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訓練中の記憶を思い出すアレックス。

岡田家に休養に来た理由は――

 最初のシーンは、R.U.Rの社内だった。まぶしい陽の光と、樹木の固まりがどろどろと目の前に広がっていく。自分がR.U.Rの職員と話をしている。

「アレックス、社員が話してたけど、テストを1発でパスしたんですって? すごいじゃない」

 別に、僕が優秀ってわけじゃない。僕を造った教授たちが優秀なんだ。

「またそんなこと言って。あんたの努力もちゃんとあるわよ。いくら素材が良くっても、本人の努力がなきゃ学習もしないわ。つまりあんたはよく頑張ってるってこと」

 ――そうかなあ。

「そうよ。ま、あなたが何の仕事してるか、私は知らないけど。別に悪いことしてるってわけじゃないんでしょ? 私は応援してるわよ」

 ははは。

「あれ、嬉しくない?」

 喜んで良いのかな。

「あらら、ノリが悪いわねえ」

 前から思ってたけど、どうして君は、そんなに僕のことを気にかけてくれるんだい。

「やーねえもう。そんなんじゃないわよ。まあね、最初に一目見ただけで、すごくまじめ! って思ったから。ロボットは丁寧に作るほど良い子になるのよね。今までもまじめな子がたくさんいたから。あなたの仕事はすごく大変らしいし。もっと力抜きなさいよってこと。そうじゃないと大変だわ。人間だって、休むときは休むのよ。あなたはすごく人間に近い動きをするんだから、休みも人間並みに取っていいのよ」

 すごく難しい課題だな、それは。

「でしょう。ましてや新人なんて頑張りすぎて大変なんだから。仕事を長く続けるためにも、ゆっくりやるのよ。あなたが良い仕事をするためにね」

 うーん。

「わかったのかしらこの子は」

 ……僕の仕事は、そんな、いいものじゃ、ないんだ。


 映像が変わり、今度は目の前に男がいた。場所もどこかの会議室のようだった。この担当の男は、アレックスがこれまでに見てきた人間の誰とも似ていなかった。多くの修羅場を潜り抜けてきた人間の目。既に現場からは離れているのかもしれないが、取っ組み合いになったらアレックスでもまず負ける。

『その〈女〉は、重要な協力者になる可能性がある。組織に入っているある男と深い交流がある。もし協力者に引き込めれば、恐ろしく重要な情報を得ることが出来る』

 ――調査、ですか。

『朝起きてから夜寝るまで、2週間全てだ。基本的なことだけじゃないぞ。特に1人の時に気をつけろ』

 と言うと?

『お前は知らんかもしれないが、ヒトは1人のときに本性が出るものだ。誰かの前だと、ヒトはすぐに猫をかぶる。1人のときにする行動がそいつの本質だ。見せたくない、消したくなるような過去がそいつの本性だ。

 あと恋人同士のやりとりだな。これも2人きりになってお互いの本性が出やすい。今まで交際してきた相手、初体験の時期と場所、どういう言葉に弱いのか、どういうプレイがお好みか』

 ――冗談、ですよね。

「まあ半分は冗談だ。昔はそのぐらいの気持ちでいろと言われたがな。だがどこまで調べればいいか、考えてもみろ。協力者となれば、男の情報を流してもらわないといかん。〈女〉にとっては一種の裏切りだ。精神的にかなりの緊張状態となる。何をしでかすかわからんし、逃げられでもしたら最悪だ。

今回は違うが、お前が協力者を獲得する気持ちでやってみろ。いざそいつが弱音を吐いてきたらどうする? そいつがおまえを脅してきたら? その〈女〉のことなら何でも知ってろ。書き文字の癖、目玉焼きの食い方、嘘を言うときのしぐさ」

