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1 ハロー、ワールド 3

スパイ型ロボットのアレックスは、負荷軽減のため、眠ると小さな男の子に変形する機能を持っていた

 麻里はぼんやりと考えた。

 ひょっとしてひょっとすると、自分は結構運がいいのかもしれない。もしかしたらこの7年間の努力を神様が見てくれていて、ご褒美としてくれたチャンスかもしれない。別に苦しみながら努力したわけでもないし、単純に偶然だったのかもしれないけど。

 3ヶ月前、中学を卒業する直前にR.U.Rに連絡して、この企業のインターンシップはとんとん拍子に決まった。住むところもいるだろうということで社宅も薦められ、顔見知りであるアレックスのところにホームステイが決まった。何とも上手くいき過ぎている気もするが、大半が自分の親、岡田知臣のおかげなので、何ともいえない。研究者のこういうやり取りはコネがモノを言う、ということを麻里は15歳にして知った。

 7年ぶりに見たアレックスの姿は、自分の記憶にあるそれとはだいぶ違っていた。公式資料に載っている写真とも違う。細かなところはバージョンアップしたのかもしれない。彼の姿は日本の街で歩いていた記憶しかないので、R.U.R内では浮いているように見えた。本当はこちらの方が正しいのだろう。

「あら、海外初めてなの? まだ15歳だもんね。すごいわ1人で来て。さすがオカダ先生の娘さんだわ」

 ミラと一緒にキッチンに立ち、パーティの準備をしながらお喋りする。もともと親が留守がちだった麻里にとっては、こういう家事は苦ではない。

「いえ、そんなことないです」

「久しぶりの親子対面だったのよね、どうだった?」

 麻里は苦笑いでごまかした。

「……実は、まだ父と会ってなくて。なんか、忙しいからって」

 R.U.Rに来たのなら、このインターンを承諾した岡田知臣に会うのがまず1番なのだが、本人に断られてしまった。麻里も麻里でそんなに会いたいという気持ちもなかったので別に構わない。連絡は取っていたものの、麻里は今まで父親と会った記憶がない。聞いた話では、3歳ぐらいまでは日本で一緒に住んでいたらしいのだが、麻里を置いてR.U.Rに移ったというのだ。

 あらそうなの? とミラが首を傾げる。麻里もどういう表情をすればいのかわからなかったので、知臣の話はこれで打ち切りになった。

 ちょうどその時に、リビングの方で物音がした。この家にいる人間はあと一人しかいない。アレックスが起きたのだろう。

「ねぼすけが起きたかしらね」

 しかし、のっそりとリビングから現れたのは、さっきまでのアレックスではなかった。麻里はその姿を見て思わず悲鳴に近い声を上げた。自宅で知らない人間がいきなり出てきたら、誰だってそうなるだろう。隣のミラの腕を叩いてしまったほどだ。

おはよう、とヒューマノイドが口から発した声は若干高かった。元は180センチぐらいあった身長が、麻里とほぼ同じくらいまでに縮んでいる。見た目から欧米人の年齢を予想するのは難しいが、中学生ぐらいの少年が眠そうに目をこすっていた。

 アレックスは寝ている間にぐんぐんと縮み、15歳くらいの体型になっていた。

「相変わらず小さいわねえ。マリちゃん、これが省電力モードなのよ」

 シャツの裾や袖をかなり余らせたアレックスがダイニングのテーブルに着く。対面式のキッチンに顔を向ける。

「今日は何を作るんだあ、ミラ?」

「どうせあんたは食べないでしょ。普段聞かないくせに」

 麻里が何も言えずにぽかんと見つめていると、アレックスは目を大きく開いた。

「どうかしたか?」

「あんたが縮んだからマリちゃんが驚いてるのよ」

 ああ、とアレックスは自分の体をしげしげと眺める。麻里の中の彼のイメージがぐにゃぐにゃと変わっていく。

 アレックスは椅子から降りて、麻里の方に近づいた。右手を自分の頭に乗せる。

「身長はマリとおんなじくらいになっちまったかな。さすがに抜かれてるとやだなぁ」

 至近距離で背比べをし始める。身体が縮んだとはいえ、物質が変わったわけではないのだから、アレックスの体重は変わっていないはずだ。つまり体を動かすのに必要なエネルギーの量は変わらず、省エネにはなっていない。しかしこのアレックスはどうも性格まで変わっている。言語理解や発話生成のための計算を抑えているのかもしれない。要するに少し馬鹿になったのだ。見た目の年齢と性格のギャップがないように、という配慮もあるだろうが。

 アレックスは麻里を指さした。

「どうでもいいけど、マリすげえ可愛くなったよな。最初見たとき誰だかわかんなかったぞ」

 子どもアレックスがあっけらかんと話す。麻里は自分の体温が2、3度上昇したのがわかった。湯気が出るというのはこういうことを言うのだろう。隣でミラが苦笑する。

「アレックス、あんたそのモードになるとナンパすんの?」

「本当のことだよ本当のこと。だっておれが最初に会ったときこんなちっさくってさあ。いつだったかマリが外で迷子になって、おれが迎えに行ったときもあったな。すんげー泣かれて参っちゃった記憶がある。あと男の子だった気がするけど、マリが泣かしたんじゃなかったっけ? おれすげえ謝った記憶があってさ、だってあのとき、」

 そこまで口を挟めなかった麻里だったが、強引にアレックスの口上を止めた。彼の両方の頬をひっぱろうとする。大人のアレックスの背ならば、麻里は手を伸ばしてぎりぎり届くかどうかだ。今は労せずに頬をつねることができる。彼はすんでのところで麻里の手を避けた。

