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4 ロード 5

アレックスが岡田家に来て半年が経っていた。

彼はマリの授業参観に参加することになり――

 朝は1日の活動の始まり。それはロボットにとっても大差はない。多くのヒューマノイドはヒトと関わる仕事についているので、必然的にヒトの生活サイクルに合わせる。夜は充電の時間であり、昼は光からエネルギーを吸収する。

 子ども部屋の扉を開けて、ベッドの上で布団にくるまった少女を見つける。毎日8時間も寝なければいけないというのは、ロボットにとっては何とも無駄に思える。しかし睡眠というのは、ヒトにとって何とも心地よい時間だという。アレックスもできればそのままにしておきたいが、学校の時間があるので仕方がない。

「マリ、起きる時間だ」

 布団に包まれた大きな芋虫をつつくと、麻里が中から出てきた。目はまだ閉じたままで、しばらくするとまた動かなくなる。面倒なのでそのまま持っていくことにする。アレックスは仰向けのままの彼女を持ち上げた。

 ううう、と麻里は声をあげ、虫のように丸まる。重い。負担というほどではないが、思ったより重い。子どもの成長は早いと聞くが、自分の想像を超えている気がする。アレックスが岡田家に来て、すでに半年がたっていた。


 アレックスは麻里を抱えたままダイニングへと向かった。朝食が並べてあるテーブルでは、すでに信太郎が箸を動かしている。

「なんちゅう格好で来とんじゃ」

 麻里を椅子につかせてアレックスは離れる。テーブルの上に並べられた朝食。全てアレックスによって作られたものだった。朝と昼の食事はアレックス、夕食は信太郎と麻里というふうに分担されていた。

 壁に映されたバーチャルガールが麻里を見つめる。

〈マリ、おはよう〉

「おはようリーちゃん」

 ようやく目が覚めてきたのか、麻里が朝食のトーストにかじりつく。今日は特別な日とあって、少しはしゃいでいるのかもしれない。アレックスはそばにあるソファに座る。

「教授、出発はいつごろですか」

「10時の電車に乗るからの……9時すぎぐらいかの」

 信太郎は味噌汁をすする。彼は今日、県外の大学で講演をしなければいけない。同時に、麻里の学校では授業参観が行われる。妙な用事は重なるものだ。

「面倒じゃのう。この歳で話すことなんぞ何もないんじゃが」

〈そんなことないですよ。岡田信太郎って言ったら、工学者の中で伝説じゃないですか〉

「じいちゃん何かするの?」

〈大学で講演するのよ。学校の先生になるわけ〉

「先生になれんだあ」

 麻里が目を丸くして、正面の信太郎を見る。信太郎は恥ずかしそうに苦笑した。

「わしゃあ奥で機械いじっとるほうが楽しいんじゃが」

 麻里が朝食をすませ、てきぱきと登校の準備を始める。根がまじめな麻里は、ほとんど自分で準備をすませ、時間割も自分で合わせる。もともと保護者が少なく、大体のことは自分でしなければいけない、という環境のせいもあった。最後に心配性のリーブラが、玄関で忘れ物チェックをするくらいだ。

〈教科書ぜんぶ持った?〉

「うん」

〈今日は体育があるわよ。体操服持ったわね〉

「うん」

 食器洗いをすませたアレックスも玄関に立ち、リーブラ、それと信太郎も一緒に麻里を見送る。アレックスはいつもと違う言葉で見送った。「じゃあ、またあとで」麻里は手を振って家を出ていく。

 それでじゃ、と信太郎がつぶやいた。アレックスは頭をかく。

「くれぐれも目立たんでくれよ」

〈この格好で目立つなというのは、難しいですよ〉

 今日の参観日には、信太郎の代わりにアレックスが行くことになっていた。これまで買い物や散歩は自由にしてきたが、学校となると人の密度が違う。保護者の情報網をあなどっていては、あっという間に妙な噂が広まる。

「変装したほうがいいでしょうか」

「いや、使ったら使ったで怪しまれそうじゃしな。お前さんがストレスになるといかんし。いやそのままのほうがストレスになるか」

〈もうキャンセルはできないですよ。マリは来ると思ってますし〉 

 信太郎は眉間にしわを寄せた。参観日の案内のプリントを見たとき、誰も行けないかもしれない、とは麻里には言えなかった。麻里はまだ小学一年生。ただでさえ両親の不在で寂しくさせているのに、これ以上悲しい思いはさせたくなかった。

「ま、普通に見ておけばいいんじゃ普通に。それから、留守のほうも頼むぞ。帰りは夜遅くなる」

 そう言って信太郎は廊下の奥へ引っ込んだ。出張の準備をするのだろう。アレックスはリーブラと顔を見合わせた。

〈ねえあんた、目にカメラとかついてないの?〉

「一応あるけど」

〈じゃあ授業参観の写真よろしく。ビデオも撮ってくれるとありがたいわね〉

 アレックスは手で額を押さえた。このコンピュータガールの母性はどこからくるのか。もしかすると、プログラムの時点でそう設定されたのかもしれない。自分の眼に内蔵されたカメラも、まさか参観授業の風景を撮るとは想定してなかっただろう。カメラを回す余裕があればいいが。


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