 一応聞きますが、プライバシとかは。

「……プライバシでテロが防げたらいいがな。道徳の授業をするつもりはない。法律の講義ならしてやるぞ」

遠慮しておきます。わかりました。

「ただ、女とは死んでも接触するな。おまえはなんとかとかいう変装を使うらしいが、調査の段階でばれたら何もかも終わりだ。変装は使ってもいいが、あくまで尾行や張り込みのときだけだ。いいな」

 接触は、しません。してもごまかします。

「お前を煙たがっているやつは、ここには大勢いるぞ。ただの人形に、俺たちの代わりが務められては困るとな。どうしてお前を無理やり入れて来たのか、上の連中の考えていることはよくわからん。

 別に俺はどっちでもいい。役に立たんならいらん。役に立つなら使う。それだけだ」

 わかっています。

「……機械のくせに、思ったより人間臭いなおまえは」

そうでしょうか。

「ああ、感情がクールなところは気に入った。使えるかどうかは別だがな」


 映像はまた突然変わり、R.U.Rの研究室。目の前にデスクについた自分の製作者がいる。

『うーん、やっぱりパーソナルを戻す時に問題があるのかな……』

 ――変身が解けたときに、すごく、気持ち悪くなります。あと、他人と会ったときに、とてもきつくなるんです。メモリがフィードバックされるときの、落差が激しいのか。体が、おかしくなりそうで。

『ちょっとやりすぎちゃったかもね。演技行動って難しいんだなあ。まあボクも演技は苦手なんだよね』

 ――そうですか。

『あ、ごめんごめん。真面目に言うと、君には休息モードが必要かもしれない。ずっと動き続けられるっていう、メリットは危うくなるかもしれないけど、休めるときには休んだ方がいい。こう言っちゃなんだが、君は休むのが下手のような気がするからね。強制的に省電力になるモードが必要かな』

それは、人間のように、眠るってことですか。

『うん。あと休むだけじゃなくて、日ごろのストレスを吐き出すことね。評価関数があんまり動かないパーソナルにしないといけない。変装行動があるだろ? あれ、最初はもっと全身の骨格が変形するように作ってたんだ。たとえば一五〇センチくらいの子どもにも変形できるように。あれを利用できればいいんじゃないかと思うんだよね』

 僕が、子どもになるんですか? 子どもに?

「そうそう。このくらいの子どもに。多少ストレスは取れるはずだよ。どうかな」

 ……嫌ではないですが。あまりこれ以上、変身したく、ないです。

『いや、今回のは、別人に変形するわけじゃないんだよ。君は君のままだから。別に人を騙すってわけじゃないから』

 ――また、自分が変わってしまいそうですね。



(気持ち悪い……)

 自室のベッドの上で目が覚める。休むためにスリープモードにしていたはずなのに、余計に疲れてしまった気がする。調子が悪い中で記憶の整理なんかするからだ。それとも何か、過去の記憶を引っ張ってくるきっかけがあったのか。

 嫌な記憶だった。けれどこの記憶を消すことはできない。これを消したら自分はロボットでなくなる。

 機体の中にセットされた時計を見ると、夕方を少し過ぎたところだった。信太郎が夕食を作っているころだろうか。昨日から、なるべく食事のときはダイニングにいるようにと言われている。アレックスは食事をとらないが、どうせすることもないのでそれは構わない。額を押さえながら部屋を出る。吐き気がひどく、壁や扉にどんどんぶつかる。ずっと壁にもたれて突っ立っていたい。信太郎に言うべきだろうかと考えながら、ふらふらと廊下を歩く。

 ダイニングに行くと、この世のものとは思えない破裂音が聞こえた。すぐに思いついたのが爆竹の音だった。後から聞けば、クラッカーというパーティグッズだったらしい。ほんのわずかだが火薬の反応がした。

 ダイニングテーブルの上には、チキンとサラダ、ケーキが所狭しと並んでいる。デリバリーで頼んだのだろうか。当然ながらこの家庭で食事をとる人間は麻里と信太郎しかいない。その2人はすでにテーブルの両端につき、いましがた入ってきたアレックスを見上げている。アレックスは首を傾げた。