「ごめん悪かったっていでで」

「よけいにバカになったみたいだけど」

 ミラが冷静にコメントをして、麻里は追撃をやめた。嫌がるアレックスは本当に子どものようだった。

 そのあと3人で準備をして、ささやかなパーティが開かれた。といってもミラの手料理にデリバリーの物をいくつか盛り込んだぐらい。一番食欲がありそうなアレックスはもちろん食べないし、おそらく今後、R.U.Rの部署内でも小さな歓迎会をするだろう、という算段もあった。

 パーティの後、麻里はミラが用意してくれた部屋に入った。普段誰が使っているのかわからないが、きちんと整頓されている。

 ノックの音。ドアが開けられ、まだ子どもモードのままのアレックスが入ってくる。

「ミラがなんか足りないもんあるかって」

 大丈夫、と麻里は答え、ふと疑問に思ったことを尋ねる。

「アレックスの部屋はどこ?」

 子どもアレックスはきょとんとする。

「ないよ、んなもん。ロボットのおれが部屋持っててどうすんだ」

「じゃどこで寝るの?」

 ロボットが睡眠を取るというのも変な話だが、さっき聞いた話では彼には必要らしい。休息が必要というのなら、夜も寝るだろう。明日まで子ども体型のままでも困る。アレックスはリビングの方向を指さす。

「おれはソファ。ベッドはマリに譲ってやる」

 麻里はきょとんとした。ということは、麻里が来るまではこのベッドを使っていたということか。

 記憶がフラッシュバックする。昔、眠れなかったころ、よく甘えてアレックスに添い寝をせがんでいた。もともと祖父とプログラムユニットのリーブラの3人暮らしで、麻里はほとんど手のかからない子だった。信太郎も夜遅くまで自宅の研究室にこもることがよくあったし、リーブラが部屋にいても所詮はホログラムだ。1人で寝ることには慣れていたが、添い寝をしてもらうことによる寝つきのよさに、えらく感動したことを覚えている。

『こわい夢みた』

 自分が夢を見て目が覚めてしまったときの、お決まりのフレーズ。ベッドの上の隣で目を閉じていたアレックスは、おそらく軽いスリープモードに入っていたのだろう。ただしいつでも起きられるぐらいの浅い眠りで。麻里が先ほどの言葉をつぶやくと、アレックスはすぐに目を開いた。ぱちりとした青い目を見るとなぜかとても安心する。そのあと彼は何とも言えないような微笑みを返してきて、麻里が胸に顔をうずめてまた眠る。催眠術にかけられたように、すとんと眠りの海に落ちる。

 現在に戻って、アレックスを見つめて麻里はつぶやいた。

「じゃ、ここで一緒に寝ればいいじゃん」

 麻里は人間相手には割と人見知りするタイプだが、ロボット相手にはそうでもない。また大人モードのアレックスには少し遠慮もするが、このアレックスは別だった。むしろ自分より幼い設定のような気がする。アレックスは一瞬目を見開き、手で頭をかいた。

「何言ってる。おめーもう15だろ」

「ベッドのサイズ的には大丈夫でしょ」

「あのな、おれは寝たらまた大人に戻るんだぞ」

 あ、そうか、と麻里は合点する。朝起きて大人アレックスが目の前にいたら自分だって驚く。

「第一、そんなことやったらミラに怒られる」

「なんで?」

「あいつはおれのカウンセラだぞ。おれが大人に戻った時に、質問攻めにされて死んじまう。何言われるかわかんねえし」

 とアレックスは少し声をひそめた。合成音声の音量が小さくなる。ミラから何をどう言われるのかわからなかったが、要するに都合が悪いらしい。

 何となく気まずい雰囲気が落ちると、アレックスはまた頭をかいて顔をしかめた。

「わかった。寝るまで一緒にいてやる。それだけだ」

 別にそこまで気をつかってくれなくても良かったが、本人が良いと言うのなら素直に甘える。麻里は手早く寝る準備と明日の支度をすませ、ミラにおやすみと言ってからベッドに飛び乗った。リビングにいたアレックスが音をたてないように、そっと扉を開いて部屋に入ってくる。ベッドのすぐ隣の床に座り、こちらに背を向けて座る。こちらからは後頭部と少しの横顔くらいしか見れない。

「……変なの」

「だから、おめー15歳だっての自覚しろ」

 少年の顔のようなアレックスは腕を組む。確かに設定としては中学生ぐらいであろう少年の、彼にとっては酷かもしれない。しかしこのまま彼も眠ってしまうのではないだろうか。

「アレックス、おやすみ」

 ああ、と答えたアレックスと、昔の彼の映像が重なる。7年前の彼は最低でも手を握ってくれたのだが、今はそんなことはない。それでもまあいいかと思う。もうこんなことは2度とないと思っていたのだ。幼いころ少しだけ一緒に住んでいたロボットと、もう一度会う。考えるだけバカにされるような空想だった。それが何年も越えて今、現実にある。

 アレックスの存在をすぐそばに感じながら、麻里は目を閉じる。一抹の不安がふと頭をよぎる。人間のように、アレックスがこんなに頻繁に休息をしなければならないということは、それだけ負荷がかかる機能を彼が持ったということだ。一見、そんな機能はアレックスのどこにも見当たらない。まさか大変な訓練を毎日しているのだろうか。そういえば自分はアレックスのことを何も知らない。彼の仕事は機密が多い、ということぐらいしか知らない。ロボットらしい仕事、たとえば介護だったり護衛だったりという仕事をぼんやりと想像していたのだが、自分は何も知らなかった。あした訊いてみて教えてくれるだろうか。

 そんなことを考えているうちに、麻里は睡魔に誘われていった。


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