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アナタを殺す二十の方法  作者:
間宮日南が津軽蓮司に近づく十の方法
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第二の方法「ほら出た、アンタの“悪癖”」

 私の初恋は、アイドルに憧れる感覚に似たようなものだった。

 相手は強くてカッコいい近所のお兄さん。ライオンみたいな人で、みんなのガキ大将だった。当時小学生だった私から見ても、あの人を好きにならない人はいないんじゃないかと言うくらい、人間としても男性としても魅力に溢れた人だった。そして私もその例に漏れず、あの人を好きになった。当然、高校生のあの人からすると小学生の私は恋愛対象に入るはずがない。恋が何か分からなかった私は、彼のことを追いかけ回して散々迷惑をかけてしまった。

 それから数年後。結局のところ、彼が社会人になり海外勤務が決まったとき、決定的なことを言われた。


 『お前と俺とじゃあ、年が離れすぎてて犯罪になるだろ。俺が日本に帰ってきて、お前がもう少し大人になったら考えてやるよ。』


 もう少しって、どのくらい先のことだろう。あのときは漠然とした答えに、どうでもいいことを考えたものだ。あの人の言葉を意訳すると、子供に興味はないから諦めてくれと言うことだろう。だって、彼が帰ってくる日がいつになるのか私は知らないのだから。耳触りのいい言葉を言って、私を振ったのだ。もっとハッキリ言ってくれてよかったのに。


 『ヒナ、じゃあな。』


 この言葉を最後に、私とあの人の道は絶たれてしまった。あの人は海外へ、私はそのすぐ後に隣県へ引っ越してしまったからだ。ここら辺は諸事情により割愛させていただく。

 小学校高学年という大事な時期に引っ越したものの、特に問題なく中学生になった。県外の子も通える私立の中学に入ったおかげで、真理と再会し楽しい中学校生活を送った。そうして中学二年生の冬、私は次の恋を見つけてしまう。

 次の恋の相手もまた年上で、個別指導塾でバイトをしていた大学生のお兄さん。初恋のあの人とはまた違った、引き込まれるような魅力を持つ人だった。見た目は少し派手で軟派に見える人なのに、中身は女性が苦手で男女付き合いにさえ潔癖な人。年上の魅力にはどうにも抗い難いものがあるのか、私はドンドン魅了されていった。最初の頃はあんなに無邪気な笑顔を見せてくれていたのに、いまは不機嫌そうな顔ばかり。たかが中学生と言えど性別が女、その上先生のことが好きだと本人に言ってしまっている。授業のときはキッチリ教えて貰っているものの、プライベートな会話はずっと拒絶されていた。

 正直、失敗したなと思った。授業中じゃなかったとしても、ただの生徒が立場も考えず伝えていいものじゃなかったんだ。自責の念はずっと付き纏った。受験のために通わせてもらっているのに、なんて馬鹿なことをしたのだろう。先生が私を嫌うのは当たり前だ。申し訳なく思った私は、中三の夏、塾を辞めることにした。ちょうどその頃、元々勉強を教えてくれていた私のお姉ちゃんの容体が良くなってきたからだ。何かの巡り合わせかのようにタイミングが合ったのだ。


 『睦月(ムツキ)先生ごめんなさい。』

 『何が。俺にアイス奢らせたこと?それとも、いつも付き纏ってること?』

 『…どちらもです。』

 『後者は今更のことでしょ、俺のこと馬鹿にしてんの。』


 塾を辞める旨を伝えようとしたはずなのに、不機嫌を通り越して無表情になってしまった先生に何も言えなかった。


 『俺は赦さないよ、ヒナちゃん。俺に好きだとか恋だとか押し付けといて、ヒナちゃんはそのままなんだ。それなら一生赦さない。』


 結局伝えたいことも言えないまま、先生の授業に一度も当たることなく塾を辞めてしまった。


 高校に入ってから、凪いだような時間を送ることが多くなった。ふと見つけた絵画販売の専門店に立ち寄って、絵画を見ることが多くなった。高一の頃はそこでバイトをしていて、青色の空間に包まれる時間が大好きだった。そして津軽くんを見つけたとき、彼のビー玉のような瞳に、私の大好きな青色の空間を感じ取った。

