表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

5 デッドロック 2


 社員にそれとなく尋ねてみたものの、ほとんど最近はアレックスを見ていないという返事しかなかった。もともと機密が多い機体のため、出張先すら教えてもらえない。

 社宅で唸っていた麻里はPCに向かった。あまり期待はせずに、同世代の李に連絡をとる。こういうのはどこかで噂になってたりするものだ。たぶん。

〈リーくん、アレックスのこと何か知らないかなあ?〉

 あまり李の前でアレックスの話をすると、またすねてしまいそうだが仕方がない。

 2時間ほどたってから、返事がくる。

〈うーん、あれのことかな、やっぱり〉

〈何か知ってるの?〉

 キーを叩く手が早まる。鼓動がどんどんと体に響く。 

〈というか、マリ知らないんだ。そっか〉

 その言葉が送られてきたあと、続いて次のメールが返ってきた。その文面には、4つの数字とアルファベットが並んでいるだけだった。〈これ何?〉と麻里が再度メールを送っても、李から返事が来ることはなかった。



 李が送ってきた文字の羅列は、どこかで見たことあった。麻里のかんちがいでなければ、これは研究所の部屋番号を示すものだ。1文字目のアルファベットが建物名、2文字目が階数、3、4文字目が通し番号。この部屋に何かあるのだろうか。部屋の場所はだいたいわかるが、確かこの棟はほとんど研究室で、社員以上のカードキーが必要だったはずだ。麻里の権限では入ることはできない。

 誰かに連れてってもらうってのもなあ……。

 李以外だと誰がいるだろう。ジーノ、ミラ、ナーヴ、その他の上司。というか連れて行ってもらえるなら、とっくの昔にアレックスのことを聞いている。それができないから困っているのだ。何を自分は恐がっているのだろう? どうも彼が出張に行ってから、外で彼の話をするのをためらってしまう。自分は何かを恐れているのだろうか。

 そんなときに、社宅にきっちりと、郵送で李のカードキーが送られた時は、さすがに麻里も驚いた。大きめの封筒の中に、インドネシアのパンフレットが入っていて、その間にはさまれていたのだ。手のひらに収まるほどのただの板切れだが、今の麻里にとっては恐ろしく価値の高いものだ。なんだかんだ言って助けてくれる李に、麻里は感謝した。メールの最後の返事はこれだったのか。カードキーを他人に貸してしまうことは、社内規則から言ってもかなり危険な行為だ。それだけ大きな信頼を寄せてくれている。今度、本当にデートに行ってあげてもいいかもしれない。

 昼休みにデスクを抜けて、目的の研究棟に行く。ランチの時間は研究棟が無人になるのではと思ったが、むしろ出入りする社員が多く、廊下は比較的にぎやかだった。知り合いにでくわすことがないとは言えない。なんでもない顔をしているのは難しい。

 目的の部屋に着く。せめて部屋の中には誰もいませんように。ランチの時間は人によってバラバラなので、そこは祈るしかなかった。

 カードを通し、高いブザー音が鳴ってドアが開くと、病院の診療室のような光景が見えた。計算機と計器類が堤防のようにならび、パーテーションで仕切りがされてある。

 麻里は、コンピュータとにらめっこしていた壮年の男性と目があった。

「わっ、マリちゃんなんでいるの!」

 ジーノが飛び上がり、眺めていたディスプレイの電源を落とす。ごめんなさい、とつぶやいて扉を閉める。追い出されるのを覚悟で、早めにできるだけ情報を得たい。一番欲しい情報は。もちろん彼の安否だ。麻里は奥のガラス窓に気づき、駆け寄った。

 透明なガラスの向こうに、診察台に横たわっている人影がある。どこにでもいそうな特徴のない顔立ち。濃い茶の混じった短いブロンド。髭は見えないけれど、人間らしく頬には染みやしわが浮かんでいる。見間違えるはずはない。

 やっぱり、と麻里はつぶやいた。アレックスの上半身は裸で、真っ白の寝巻きのようなものを履いている。全身につけられたコネクタが痛々しい。髪の上からシールのようなものがべたべたと貼られている。見たところ、大きな外傷はなさそうだった。

「どう、したんですか」

 麻里はこわごわ口を開いた。聞きたくないという感情を抑え、ここまで来たからには、得られる情報は獲得しておきたい。ジーノは顔中にしわをつくる。

「……訓練中にね。また無理しちゃったみたいだ」

 麻里は歯を食いしばる。彼自身が無理をしたのか、それとも他人が無理をさせたのか。後者だったとしたら、自分はまともな精神でいられるだろうか。

「それで、状態は」

「まだはっきりとわからないんだ。彼の場合、外傷はほとんどないからね。いまチェックプログラムを走らせてるけど、慎重にやってるもんだから、けっこうかかりそうなんだ。ハードの怪我ならすぐにわかるんだけど、心の問題だからね……」

 ジーノは目を細めた。

「まさか、マリちゃんは何も知らされてないの?」

 麻里は小さくうなずく。

「そうか、そうだよな……そりゃ、悲しいね。すまない。きっとマリちゃんに心配させたくなかったんだ。確かに機密が多い機体なんだけど」

 ジーノがため息をつく。

「ごめんね。虫が良すぎるかもしれないけど、今は結果を待ってくれとしか言いようがない。でも、これから彼に何か変化があったらちゃんと言うよ。約束する」

 麻里は沈黙のあと、うなずくしかなかった。ジーノの言葉は優しいが、これ以上の質問を拒否していることに等しかった。いま麻里ができることは待つことしかない。

 麻里は唇をかみしめる。彼の容態を聞いても、どうしてこうなったかまでは教えてくれない。どうしたかったのかはわからない。自分はここに来て、なにをするつもりだったのだろう。


 その日の夕方、社宅に戻りたくなかった麻里は、R.U.R内の広場でベンチに座っていた。遠くで夕陽が傾く。

 隣に人の気配がする。

 こんにちは、金髪の女性が微笑む。麻里は返事をする気力もなく、力無く笑った。

「お疲れね、マリちゃん」

「ちょっと、嫌なこと、聞いちゃって」

 その瞬間、ミラは悟ったらしい。もともと今から話すつもりだったのかもしれない。視線を落とす。

「マリちゃん、ごめんね。ちゃんと容態がはっきりしてから伝えようと思ったのだけど」

「いいんです。覚悟してましたから」

 自分は声色をちゃんとコントロールできているだろうか。自分が怒っているのか、悲しんでいるのか、わからない。

「本当はね……怖かったのよ。マリちゃんになんて言われるか。応援するなんて言っておいて、アレックスがああなって帰って来るなんて、思ってもみなかった。精神的なことが原因だから、私のせいなのよ。本当は」

 ミラの顔はまともに見られない。彼女の言葉を聞いて、はっきりとわかった。自分は怒っている。彼にこんなに無理をさせている工学者たちに。なにもできない自分自身に。自分に何かを変える力があればいいのに。

「ごめんなさいね。マリちゃん」

 ミラが顔を両手で覆っている麻里は首を振った。

「ミラ、謝らないで」

 努めて冷静に、穏やかに、

「謝るなら、アレックスに謝って」

 とつぶやいた。ミラが目を閉じて、ゆっくりと頷く。

 ものすごく自分勝手なことを言っているのはわかっていた。ミラは自分のことを心配してくれている。そうしなきゃいけない義理なんて本当はないはずなのに、気にかけてくれている。仕事に集中しなきゃいけないときに、自分のこともちゃんと考えてくれているのだ。

 あとで謝らないといけない、と頭の片隅で考える。けれど今は無理だ。今の麻里は、全ての人間に対して冷たくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