「どなたか、来るんですか」

 信太郎は苦笑する。

「誰も来やせんよ。今日はお前さんの歓迎会みたいなものじゃ」

「それと、誕生日!」

 麻里がクラッカーを手に持ってはしゃいでいる。リーブラはいつものごとくウォールステッカーと化しており、壁中に紙吹雪がわらわらと舞っている。当然それらはホログラムで、床には先ほどのクラッカーの紙以外落ちていない。

 アレックスはぼんやりと、入り口に立ち続けていた。このパーティが自分に向けて行われているという事実は受け入れ難かった。まだ歓迎会はわかるとして……誕生日?

〈なに呆けてんの。サプライズよサプライズ。喜びなさい〉

「おめでとうアレックス。確か先々週ぐらいで、起動1年目じゃろ? まあヒトで言えば誕生日みたいなものじゃ」

「早く食べよ―」

 麻里がフォークで皿をつついている。今日の君たちの様子がおかしかったのは、このせいか。だけど僕はロボットだから、食べても意味がないんだって、昨日言ったじゃないか。僕のお祝いなのに、これだけ誰が食べるんだよ。

 自分の口からはそんな言葉が出てくるとアレックスは期待していたのだが、次の瞬間につぶやいたのは全く別の言葉だった。 

「僕、ロボットなんですが」

「そうじゃな」

「誕生日って言ったって、ただ1年経っただけですし、別にめでたいというわけじゃ」

 口からぽろぽろと言葉が漏れる。この言葉は自分の中で、きちんと処理されているのだろうか。

「まあそうじゃが、いいじゃろ。アレックスが1年、無事に動いてくれとるのに感謝するんじゃよ。今まで生きてくれてありがとうと」

「感謝されることなんて、ないです」

 アレックスは信太郎の言葉を遮った。両手で顔を覆う。

「僕は仕事もまともに出来ない……捨てられるべきロボットなんです。本当はエレメンツにも入るんじゃなかった。他のロボットはちゃんと仕事をやってるのに。僕は失敗なんかして、こんなところで何にもしてなくて」

 アレックス、と信太郎の言葉だけが聞こえた。自分の口が止まらない。

「僕はこんなに頑張ってるのに、どうして上手く行かないんですか。他のロボットはちゃんと仕事してるのに。どうして僕だけだめなんですか。これ以上何を期待するって言うんですか。もう無理なんです。どうしてあんなに辛いんですか。どうしてあんなに苦しいんですか。どうして僕は辛いと感じるんですか――」

信太郎が異変に気づいてこちらに駆け寄ってくる。アレックスはその場に膝をついた。視界がぼやけてくる。顔が熱い。

「アレックス、すまんかった」

 信太郎に背中をさすられる。

「つらかったみたいじゃの。わかってやれんですまんかった。わしらが悪かったの」

 信太郎の言葉を、アレックスはほとんど聞いていなかった。情けなかったし、どうでもよかった。ただ今は、2本の足で立つことすらしんどかった。頭が割れるように痛い。視界が暗くなる。五感が徐々に機能しなくなる。


 目が覚めると、眼前に天井があった。各機能が回復を始める。

(また寝たのか……)

 どうも今日は寝てばかりだ。熱暴走を抑えるには安静が一番とは言え、ロボットとして頻繁に休むのは情けない。ベッドの上でアレックスが上体を動かそうとすると、ひどい頭痛がした。思わず悪態をつく。

 ぶん、と隣で起動音が聞こえる。壁にほのかな明かりが点く。いつもよりは控えめな光度。この部屋にまでプロジェクタが設置されているとは。せめてノックぐらいしてほしい。

 壁に浮かび上がったバーチャルガールが、アレックスの顔を覗く。

〈体調はどう〉

「最悪だ」

 ベッドに横になったまま額を触る。だいぶ熱は引いているが、頭痛がひどい。どこまで記憶が残っているのか、確かめるのも面倒だった。ただわけのわからない祝い事があって、軽い混乱が起きた。人前で思い切り寝転がってしまい、そのあとはよく覚えていない。そういえば、あの場には麻里もいたんだった。

