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授業参観に来たアレックス。

授業中にマリが思いもかけない行動に出て……。

 やはりやめておけばよかった。

 資料でしか見たことがない、日本の小学校の教室。まるでミニチュアの部屋のようだ。四角い教室にロッカー、きちんと並べられた机と、よくわからない展示物の数々。とにかく物がだいたい小さく、そこに配置された子どもたちと保護者。おそらくこの場のほとんどの人間が、アレックスの姿を1度ちらりと見た。

 アレックスはいつものキャップとサングラスをつけ、Tシャツ姿で来たのだが、保護者らの視線が痛い。日本に来てからこういう環境には慣れたと思ったが、視線の鋭さが半端ではない。ざっと検出を走らせただけでも、こちらを見ている視線が数件ヒットする。果ては後ろを振り向く児童まで出る始末。別に何の用があるというわけでもない。要するに、誰の保護者なのかというのが気になって仕方がないのだ。

「ではひとりずつ、書いてきた作文を読んでもらいます」

 担任教師が教壇で児童に声をかける。さっき先生までもこちらを見たような気がするが、さすがに自意識過剰だろうか。

 誰か読んでくれる人、とつのったところで、すぐに数人の手が上がり、徐々にほとんどの児童が片手をぴんと上げ始める。指名されたのは、最も早く挙手をした児童のひとり。アレックスは、あわてて内蔵カメラのスイッチを確認する。

 がたん、と女子児童は椅子をひいて立ち上がり、作文用紙を両手に持って読み始める。

「私の家族は、おじいちゃんが1人と、お姉ちゃんとお兄ちゃんです。おじいちゃんは自分でロボットをつくるのが好きで、いつもへやで何かいじっています。たまにロボットを私に見せてくれます。お姉ちゃんは本が好きで、毎日、今日読んだ本について教えてくれます。いつも私のピアノを聞いてくれたり、一緒にチェスをやったりします」

 一呼吸置く。手に持った作文用紙から、視線は外さない。

「お兄ちゃんは、毎日ご飯を作ってくれます。一緒にかいものをしたり、ピアノを弾いたりします。この間はいっしょに水族館に行って、イルカのショーを見てきました。私はお兄ちゃんが家に来てくれてうれしいです。私は3人といっしょに暮らしていて楽しいので、ずっと一緒に暮らしてほしいです」



「こっちこっち」

 放課後。1日のすべての授業が終わり、保護者と児童が下校を始めている。アレックスは麻里に連れられて校舎の中を歩いていた。階段のおどり場の壁に貼られた、児童たちの作品。どうやら図工の時間に描いた絵を貼っているらしい。季節柄か、海やら花火やら夏っぽい風景が多い。

 麻里はそのうちの1つの絵を指さした。背景は全体的に青。ふたりの人間が立っている。頭が黄色くなっているヒトっぽいのがおそらく自分で、小さいのが麻里本人だろう。空中、いや水中にたくさん浮いているのは魚だろうか。他にもタコらしきものやクジラのようなものが画用紙っぱいに描かれている。

「へえ、よく描けてるな」

 アレックスは麻里の頭に手を乗せる。ロボットにとって子どもの絵は正直わかりにくいのだが、彼女は同年代の他の子とくらべても絵が上手なほうだと思う。家でもよく色鉛筆を握りしめて描いている。元々ひとりで遊ぶ時間が多かったからなのか、そういう才能があるのか。

「マリ、さっきのことだけど」

 アレックスは他の絵画を見ながらつぶやいた。

「リーブラは姉ちゃんでもいいけど、僕は兄ちゃんじゃないぞ」

「なんで?」

 麻里が小首をかしげる。アレックスは立ち止まって彼女のほうを見た。

「何て言うか、僕はロボットだし。マリにはちゃんと血のつながった家族がいるだろ? じいちゃんもお父さんもさ」

「アレックスは兄ちゃんだよ。さやかちゃんも兄ちゃんだって言ってた」

 アレックスはしゃがんで、麻里と目線を合わせた。彼女が何を考えているのか、自分の感情認識は働かない。

「僕はいつか……仕事に戻るしさ。ずっと一緒にはいられないんだよ。家族ってずっと一緒にいるものだから。いつかマリも、僕のこと忘れちゃうと思う」

 麻里の顔がわずかに曇る。自分が何を言っているかよくわからなかった。決して麻里を非難するつもりはなかった。あとで分析すると、おそらく自分は、麻里と親密になりすぎるのを恐れていたのだった。