そこからはいつも通り。恋の階段を降りて行く日々。それでも、幾ら距離が縮まろうとも、私はきっと津軽くんへの思いが成就しないことを知っている。

 だって私の恋は、いつだって報われることがないのだから。



    第二の方法



 津軽蓮司という男を知らない人間は、少なくともこの校内に居やしない。多めに見積もって、隣の隣の隣の学校の人間だって知っている存在だと言える。

 津軽蓮司は極上の生ける彫刻だ。ビー玉のような両目は、光の加減によってトパーズのように輝く。肌なんて普通の人と同じくらい日を浴びているのに、そうとは思えないほど白い。かといってヒョロくさい男かと思えばそうじゃない。運動は一通り出来るらしく、いつも好成績を残しては運動部の勧誘を受けている。噂では喧嘩も強いんだとか。

 天は津軽蓮司の上に二物以上のものを与えたようで、勉学に関しても優秀らしい。性質も至って善行で、津軽蓮司目当てのようなあからさまな人は助けずとも、お年寄りや困っている同級生にそっと手を貸すようなデキる男。その代わり表情筋や感情回路に難あり、という何とも言い難い欠点を与えた。

 まあつまるところ、津軽蓮司は校内一モテる男なのだ。


 「で?そんな男とデートしてどうだった?」

 「ど、どうって。」

 「思ったよりつまんない男だった〜、とか?」

 「そっそんなのあるわけないじゃん!津軽くんはいつでもイイ男だし!」


 聞き捨てならない真理の言葉に、思わずバンッと机を叩いて立ち上がった。突然動いた私を見て驚くわけでもなく、むしろ二マリと口を歪ませて観察している。そんな真理の態度へ非難を込めてじとりとした目で睨んだ。真理さん、性格悪いです。

 この間、津軽くんと「今度の日曜に、一緒にワッフルを食べに行く」という約束をした。てっきり口約束だと思っていたのに、私のSNSに津軽くんからのメッセージが来ていた。私のSNSについては、どうやら私が情報を聞き出した津軽くんの友人から聞いたらしい。津軽くんは、一回約束したことをきちんと守る人なのだろう。律儀な人だ。


 「楽しかったよ。」

 「へぇ。」

 「津軽くんは凄いね。あんなに美味しいお店を知ってるなんて。暇さえあればネットで口コミ見てるはずの私が知らないなんて相当だよ。」


 あの日食べたワッフルの味を思い出して、うっとりとしながら語る。何言ってんだコイツ、という目で見てくる真理のことは一時放置だ。

津軽くんが前回くれた絶品ドーナツと同じくらい、いや、それ以上美味しかったワッフル。どうやらあのドーナツ屋さんで修行した人が、この間行ったワッフル屋さんの店主さんらしい。外はカリカリ、噛むとサクサク、中はふんわりジューシーな生地と添えられた自家製バニラアイスは、絶妙なバランスでお互いの味を殺さず共存していた。ちょっと金額をプラスすると生クリームを追加出来たり、バニラアイスをシュガーラスクで頂くことが出来る。その他にも甘いもの好きには堪らないメニューがいっぱいだった。季節やイベントごとに限定メニューが出るらしいので、シーズン毎に行きたいお店だ。今度は真理を誘って行こうと思っている。


 「へぇ。」

 「焼きたてワッフルのお持ち帰りも出来るんだよ。ワッフル天国にもほどがある!嬉しい!」

 「へぇ。で。肝心の津軽蓮司については?」

 「だから、津軽くん凄いねって。」

 「はー…違うでしょ。」


 きょとりとした表情で真理を見つめる。本気で何を言っているのか分からない私の姿に、深いため息を吐いて、自分の頭をコツコツとシャーペンのノック部分で叩く。まるで頭の悪い生徒にどう言い聞かせようかと迷う先生かのような動作だ。


