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アナタを殺す二十の方法  作者:
間宮日南が津軽蓮司に近づく十の方法
3/4

第三の方法「私はね、日南が可愛いの」

※他視点あり

 恋とはどんな味だろう。

 私にとっての恋は絵画のようなものだ。キラキラ光って綺麗で、光の加減によって深みのあるものに変わる。見る人によって、綺麗なものにも価値のないものにも変わる。それが、私の恋だ。しかしある本の一説によると、恋とは甘くほろ苦いものだといっていた。甘いとは、どのくらい甘いものだろう。ほろ苦いとは、珈琲よりも苦くないということだろうか。

 どのくらい?どんな味?私の恋の味はどんな味?

 ずっと、恋は視覚だと思っていた。目に見えるものを網膜に焼き付けることだと。じゃあ、私の恋は。私の恋はどうなるのだろう。噛めば噛むほど味が出るんだと誰かが言う。ならば私は、視覚でも恋は変わると声を大にして言う。だってこれは答えのない問題だ。私の答えだって間違っていない。一律のものであるなら、私が異端だと認めよう。でもきっと、これは一律じゃない。

 あの子の恋は苦くて、あの子の恋はとびきり甘い。あの子の恋は酸っぱくて、じゃあ私の恋は無味無臭だとでも言うのだろうか。

 恋とはどんな味だろう。

 私の恋に、味はあるのだろうか。



    第三の方法



 私が津軽蓮司という男に恋をして告白をしたあの日から、早くも夏がやってきた。

 現在において、祝日休日を除いて一度も告白をしない日は来ていない。皆勤賞だ。もちろん悲しいことに、玉砕回数も皆勤賞だ…。


 「そ、そこを何とかお願いします…!」

 「あのねぇ間宮サン、」

 「だっ、だだだだって!他でもない(ナガレ)くんのお誘いなら津軽くんだって来てくれるよ!?」

 「事態はそう簡単じゃないと思うんだけどねェ。」


 ちょうど私は、廊下の窓際で茹だるような暑さとは別次元にいる男と話し込んでいた。目の前の男は、猛暑など一切存在しないかのように涼しげに扇子で顔や首付近を扇いでいる。薄っすらと汗の滲んだブラウスに顔を顰める私と対称に、彼の顔つきは余裕を持っていて何処か雅だ。

 そんな雅な彼こそ、津軽くんの一番仲の良い友人、流冬樹(ナガレ フユキ)くんである。必死に頭を下げる私に、馬鹿を見る目で哀れむような表情をしているのはこの際捨てておく。何せこのやりとりは四月に入ってから何十回も行われて来たものだ。最初こそニヤニヤした顔で見られたが、ここまで来ると可哀想な生き物を見る目しかしなくなった。からかいから同情に変わる瞬間を見た気がする。恋する乙女に、そんなもの痛くも痒くもない…たぶん。

 兎も角、そんな流くんに、今日はあるお願いをしに来た。


 「そこを何とか!」

 「いや、あのね?俺が誘ったとしてもあの暑いの嫌いな蓮司が態々外に出ようとするとは思えないのよ。」

 「ぜっっったい大丈夫!問題ない!流くんなら、津軽くんを夏祭りに誘って会場まで連れて来てくれるって信じてる!」

 「それ強制っていうんだよ。間宮サン頭大丈夫かな。」


 両手で拳を作り、流くんに力説する。どれだけ言っても引く気のない私を見て、はぁ、と溜息を吐いてスラックスのポケットからスマホを取り出した。


 「分かりやすく説明すると、俺が誘ったとして、何でこのクソ暑い中野郎二人でカップルだらけの夏祭りなんて行こうと思うのかって言ってんの。ましてアイツ、夏は蒸し暑いから嫌いだって豪語してるやつだよ。間宮さん知ってるでしょ。」

 「うん!でも津軽くんと一番仲が良くて何時も苦楽を共にしてきた流くんなら、」

 「いくら俺が風流心のある美男子だからって男色にしないでくれるかな。」

 「え、え?」

 「え?無自覚でそれやめてくれる?」


 ニコニコと自信を持って流くんに言うと、頭を鷲掴みされてペイッと勢いよく下に投げられた。いきなり下がった視界にしばらく混乱していると、流くんが突然何事かを叫んで、頭をガシガシと強く掻き毟り始めた。すると落ち着いたのか、ゆっくりと私の方へ視線を向ける。