「僕と仲良くするなってことじゃないさ。麻里の家族はちゃんといる。ちゃんと人間の家族が」

 そう言い聞かせても、麻里の顔は相変わらず固い。とっくに視線はアレックスの顔から外れ、床を見つめている。アレックスは思わず悪態をつきそうになった。相変わらず、自分は子どもの扱いが下手だ。

 微妙にきまずいまま、一緒に家に戻ると、いきなり玄関に出迎えが来た。リーブラが腰に手を当ててこちらをにらんでいた。

〈アレックス、電話〉

 アレックスは目を丸くした。岡田家にかかってきた電話は、1番にリーブラが対応する。勧誘の電話などはあっさり断るし、大事な電話は信太郎にとりつぐ。アレックスに取り次いでも、あまり意味はない。受け手がコンピュータからロボットに変わるだけなのだ。「僕に?」

 アレックスが目を見開いても、リーブラは肩をすくめるだけだった。考えられることはひとつしかない。電話の相手が直接、アレックスに用がある場合。しかも、彼女の様子からして相手は厄介な人間らしい。アレックスは子機を耳に当てた。

『久しぶりだね』

 声の主はすぐにわかった。反射的にアレックスは顔をしかめる。なんとなく会話をほかの人に聞かれたくなくて、子機を持ったまま家の外に出る。

「お久しぶりです」

『そう嫌な顔をしないで。別に仕事の話じゃない』

「別に嫌な顔をしてたわけでは」

 そうかい、と知臣は声を半音上げる。R.U.Rの奇才と呼ばれた彼の声は、この片田舎ではひどく場違いに思えた。本当に数年前までここに住んでいたのだろうか。普通に父親の役割を果たしている彼の姿を、どうしても想像できない。

『いや、本当は父さんに用があったんだけど、また今度にしよう』

 5分ほど話をして、知臣は早々に電話を切った。本当に信太郎と話したいなら、彼の携帯にかければいいのではないかと思う。アレックスは子機をぶららぶとさせながら家の中に戻る。

「やれやれ」

〈信じられる? ここに電話してきて、娘とは話そうとしないのよ〉

「そういえば、そうだな」

 しんじられない、とリーブラは何度も首を振った。そもそも麻里も麻里で、父親を認識しているかどうか。そういえば今日の授業の作文の中で、父親であるはずの知臣が出てこなかった。まあ知臣のことは思い出も何もないので、作文に書けなかったのだろう。

「母親はご立腹だな」

〈うっさいわね。マリはどこ行ったの?〉

「僕に聞かないでくれ。部屋にいないのか」

 電話を取る前、目のはしっこで麻里が自室に引っ込み、バタバタと何かしていた気がする。そういえば家の外で、誰かが出ていく気配がしなかったか?

〈すぐどっか行っちゃったのよ。一緒にビデオ見ようかと思ったのに〉

 どうやら早々に出かけてしまったらしい。友達と遊ぶ約束でもしているのだろうか。帰り道、そんな話は全くしなかった。

 妙な不安がアレックスの頭の中で漂っていた。ただそれを、アレックス自身は見なかったことにした。それを直視できるほど、体力が残っていなかった。要するに疲れていたのだ。

 


 ****


「体調は、戻ってきてます。ある程度、家事もできるようになりました」

『そりゃ良かった。別に早く復帰してって急かしてるわけじゃないよ。散々父さんには、無理させすぎだって怒られたからさ。ちゃんとゆっくり休んでいいからね』

「僕は、いま戻ろうと思えば、戻ることはできます」

『おいおい大丈夫かい。無理しないでくれ』

「……でも、まだ、しっくり来ていないことがあるんです」

『そうかい。それは無理に言わなくていいよ。自分で納得さえすれば』

「……わかりました」

『君の元気な声が聞けて良かった。本当は父さんに用があったんだけど、また今度にしよう』



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