 「間宮日南(アンタ)は津軽蓮司に恋をしている。すでに告白して何回も振られている相手だ。この間の“お出掛け(デート)”は間宮日南(アンタ)にとって意中の相手と初めてのデート。恋する乙女がそこで一番に感じることと言えば、まずは相手の学校外での姿でしょ?」

 「あぁ、そういうことか!まどろっこしいなぁ。もっとハッキリ言ってよ。」

 「アンタねぇ…。」


 呆れ顔の真理を無視して、この間の津軽くんを思い浮かべる。

 私服の津軽くんもかっこよかった。白いロングTシャツの上に、エンジのダボっとしたカーディガンを羽織って、ダークブルーのスキニーパンツを履くというシンプルなスタイルなのに、それが逆に様になっていた。待ち合わせ場所の少し前で数分見惚れていたせいで、約束の時間に遅れてしまったのは痛い失敗だ。


 「津軽くんは私服もカッコいいんだね。背が高いからシンプルな服装とマッチして大人っぽかったよ。」

 「ふんふん。それで?」

 「それで?…うーん、」


 次の応えを催促されて、少々息詰まる。それで、と言われてもそれ以外に答えようがない。津軽くんは何処にいても何をしていてもカッコいい。これは常識だ。ワザワザ言葉にすることではない。私の大好きなビー玉のような透き通った瞳だって、何処で何をしようとも光に反射してキラキラと光っている。一枚の絵画のような輝きは、いつだって私を魅了するのだ。


 「やさし…かった、かな。いつもみたいに優しい人だったよ。外も中も関係なく、やっぱりそういう人なんだな、って思ったかな…。」


 例えば、 私との約束を守ってくれたことだとか。そんなに乗り気じゃないだろうに、わざわざエスコートしてくれるところだとか。きっと挙げ連ねて行くとキリがないくらい、彼は優しくて誠実な人だ。彼の存在は、私には時々眩しく感じる。


 「あーあ。ほら出た、アンタの“悪癖”。今回のそれ、自覚症状あるの?」


 眼前に鋭利なシャーペンの先を突きつけられる。嫌だな。そんなんじゃないよ。真理はいつもそうやって確認(・・)するんだから。


 「違うよ、悪癖(・・)じゃないから。」

 「じゃあ何、鑑賞してるっていうの?幾らなんでも津軽蓮司を神聖視し過ぎじゃない?」

 「してないよ。津軽くんが聖人君子だと思ってるわけじゃないもん。ただ好き(・・)なだけだよ」


 津軽くんは津軽くんだ。何者でもない代わりに、彼はただ一人の人間だ。

 彼が纏う空気が好きだ。彼のキラキラ光る透き通った瞳が好きだ。彼の優しいところが好きだ。

 彼の、その視線(・・・・)が何よりも好きだ。


 「…アンタがそれで満足するなら、私も別にいいんだけどね。」

 「やだな真理さん、お節介っていうか心配しすぎっていうか。」

 「シャーペン刺すわよ。」

 「こっっわ!」


 心配を掛けたみたいだから空気を軽くしようと思って、ちょっと茶化しただけなのに。なんて女だ。でもこれも、真理の愛情表現なんだろうな。…そうだよね?


 「私はただ、アンタが最初の頃みたいになったらどうしようと思っただけよ。さすがに今回は手に負えないから。」

 「えへへー、その節はどうもお世話になりましたぁ。」

 「ほんとそうよ!千種(チグサ)さんが家に帰った途端に号泣し出してビックリした。たまたま私が通りかかったから良かったものの…。」

 「…うん。ありがとうね。」


 いつも気丈な彼女が、綺麗な顔をくしゃりと歪めて苦しんだ表情をしている。そんな顔しなくていいのに。あんな馬鹿みたいなこと、忘れていいのに。

 あの日、寿也(トシヤ)くんが帰って行くのを惚けたようにじっと見つめていた。きっと私は、混乱していたのだろう。いつも近くにいた大好きなお兄ちゃんが、突然遠くに行ってしまうことに。大好きな人に、言葉そのままではぐらかされてしまったことに。これからどうすればいいんだろう、とか、寿也くんごめんなさい、だとか。色々な感情が混ざり合って、結果的に勝ってしまったある感情から、幼い私は泣いてしまった。