 「つーまーり、自分で誘えばって言ってんのね。」

 「やだよ、誘ったって絶対津軽くん来てくれないもん。だから流くんが誘って、私と真理が合流すれば完璧ということです!」


 そう、私が誘っても津軽くんは決して「うん。」と言ってくれないと思うのです。いつまで経っても、「無理。諦めて。」と取りつく島もない言葉ばかり。結局外で会う約束を取り付けられたのもたった一度だけ。周りの人から見れば、脈なしの人を相手にそれだけでも儲け物なのかもしれない。でも、ほんの少しずつ近づく距離に、私はどんどん欲張りになってしまう。もっともっと、近づきたい。彼のその瞳を、確かめてみたいのだ。


 「少しも完璧じゃないよ。間宮さんが来たことで蓮司が帰ったらどうすんの。」

 「ハッッ…わ、忘れてた!」


 その可能性だってあったんだ!

 津軽くんが私の誘いに乗らないのと同様に、私がいることを告げずに出会ったら津軽くんは帰ってしまう。もし、流くんの誘いで夏祭りに来た津軽くんが、後からひょっこり合流した私を見たらどうなる。「アンタ最悪だな。」そんなことを言われてしまうかもしれない。それは嫌だ!


 「な、ななな流くん。やっぱりさっきのお願いはなかったことに…。」

 「いやぁ、そういうのは駄目だよ間宮さん。俺が提案したときに承諾しておけばよかったのにばっかだなぁ。」

 「ええええ!横暴だよ!学食限定とろとろクリームブリュレをあげるからなかったことに、」

 「それは前の“約束”だよね。一括にしようだなんて間宮さんも悪い人だなぁ。蓮司に告げ口しちゃお。」

 「流くんんんん!」


 そうやって自分が優位に立ったらすぐ人の揚げ足をとるんだから、流くんは悪徳商人だ。困ったな。これ以上連続で高価な供物を捧げるのは嫌だ。かと言って、流くん以外で津軽くんの情報をくれる人はいない。高い買い物だと取るか、破格の値段だと取るか。これは究極の選択かもしれない。


 「大丈夫だよ。俺に頼らず蓮司を誘えばいい。ダメだったら俺が誘ってあげる。」

 「ほ、ほんとに?」

 「ああ。嘘は吐かない。その代わり、間宮さん単体で蓮司が行くって言ったら、二人きりで行っておいで。」

 「ふぉお…!」


 そんな贅沢なことが起こり得るのだろうか。流くんの提案はまるで甘い誘惑だ。うっかり頷いてしまいそうになる。しかしそこは悪徳商人流くん、この行動に何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。

 ダメダメ、私ったら、なんて酷い女なの。流くんはきっと善意で言ってくれてるはずなの。善意、そう善意よ!

 葛藤する私を他所に、流くんはスマホで何事かを打ち終えたのか、またスラックスのポケットの中へと戻して、にこりと私に笑いかけた。


 「そうと決まれば早速報告しなきゃいけないね!」

 「え。」

 「おお、丁度帰ってきた。」

 「ちょ、…っと待って流くん。そんないきなり言っちゃうの?早くない?ねぇ早くない?」

 「あっ、おーい!蓮司、斎田さーん!」


 善意…?




◆◆◆




 俺は、食堂付近にある自販機へと足を運んでいた。冬樹がコーヒーを買って来てくれといきなり頼んで来たからだ。アイツが好んで飲むコーヒーのところでボタンを押すと、後ろから声が掛かった。

 これはたぶん、最近になって聞きなれた女の声だ。

 

 「あら、津軽じゃない。こんなところで奇遇ね。」


 よく言うよ、俺がここにいることくらい知ってたに決まっている。手に取ろうとしていた缶コーヒーを一先ず自販機から取り出し、溜息を吐いて、相手へ向き直すために立ち上がった。


 「…こんにちは、斎田さん。」

 「ええ、こんにちは。モテ男の津軽くん。」


 一言話すだけで容赦無く含まれる毒に頭痛がしてくる。俺は彼女に何かしたのだろうか。


 「何か用?」

 「別に。特には無いわ。ただ、ちょっと言っておこうかと思って。」


 歩きましょう、そう促され、何処に行くのかも分からないまま、彼女の少し後ろを着いて行くことにした。もしかしたら、缶コーヒーはぬるくなってしまうかもしれない。


 「何が何だか分からないって顔してるわね。まあそうでしょうけど。」

 「…俺と斎田さんに接点は無いからな。」

 「あるでしょう、接点。」


 間宮日南。

 接点という言葉で浮かんだその名は、とっくに聞き慣れた彼女の名前。どれだけ強く酷くあしらっても、彼女は俺に笑顔を見せる。一つのことを反復するしかない動物であるかのように。まるで、太陽にしか顔を見せない向日葵のように。その姿はどうしてか、強烈に眩しく映ってしまう。

