2 フォーイーチ
マリはアレックスの諜報活動の夢をみる
彼は見知らぬ女子高生と話をしていて――
(Foreach プログラミングで、同じ処理を繰り返すときに使われる文)
麻里は夢を見ていた。
見たことのある日本の大通り。恐らく、麻里が住んでいた実家近くの道路で、車通りはそこそこと言っていい。歩道では金髪碧眼の西洋人が、道を歩いている女子高生に声をかけていた。
「エクスキューズミー?」
話しかけられた女子高生は一瞬ぎょっとしたようだ。西洋人は手にガイドブックを持っていた。女子高生は、彼の目的が道を聞くことだと察知すると、面倒くさそうに地図を覗いた。
「え、ここに行きたいの? バイト先じゃん……あー、説明すんのめんどくさい。あたしも行くから、ついてきて」
フォローミー、と女子高生が答えると、外国人は笑顔で感謝の言葉を口にした。こんなに微笑んでいるアレックスの姿を、麻里は初めて見た。
映像が一瞬で移りかわり、今度は喫茶店で、先ほどの二人が向かい合ってテーブルについていた。テーブルにはストローが刺さったドリンクが2つ。
「へんなガイジーン、変なガイジーン」
「変じゃない」
女子高生が足を揺らしながらアイスティーを飲む。アレックスはふくれっつらをしていた。
「最初はエクスキューズとか言ってきたくせに、日本語ペラペラじゃん。案内してソンしちゃった」
「俺が日本語話したら、たいていの人は変な顔するだろ。英語で聞いた方が早い」
「たしかに気持ちわるいよねー、こんなのがいたら。アンタ日本に来て長いの?」
「いや、祖母が日本人でね。毎日日本語はしゃべってたけど、実際に来るのはまだ2回目だ。今回は仕事」
へえ、と女子高生はあいづちをうつ。彼女は妙に外国人慣れしている。さっきの道案内のときもそうだった。
「レイカは女子高生か、どこの学校?」
「あっちの方にある学校、まあ頭わるいとこ。頭わるいからバイトしてるわけ。あとビンボーだから」
「ビンボーって言っても、ちゃんとご両親が働いてるだろ?」
レイカは少しだけむっとした表情をして、長い髪の先をいじった。
「へっへ、うち親いないんだよね。ビンボーだっつったでしょ。親戚んとこに住んでてさあ」
「……そうか、それは悪かった」
女子高生はぷっと吹きだして、やっぱり変なの、と笑った。
ああ、知ってるんだな、と麻里はなぜか思った。きっとアレックスは何もかも知っている。レイカの学校のことも、家庭環境のことも。レイカの友達関係、レイカが朝食べるものから、夜寝る前に何をするかまで、全てをだ。さっき道を尋ねたのだって、レイカの行き先を知ってて、わざと同じところを聞いたのだ。確実に道案内させるように、確実に知り合いになれるように。彼女の性格も行動パターンも全て把握しているんだ、と麻里はなぜか思った。
「さっきのウェイトレスの格好は可愛かったじゃないか。彼氏いるだろ」
「当然いるわよ。というか、ちょっと前までね。あんたと同じガイジンよ、すごくない?」
「マジか。どんな男だ?」
「あんたより日本語ヘタだったけど、けっこういい男だった。急に別れようとか言いだして、連絡とれなくなっちゃったけど」
くるくるとレイカがストローを回す。
「それは良くない男だな。で、それが昨日の話か」
「んなわけないでしょ。あんたどんだけあたしをバカにしてんの? 昨日だったらショックで寝込んでるわよ。1ヶ月前」
レイカの様子はまんざらでもなさそうだった。日本語が上手い外国人という、日本人が親しみを感じる要素を、アレックスはよく知っている。
おそらく、そのレイカの元カレというのが標的なんだろうな、と麻里は思った。彼に直接手が出せないか、行方がわからないので、レイカから情報を引きだそうとしているのだ。
そんな素振りを一切見せないで、アレックスは話をしている。自分が同じ状況になったらどうなるだろうかと麻里は考えたが、おそらく自分も徹底的に分析をされて、別の手で絡めとられてしまうのだろう。
アレックスは微笑み、自分のドリンクを喉に流し込んだ。そのしぐさは人間とほとんど変わらない。
「レイカ、僕は今週帰国する予定なんだ。今日これっきりで別れてしまうのは、かなりもったいないと思わないか?」
「何が言いたいの? 変な外国人」
レイカは足を組んだ。
「これでも結構さっきのは感謝してるんだ。何かお礼がしたいんだよ」
「変な顔してそんなこと言わないでよ。お願いだから」
レイカが眉をひそめる。アレックスは椅子から立ち上がり、くるりとレイカの隣に座った。顔を近づける。
「どうする?」
そのとき、それを見ている麻里の心臓が暴れた。夢の中だとわかっているはずなのに、自分の体温がどんどん高くなっているのがわかった。2人はそのままキスしてしまいそうなほど顔を近づけた。
レイカは顎を引いてアレックスを見つめ、薄く笑った。
夢はそこで終わった。というより、麻里の体温と血圧が高くなって、体が起きろと信号を出していた。目が覚めたあとは、ベッドのまわりの見慣れない部屋に戸惑い、麻里はパニックに陥った。
「しごと?」
朝。ダイニングでミラの作った朝食を食べながら、麻里は眉をひそめた。朝ダイニングに入ってくると、既に自分の分の朝食がテーブルに並べられていた。麻里は恐縮したが、ミラはどうせ自分の分も作るからと微笑んだ。当のミラはなにやらバタバタと朝の支度をし、アレックスはソファに座っている。
「私の家にいたときは、毎日家にいてばっかりだったのに」
「僕はもともと仕事を持ってるロボットなの。君だって研究所に行くんだろう」
スープを飲みながら、麻里は目を細める。昨夜はパーティの間、アレックスはずっと子どもモードで、朝には今の大人モードに戻っていた。今朝の夢がフラッシュバックする。なんだかアレックスの顔を見たくなくなる。
アレックスはソファから立ち上がり、うんと伸びをした。
「あと……もう少ししたら出張なんだ。1ヶ月はいないかもしれない」
「ええー?」
麻里は今度こそ遠慮なく文句を言った。せっかくこちらに来たのに仕事ばかりで、あとミラが隣にいては、まともに話す機会がない。
まじめロボット、と麻里はぼそりとつぶやく。不真面目なロボットがいたらそれはそれで困ったことになるが、しかし日本での居候時代のアレックスは確かに、日がな1日のんびりしていたのだった。
ミラが横を通り過ぎざまにアレックスを小突く。
「ごめんねマリちゃん。今度休暇でもとって、どこか行きましょうか。こいつにも休み取らせるわ」
アレックスが渋い顔をする。「勝手なこと言って……」とぶつぶつ文句をいう声が聞こえる。玄関の方ヘ歩き、背中を向けたまま手を上げた。
「じゃ、行ってくる」




