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5 デッドロック 3

マリはふたたび父親の知臣と対峙する。

諜報型ロボットであるアレックスの今後を知らされて。

 翌日。前回来たときに、もう二度と来ることはないだろうと思っていた。もう少しどうにかならなかったのかと自分でも思うが、何か自分と相手のベクトルが一生交わることがないと感じていた。その嫌悪をおして、自分はここにいる。我ながら現金だと思う。

 入室すると、端末の向こうに男が座っている。男は視線だけをわずかに上げる。

「何の用?」

「アレックスが倒れた理由を聞こうと思って」

 こちらを見すえながら、知臣がゆっくりと眼鏡を上げる。目が充血していて、顔の肌もどことなく荒れている。あまり寝てないのかもしれない。ちくりと胸が痛んだが、関係ない、と自分を奮い立たせる。

「僕は君と話してるほど暇じゃないんだけど」

「自分で調べてもいいんですけど、どうすればいいかわからないから」

 知臣は眉根を寄せる。 

「ここに来てもそう良い情報は転がってないよ。こっちで話そう」

 そう言って知臣は隣の部屋に引っ込んだ。麻里がついていくと、ミーティング用の小さな部屋だった。真ん中に4人程度が座れる白い丸テーブルと、壁にはプレゼン用のスライド。知臣は発表者側の席に座り、なにやらノートパソコンをいじっている。麻里は丸テーブルについた。

「私の感覚では、出張で行って一か月もたたないうちに、アレックスが返ってきましたが、なにが原因なんですか」

「さあ、なんだろうね」

 知臣は目を細める。

「予想外といえば予想外。いや、やっぱり予想通りかな……こんなに早く戻ってくるとは」

 知臣が眼鏡を外して顔を覆う。

「訓練中に、いきなり倒れたそうだ。何の前触れもなく――。まあ、その訓練の内容も怪しいものだったけど。まるで失敗することが前提のようだった。腹が立つことに」

 チラと知臣は麻里をみる。

「先方はひどくご立腹で、今後〈Al : ALEX〉の採用はないと言っている。まあ〈Al : ALEX〉が製造されて8年、プロジェクト開始からだとそれ以上付き合ってくれているし、十分だろう」

 麻里は浅く呼吸をする。熱暴走を起こしたアレックスには、とにかく休息が必要だった。これ以上、諜報の仕事を続けてはいけない。

 はっと麻里は息を飲んだ。いつかナーヴが話した言葉が思い出される。動かないロボットは意味がない。動かないロボットは廃棄される。

「アレックスの、意識は戻るんですよね」

「……おそらくね。しばらく安静にしないといけないけど、致命傷ではなかった。動くのは動く」

「後遺症とかも?」

「おそらくない」

 麻里は自分でもわかるほど安堵した。意識が戻ったら、動くようになって、リハビリして、後継機の世話でもすればいい。願いが叶うなら社宅に戻ってきて、家事でもして、もしできるなら、また日本の実家に戻るのもいいかもしれない。どうせ無理に働いても仕事なんかうまくいきっこない。というかアレックスはもう、仕事をしてはいけない気がした。

 麻里は知臣を見つめる。彼は浮かない顔をしている。初めて見る顔だった。彼に感情というものがあるとすれば(あるのだろうが、麻里が認めたくないだけだ)、初めて強い感情を見る気がした。嫌な予感がする。もっともっと、彼のことを嫌いになりそうな何かを。

 知臣は麻里の視線を感じて、口を開いた。

「やはりというか、諜報機関からアレックスの廃棄命令が来ている」


 世界がぐらりと揺れた。空気が歪んだように見えた。

しばらく言葉が出なかった。めまいがする。意味を咀嚼して、テーブルの下で、震えるほど拳を握る。

「どうして? まだ後継機の指導とか、動作テストとか、アレックスがやれる仕事はあるはずなのに」

「動くから困るんだ。人間のスパイを想像してみなさい。うろうろされては困るだろう。ましてや相手はロボットだ。情報が漏れた時の被害の大きさは、人間の比じゃない。先方が廃棄を望むのも当然だ」