 一体アンタは、どれだけ酷くすれば消えてしまうのか。逆に、何処までなら俺を許容してしまうのか。泥沼に片足を突っ込んだ無知な子供のように、足をとられて抜け出せなくなってしまうのかと恐怖すら感じる。

 ただ、それはきっと。


 「日南はアンタなんか選ばないわ。」


 杞憂に違いないと。


 「そんなのどうでもいい。俺と間宮は平行線だ。」


 俺がアンタを見ないなら、この関係は交わりはしないと。だから何処にも行けやしないのだと。どうでも良いことをツラツラと並べ立てる。ああ、なんて滑稽だ。

 舌打ちしそうな内心を隠して、斎田真理に視線を向ける。すると、斎田真理は俺を射抜くような鋭い眼光で睨みつけた。


 「アンタの答えなんて聞いてないのよ。最終的に選ぶのは日南よ、勘違いしないで。」


 今日の斎田真理は、いつにも増して威圧的だ。この女は殊更、間宮日南のこととなると辛辣になる。それは誰に対してもなのだろうが、ここ最近はたぶん、俺に対して、という意味合いが近い。


 「私はね、日南が可愛いの。」


 だろうな。アンタの間宮日南への態度を見ていればよく分かる。あんなに間宮を拒絶していた俺が、彼女を突き放せず受け入れ始めてしまったその瞬間を、アンタが見つけてしまったように。他人に興味を持つ気がない俺にも、何となく見えてしまったのだから。


 「本当はアンタのことなんか見て欲しくない。間宮日南は幸せにならなきゃいけない人間だ。なら、尚更アンタみたいな男に間宮日南を渡すことは出来ない。」


 冷え冷えとした視線が俺から床へと逸れた瞬間、ぐしゃりと勢いよく翳る。それは決して、間宮日南へ見せはしない表情だ。きっと俺にも見せる気はなかっただろう。このプライドの高そうな女が、自分が最も大切にしている存在を蔑ろにする俺に、弱みを見せるはずがない。どれだけ俺が興味を示さない(・・・・・・・)人間だったとしても。それほど斎田真理は悔しがっている。


 「でも、だからこそ言うわ。」


 何も喋らない俺を、斎田真理が見つめる。この女と俺は似ている。だからこそこの女は、俺に対して嫌悪しているのではないか、と考えてみるが、どうもしっくり来ない。興味のないことに対して思考するのは億劫だ。考える気がないからこそ、空回ってしまう。


 「もし、津軽蓮司という一個人が間宮日南に対して何か思っているのならば、間宮日南から目を離さないで。」

 「…斎田さんがしておけばいいだろ。何で俺にそれを言うわけ。」

 「私じゃ足りないから、日南が好いてるアンタに言ってるのよ。」

 「…理由は。」


 斎田真理には俺の言葉は聞き分けのない子供の返事のように聞こえているのだろう、次第に声のトーンが大きくなっている。俺達が向かっている場所も、段々と二年生の階へと進んでいる。生徒達の会話がガヤガヤと煩いおかげで、このやりとりが広まってしまうほど聞こえることはない。

 僅かに安堵した途端、スラックスのポケットに突っ込んだスマホが震える。しかし俺は、斎田真理の言葉を聞くためにスマホを放置した。どうせ相手は冬樹だ。急な横槍に胡乱げな目で目配せした斎田真理に、先に話してくれと首を振った。


 「あの子、危なっかしいのよ。分かるでしょ?」


 確かに、言われてみれば危なっかしいかもしれない。少し親切にしただけで、ころっと誰かに騙されてしまいそうな。何もないところで転けてそのまま大怪我してしまいそうな雰囲気がある。だからと言って、第三者に近しい俺からすると、鉄壁の斎田真理に手に負えない事態になるのかと聞かれればそうだと断言出来ない。


 「だから?」

 「今のアンタに言ったって分かりはしないわよ。ただ、覚えておいて。“間宮日南”はすぐにすり抜けていくってことを。」


 ああ、全くもって分からない。理解しようとも思えない。俺にとって間宮日南は、過剰なほど笑顔を向けてくる向日葵だ。押し売りはやめろと、その笑顔は要らないのだと、オマエがなくても生きていけるのだと、何度言っても引きはしない。そんな厄介な存在なんだ。消えたって構いはしない。