 寿也くんが見えなくなると同時に、糸が切れたように、止めどなく、ずっとずっと。

 それで寿也くんが帰ってくるわけでもないのに。


 「懐かしいな。寿也くんいまどうしてるんだろうねぇ。あの頃は小さかったからなぁ…いまも似たようなもんか。」


 瞼を閉じると、すぐにでもあの頃の光景が浮かんでくるかのようだ。いつも曲がっていた帰り道、人口密度のせいで遊具の少ない公園、あの街から見えるオレンジ色の夕焼け。寿也くんと手を繋いで帰った日々。あの人は小さかった私をいつも守ってくれていた。


 「さぁね。でも、少なくとも千種さんは驚くと思う。あんなに可愛がっていた大好きな日南が隣にいないんだから。」

 「え、そうかな。どっちかっていうとお姉ちゃんの方にショック受けると思う。寿也くん、ニナちゃんのこと好きだったし。」


 寿也くんによく、西奈(ニシナ)を見習えと言われたものだ。事ある毎にニナならこうする、女らしくしろ、お前よりニナの方が好きだ、だの何だの結構失礼な人だった。いま思うと、何で好きになったのかわからないや。


 「いやいや、千種さんはニナさんに対して好きとかそういう感情を持ってなかったと思うけどな。千種さんいつも日南のこと気にしてたから。」

 「えぇ〜?違うって…、ん?」


 懐かしい人の話に花を咲かせていると、机の上に置いていたスマホがブルブルと震え出した。ディスプレイには、前のバイト先の仲間の名前が表示されている。


 「あれ…ナチくんからだ。しかも通話。」

 「ああ、あの貧弱くん。出てあげたら?」

 「んー…。」


 ここのところ、彼からの連絡が多い。遊びに行く話なら大歓迎なんだけどな。あんまりいい話をしていないだけに、電話に出るのが億劫になる。

 数秒だけ考えて、このまま放置したら、きっと何十件も不在着信が入るのだろうと簡単に予測出来たので、仕方なくスマホを手にとった。


 「もしもしナチくんー、」

 『ちょっとヒナちゃん、社長に何したのさ!』

 「うん?」


 スピーカー部分を耳に当てると、聞き慣れた声が切羽詰まった声色で話し出す。そのナチくんの声が一瞬ハウリングしたせいで、キーン、と耳鳴りがした。スマホを耳から遠ざけ、耳鳴りが収まった頃、恐る恐るスピーカーに耳を当てた。


 「えーっと、何のこと?」

 『惚けないでよ!何か知らないけど社長がヒナちゃんを探してるって。一番仲が良かった俺にヒナちゃんがどこにいるのか聞いてきてんの!もー六道(リクドウ)社長めっちゃ怖い!画材の仕分けしてたら上から石膏が落ちてくるし、傷つけたらウン百万も払って買い取らないといけない絵画の搬送させられるし…どうにかしてよ!』

 「ちょっとよくわかんないなー。」


 ナチくんの、六道さん陰謀説マシンガントークを聞きながら、よく理解出来ないな、と首を傾げる。あの品行方正で綺麗な六道さんはそんなことしないと思うけど。ナチくんの被害妄想じゃないのかな。


 『被害妄想じゃないからね!』


 おっと、なんで分かったんだ。


 『前から時々こういうことあったけど、あのときは偶然だと思ってた。でも流石にここまでくると俺でも分かるよ。』

 「ナチくん?なに、どういうこと??」

 『あのさヒナちゃん。俺はね、元バイト仲間のお願いも聞いてあげたいけど、それよりも命の危機の方が大事なんだよね。人間だもん。そこで提案なんだけど、ヒナちゃんの番号教えていい?』

 「イヤ。」


 私だってナチくんの命の危機より、自分の尊厳の方がおしい。絶対嫌だ。スマホの向こう側にいるナチくんに、強く言い放つ。何で教えなくちゃいけないの。何のためか分からないのに教えたくない。絶対やだ。