 知臣は眼鏡を外してレンズを見つめる。麻里は呆然としていた。

「じゃあ、アレックスは」

 そのあとが続けられなかった。だめだ。今はしっかりしないと。

「君の気持ちは分かるが、〈Al : ALEX〉には前からわからせていたことだ。それこそ彼が起動したときから」

 うそ、と思わずつぶやく。初めから死ぬことがわかっているなんて、本当に捨て駒ではないか。

「〈Al : ALEX〉だけじゃない。ロボットは大なり小なり同じことだ。動けなければ活動を停止する。使えなくなった道具は捨てられる」

「でも、アレックスは動けるんでしょう? 今回はただのこっちの都合で、秘密がばれるのが怖いからって、人間の都合だけで、アレックスを殺すなんて」

「人間の都合で殺す? けっこうなことじゃないか。ロボットはヒトのために動くんだぞ。もしアレックスから漏れた情報が原因で、テロや犯罪が起きたらどうする? 今度は本当に人が死ぬことになるぞ」

 麻里は歯をくいしばった。それは仮定の話じゃないか。もし情報が流れたら、であって、まだアレックスは何もしていないのに。そんなに情報が流れるリスクが高いのだろうか。そんなにアレックスが知っていることはまずいものなのだろうか。

 先日の知臣の話がよみがえる。使い捨ての兵士。まずくなったらすぐ捨てられる兵士。

「何か、避ける方法はないの、何か」

「ない。アレックスを完全に破壊しないと、納得できないと言ってきた。こっちで破壊作業を受け持つのだって苦労したんだ。こんな約束を破るわけにはいかんし、万が一、情報が漏れたら、それこそR.U.Rの死活問題だ」

「R.U.Rにとっても損失じゃないの。エレメンツなんて、1年2年で造れるものじゃないでしょう」

「アレックスからは十分にデータを取った。次世代機の開発も進んでいる。確かに損失は痛いが、契約上の問題だ。どうしようもない」

 腕が震える。言葉をいくら探しても、言い返せなかった。理屈ではどうしようもないのか。本当にアレックスは壊されるしかないのか。

 せめて、少しでも知臣の声に、哀れみや悲しみの感情が込められていたら。彼の声はいつもと変わらず、淡々としていた。

「あなたは、何とも思わないの」

「……別に」

 知臣はぽつりとつぶやいた。視線は下げたままだ。

「本当に?」

「悲しんでると言ってほしいのかい。残念だけど、少しも悲しいとは思っていない」

 これが強がりなのか、それとも本音なのかはわからなかった。彼の場合、本当に何とも思っていない可能性だってある。彼の双眸を見る限りでは判断がつかない。

「アレックスはあんなに笑ったり、泣いたりできるのに、どうしてそんな、あっさりなの。工学者になったら、みんなそうなっちゃうの?」

 知臣はため息をついた。

「これがロボットを造るということだ」髪をかき上げる。

「昔、僕はペットを飼っていた。犬だ。僕はそいつを拾うときに、そいつが死ぬところを想像した。死に方はどうでもいい、そいつが死んで、自分がその遺体を箱に詰めて、庭に埋めて墓を造るときのことを想像した。そいつを拾うときにだ。生き物を飼うというのは、それぐらいの覚悟がいると思った。さすがに自分の子どものときは、そんなことは考えなかったが。自分の子どもは普通、自分より長生きするからな。

 ロボットは違う。今のロボットで、人間より長命のやつなんていない。僕は造るときに、そのロボットがプレス機で潰されて死ぬところを想像する。壊す覚悟は、とっくの昔にできている。

 君もそろそろロボットの最期を見ておきなさい。ロボット工学を学んでいるなら!」

 麻里は大きく目を見開いた。この男に説教されるのだけは死んでも嫌だった。今まで長いあいだ、散々放っておいたくせに、今さら親の顔をするなんて!

知臣は続ける。

「それに、笑ったり悲しんだりというが、僕らは彼らの感情がつくりものだってことが、わかっている。悲しんでいるのも嬉しがっているのも、全て『ふり』だ。その『ふり』でヒトがどこまで揺り動かされるか、それもわかっている。ロボットが何も考えずに首をかしげるだけで、ヒトは何かを感じる。ただそれだけのことだ」

 麻里は感情を抑えるだけで精いっぱいだった。怒りが上手く言葉に表せない。その経験も少なかった。罵声が飛び出しそうなのを必死で押し殺し、ゆっくりと立ち上がって睨みつけた。知臣は目を細めてこちらを見ている。

 ここで逃げたら自分の負けだということはよくわかっていたが、麻里は部屋を後にした。麻里は必死に抵抗していた。心のどこかで彼の言うことに納得している自分と、戦っていた。もう一方で、何かがおかしいと警鐘を鳴らしている自分もいた。



 研究所からふらふらとさまよって帰宅し、自室にこもる。着替えるのも面倒で、そのままベッドに横になる。

 目の前に転がっている携帯が鳴った。番号は日本にある実家だった。たっぷり10秒は迷ったが、出ることにした。気持ち悪くなったら電源を切ってしまおう。通話ボタンを押し、横向きに寝そべったまま、携帯を耳に当てる。壮年の男の声が聞こえる。