 だってアンタ、どうせ消えないんだろ。


 『津軽くんはこれが好きなんだね。だから色んなことを知ってるんだ。』

 『うるさい。ていうか、何でアンタそんなこと分かるんだよ。』

 『だって、津軽くんの目がビー玉みたいに輝いてるから。』

 『ほんと恥ずかしいやつだな…。』


 そうやってアンタが俺を見るから。アンタのせいで俺は、安心できなくなってしまった。


 「あっ、おーい!蓮司、斎田さーん!間宮さんが、蓮司と夏祭りに行きたいって、」

 「わー!わー!やめてよ流くん!」


 二年生の階まで到達すると、階段付近の廊下で冬樹と間宮が何やら騒いでいた。こちらに身を乗り出そうとする冬樹の身体を、小柄な間宮が腰を抱いて引き止めている状態だ。ここまで騒げば、当然注目される。案の定廊下にいる生徒の目の大半がこちらに向いてしまった。なんて面倒臭いことを…。


 「やだ日南ィ、津軽と夏祭りに行きたいの?玉砕記録更新中なのに?」

 「やだもう何でそこで心を抉るかな!」

 「津軽じゃなくて貧弱くんと行って来なさいよぉ。今日も電話くるんじゃない?」

 「やめてよぉ!ナチくんは絶対いや!」


 俺の前にいた斎田真理は、すかさず間宮のフォローに入っているのか何なのか分からない突っ込みをしながら、間宮の元に近づく。不意に間宮達から視線を外し、腰を抱かれたまま蚊帳の外になった冬樹を見ると、風貌に見合った怪しげな笑みを俺に見せた。何の合図だよ、それ。


 「まーみやさん。蓮司、行かないって。だから俺と一緒に行こうね。いつも一緒にいるから今更変わんないよね?」

 「変なこと言うのやめてよ、揶揄ってるでしょ!もう流くんはいい!絶交する、」

 「行く。」


 あ。

 そう思った瞬間、この場にいる三人以外からも驚きの視線を受けた。俺だって、自分が言ったことに驚いている。夏祭りなんて絶対に行きたくない。暑いし、汗かくし、煙が移るし、人混みばかりで良いことなんてほんの少しだ。だけど、俺よりも親しげな冬樹と間宮の様子を見ていたら、何故か口からするりと言葉が抜け落ちてしまった。何なんだ俺。この間から、訳がわからない。自分自身のことなのに、ちっとも分からない。


 「あの、津軽くん。無理しなくていいよ?暑いのダメなんでしょ?私のことは気にしなくてもいいよ。」


 分からないんだ。


 「いい。行く。」


 だってアンタ、俺が行かないって言ったら他のやつと行くんだろ。俺のことなんて、そっか、ごめんね、そんな一言ですませてしまうんだろ。俺はそれがとても、


 「…津軽くん?」


 間宮の俺を呼ぶ声に、沈みかけていた思考がハッと現実へと浮上する。様子の可笑しい俺に、何を思ったのかじっとこちらを見つめ始めた。

 きっとこれは夏バテだ。初夏の暑さを舐めていた、夏から俺への意表返しなのかもしれない。だからこんなにもくらりとする。


 「行くから。今年は、飴細工の屋台に寄るって従姉妹と約束してるし。」

 「よかったね間宮さん。よかったついでに俺も一緒に行こうかな。」

 「話が違うじゃん!流くんの嘘つき!」


 小学生になりたての従姉妹を引き合いに出すなんてどうかしてる。間宮越しに見た冬樹はまた、怪しげな笑みを浮かべて俺を嗤う。もう、わけが分からなくて頭が混乱してきそうだ。

 いつの間にか俺の横にやってきた斎田真理は、まるで同情するかのように軽く右肩をぽん、と叩いた。勘弁してくれ、この女に同情されたくない。


 「何で?保護者が来るのは当たり前でしょう?間宮さんの大好きな蓮司が、俺がいることによって何の苦労もせず来てくれるんだよ?嬉しいでしょう?」

 「うっ、うううう…。」


 相も変わらず、間宮弄りを楽しんでいる冬樹。冬樹の言葉に誘惑されているらしい間宮は、唸り声をあげて蹲ったかと思えば、バッといきなり顔を上げた。


 「津軽くん、好きです!」


 ああ、また。


 「無理。このイチゴオレやるから、今日も諦めて。」


 水分が欲しい。俺が、この夏から抜け出すために。

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