 「大分前に辞めたのに、何で今更社長が私を探してるのか分からない。絶対教えないで。」

 『えぇ?!!やめてよヒナちゃん、俺を殺さないで!うーん…というか、社長はヒナちゃんが辞めたこと自体知らなかったみたいだよ。誰が受理したの?』

 「え。歩衣さんだよ?社長の恋人になったんだよね。おめでとう。あの人いつの間に事務になってたのか分からないけど、辞めるって言ったらこっちで処理するって。」

 『あっちゃー…アウトだ。もう日の目を見れないな。』


 歩衣さん、私への風当たりが特に強かったからなぁ。そういう扱いでも仕方ないと思っている。元はと言えば私が悪かったんだから、まだ可愛い方だろう。でも歩衣さんの不手際で探されるのは心外だ。六道さんも、恋人の管理くらいきちんとしてほしい。


 『ヒナちゃん、全然沈んでないね。もっとヘコむかと思ってた。』

 「まあ、もうどうでもいいし。いま好きな人がいて、毎日楽しいから。歩衣さんのことは何とも思ってないよ。」

 『えっ…あ、あー…これは最高に拗れたな。俺にはどうすることも出来ないや。』

 「ちょっとナチくんが何言ってるのかわかんない。」


 ナチくんがスピーカーの向こうでもごもごと話しているので、ノイズが入って上手く聞き取れない。もう一回言ってくれ、とお願いすると、何でもないと返されてしまった。


 『ヒナちゃん、いつまでも逃げきれないよ。社長執念深いから。分かってるデショ、絵の交渉だってあんなにねちっこいんだよ。』

 「絵は社長が欲しいって思ったものだからだよ。人間には適応しないって。」

 『俺は忠告したからね!いま降伏しておいた方が身の為…あ、やば。社長来た。』

 「やだ、もう切るよ?!!悪いと思ってないけどごめん、ナチくん誤魔化しといて!」

 『えっ、ちょ、…ってあああ!社長まっ、』


 ナチくんの断末魔をBGMにして通話を切った。ナチくんったら融通利かないんだから。困ったな…いまの日常を壊したくないのに。


 「貧弱くん、何て?」

 「対したことない話だったよ。こうも頻度が高いと嫌になっちゃうよね。」


 津軽くんから始まり津軽くんで終わる日々はとても楽しい。世界が彩られる感覚はこんなにいいものなのだ、と心から笑うことが出来る。それは本当だ。

 だからこそ私は、過去を掘り返されて現状を塗り替えられたくない。所詮終わってしまったことだ。私にとって何の意味をなさないのだから、見る必要なんてない。


 「津軽より“ナチくん”といい感じじゃーん。」

 「無いよ、ナチくんは。だってあの人、そういう人じゃないもん。」


 深刻そうな顔をしていたのか、今度は真理が私を茶化す。しかしそんな真理の挑発に乗らず、私は真顔でそう答えた。

 ナチくんはナチくんだから、一緒に居て安心出来るんだ。彼のいっそ器用なまでの鈍感さが心地良い。津軽くんとは違う。彼と居ると、心がザワザワし出す。私にはない、あの透き通るビー玉は私を落ち着かなくさせる。


 「友達止りの男ってことか。苦労してそう。」

 「…どうかな。でも、苦労性だとは思うよ。」


 強制したわけでもないのに、文句を言いながらも私の面倒事を背負ってくれる。性根がいい人なんだろう。単に抑圧されるのが好きなだけかもしれないけど。最も、この件に関しては彼の本来の性分以上に、元バイト仲間だから、とか、友達だから義理立てしてくれる、という言葉の方がしっくりくるかもしれない。


 「そんな風に考えてるんだったら、あの社長さんに降伏してあげればいいのに。貧弱くん可哀想。」


 なおも続く真理のからかい。私の答えなんてとっくの昔に知っているだろうに、それでも何かを確認するかのように、何回も同じことを聞いてくる。別に、真理なら嫌じゃない。でも私はずっとこれを誰にも見せなかった(・・・・・・・・・)から。 不敵に笑う彼女に向かって、挑発しているような笑みを返した。

 せめてこれが終わるまで。


 「絶対イヤ。」


 ただのガラス玉に変わるまで。

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