「やっちまったな」

 ため息とともにつぶやくと、リーブラは飛び跳ねた。

〈少しでも動けるなら、マリのとこに行ってあげて〉

 スピーカから流れるソプラノの声が頭に響く。アレックスは目を閉じた。

「僕、いちおう倒れたんだけど」

〈わかってるわよ。でもマリも落ち込んでるの〉

「今度からパーティやるときは、言っておいてくれ」

〈反省してます、このとーり〉

 アレックスが起き上がると、リーブラは駆け足の格好で壁から消える。どこにいったのかはわからない。ふらふらと部屋を出て廊下を歩く。リビングに行ってみたが電気が点いておらず、誰もいない。ダイニングを覗くと、テーブルの上はきれいに片づけられている。仕方がないので廊下に出たとき、奥の暗がりに人影があった。

 影は、体を半分だけ出してこちらを覗いている。アレックスはゆっくりと近づいた。暗視モードにはしない。影は不安そうな目でこちらを見ている。

「心配させたかな」

 アレックスはしゃがんで麻里の目をじっと見つめた。アレックスが口の端を上げる。麻里は表情を変えない。アレックスが頭をなでる。表情を変えない。麻里を抱き上げる。表情は見えない。そのままダイニングへと向かう。アレックスはつぶやいた。

「なんか余ってるものないかな。何か食べたくなってきた」

「ケーキ」

 麻里がぼそりとつぶやく。後ろからリーブラがついてくる。アレックスは冷蔵庫の前で麻里を下ろし、中から四角い箱を取り出した。麻里は食器を取り出す。

「アレックス、食べられるの?」

「いちおうね」

 テーブルの上に小皿とフォークを並べて、向かい合うように席につく。麻里はイチゴショート、アレックスはチョコケーキを選んだ。フォークでつっついて口に運ぶ。あまり高性能とはいえない味覚センサが、甘い、苦い、とアレックスに知らせる。リーブラが頬をふくらませる。

〈いいわね食事できる人は〉

 別の椅子の上に、立体映像として投影されたリーブラが座る。当然だが彼女の口元にケーキを運んでも、ただ素通りするだけだ。

「この美味さがわからないなんてな。かわいそうだよなマリ」

「わはー」

〈あんたもわかってないでしょうが〉

 フォークを動かしまくる麻里を見ると、本当に美味しいのだろうなと予測はできる。リーブラが言った通り、アレックスは少しも味がわかっていなかった。ただ機械的に噛んで、食物を喉に通す。ぐちゃぐちゃした感触が気持ち悪い。

 廊下から足音が聞こえてくる。この家に人間はあと1人しかいない。信太郎がダイニングを覗く。

「なんじゃい、起きとったんか」

「教授も食べますか」

 信太郎がマグカップを片手にテーブルにつく。ケーキを口に運んでいるアレックスに目を向けると、片眉を上げた。

「食べると処理が大変で、また熱があがるぞ」

「はい。食べたらすぐにまた寝ます」

 本当は頭がジンジンと響いて、それどころではなかった。今アレックスを動かしているのは、人前で倒れてしまった気恥ずかしさと申し訳なさだけだ。子どもに良くない場面を見せてしまったという罪悪感だけだった。本当はケーキなんて美味しくもなんともない。ただ、気恥ずかしそうに笑って、だんだんと元気を取り戻していく麻里を見てると、それでもいいかなんて思ってしまう。さっきの夢については、後で信太郎に話そう。かなり心配をかけてしまったはずだ。

 とりあえず今日はこれを食べて、ゆっくり寝ることにする。

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