと変化する。

 それこそが、この第二の破光。


「――青槍破せいそうは


 青く光る剣で、その心臓部分を穿つ。

 血は、でなかった。この特殊な生物は、心臓一つをつぶされたぐらいなら平気らしい。

 ぐぐぐ、とカマキリが動く。

 ダメージは負っているが、まだ死んでいない。おまけに、麻痺が解けている。


 そして、僕の右腕は壊れていた。

 不完全な破光を使用した代償。


《もうやるしかない。もうひとつの破光を使って、叩き潰せ》


 言われなくても、そうするつもりだ。

 力の入らない右手で剣を引き抜き、左に持ち変える。


《三つ目の破光》


 黄色の気が僕の身体から溢れ出す。

 黄色は、力を振りまくことに長け、範囲的に周囲を破壊しつくす力。一点攻撃がだめなら、この巨体を丸ごと消せばいい。

 破滅の力がひとつの色に染まる。


「第三破光・黄双螺旋おうそうらせん


 その黄色の気を最大限まで剣に充満させ、力と共に振るってまき散らす。

 あふれだす黄色のエネルギーがカマキリに叩きつけられる。

 跡形もなく、消し飛ばす。


 それで終わりだった。

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