『元気か、麻里』

 目を閉じ、気持ちを落ち着かせる。ここは冷静じゃないといけない。

『わしの言いたいことがわかるか』

 麻里は目を閉じたまま、唇を噛んだ。心の中でため息をつく。ついにばれたか。

「じいちゃん……ごめん」

『ごめんですむか! 知り合いが教えてくれんかったらずっと知らんかったんじゃぞ。わしに黙ってR.U.Rに行くなんぞ、なにを考えとる!』

「だって、怒られると思ってたから」

『そりゃ怒るわい。というか今が一番怒っとるんじゃ。わしが一番怒っとるのは、リーブラを巻き込んだことじゃ。あの子がいちばん辛かったと思うぞ。わしに泣きながら謝ってきたわ』

「……ごめん。あとで謝っとく」

 心の中でリーブラに謝罪する。何も知らない信太郎と話を合わせるのは、リーブラにとって大変だっただろう。製作者に嘘をつくというのは――この場合は話を合わせたり、知らないふりをするということで、完全に嘘をつくというわけではないが――ロボットにとっては身を切るような辛さだろう。つくづく自分は罪深いと思う。

「じいちゃん、ごめん。もう私を帰国させても、何してもいいから。お願いだから、アレックスだけは助けてあげて」

『アレックス? アレックスがそっちにおるんか。リーブラも話しとったが、やつを追いかけていったんか。無茶すぎるわい。あいつは仕事で忙しいじゃろ』

「だから、そのアレックスが大変なの」

 麻里は事の顛末を信太郎に話した。話している間に涙があふれてきた。アレックスが任務に失敗して、壊されるの、殺されるの……。

 信太郎は声を低く落とした。

『……そうかい、失敗したんかい。やっぱり制御が難しいんかのう。知臣のやつは何を焦っとるんじゃ。そんな無理してもしょうがないじゃろう』

「あの人は何を考えてるの?」

『わからん。しかし、もしかしたらじゃ、実用はもう無理じゃから、後継機のためにデータを取ろうとしとるのかもしれん。どうせアレックスが破壊されるなら、せめてデータだけでも取ろうとな』

 何とも知臣らしい発想だ。

『しかしなあ、わしはもうR.U.Rに関わっとらんしのう。口利きできる人間もそんなにおらんし』

 麻里はぎゅっと目を閉じた。てっきりR.U.Rの超天才、信太郎の進言によって、アレックスのことは簡単に止められると思っていた。それでめでたしめでたしになると、心のどこかで思っていた。どうして信太郎ですら、こんなにあっさりと彼のことを諦められるのだろう。何かおかしいと思わないのだろうか。

「このままアレックスが壊れるのを、見てなきゃだめなの?」

『それこそ、おまえさんに見せたくなかったところじゃ。ロボット工学やっとると、そういうことは必ずある。わし含めて誰も、アレックスがいなくなって悲しくないやつはおらん。じゃが仕方がないときもある。わしらがあの子を作り出したんじゃから、きちんと終わらせるのもわしらでないといかん』

「それなら、それでいいの。でも、今回は私たちの都合なの。アレックスはまだ元気に動けるのに、情報が漏れて欲しくないってことだけでだめなの。ただの人間の都合なの。それだけで……」また涙があふれそうになる。「アレックスは使い捨ての道具で、頭もただのデータの固まりかもしれないけど。じゃあアレックスに関わった人たちは、何なの? 笑ったり泣いたりしたのも嘘なの?」

 私のこの気持ちも、簡単に捨てられるものなの?

 麻里は信太郎の声の懐かしさもあって、鼻をすすった。彼に当たってもしょうがないことはわかっていたが、せめて信太郎だけは、自分の納得のいく答えを出して欲しかった。

『麻里、おまえさんが悲しいと思うのは、当然のことじゃ。リーブラがいなくなったらもっと悲しいじゃろ。あれだけ一緒に住んでたら、そう思うのは当然なんじゃ。2人は家族みたいなもんじゃからの。じゃが、アレックスの気持ちをよく考えてあげなさい。おまえが今どう動いたらいいかは、よく考えるんじゃ』

 そのあと信太郎は、「それ」が終わるまでR.U.Rに居ていいと言ってくれた。麻里は信太郎に感謝した。自分がこんなにわがまま放題したというのに、考える時間をくれたのだ。

 電話を切ったあと、麻里はひとしきり泣いた。これからどうすればいいか、考える余裕はなかった。


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