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4 ロード 3

アレックスは訓練のため、岡田家で料理当番をすることに。

リーブラからはロボットのバージョンアップについて聞かされる

「教授」

 ダイニングでコーヒーを飲んでいた信太郎を見つけて、アレックスは尋ねた。信太郎が眉を上げて彼を見る。アレックスが岡田家に来て3日目、土曜日の朝。陽光がまぶしくダイニングに降り注いでいる。

「僕は何をすればいいでしょう」

 信太郎は肩をすくめる。

「何でもいいんじゃよ。好きなことなら」

 アレックスは目を細めた。残念ながらそんな設定はされていない。今までR.U.Rでしてきたことといえば訓練ばかり。暇な時間があったとしても研究者が大勢いたし、時間をつぶす施設も申し分なかった。岡田家には何もないというわけではないが、何より「休暇」をどう満喫すればよいのかわからなかった。

「何もせず、生を楽しむのも訓練のうちじゃ」

「難しいです。出来れば、何か教授の役に立てるものが良いと思います」

 真面目じゃのう、と信太郎が顎を触る。「まあ、どうしてもと言うなら、家事をやってくれるとありがたいわな。掃除でも洗濯でもいいぞ。料理は厳しいじゃろうが」

 アレックスは逡巡した。

「何かリクエストはありますか」

「本当にやるんかい。まあ初心者なら、夕食のカレーぐらいでどうじゃ」

 信太郎が提案すると、ぶん、と隣の壁にプロジェクタの光が射した。岡田家に住むもう1体のエレメンツが姿を見せる。

〈教授、今晩はあれが〉

 リーブラが何やら人さし指を立てて信太郎に向かう。信太郎はしばらく呆けていたが、慌てたように眼鏡を上げた。

「あ、そうじゃそうじゃ。夕飯はわしがやるから、朝飯を作ってやってくれんか。わしも食べるし、麻里がそろそろ起きてくるじゃろ」

 アレックスは首を傾げた。

「はあ、何がいいでしょう」

〈最近、マリはパンとサラダにはまってるわね〉 

 サンドイッチくらいがいいんじゃない、とリーブラが提案する。麻里の母親代わりを自負する彼女は、食に関してもうるさそうだ。次の瞬間に、アレックスはネットからサンドイッチのレシピを引っ張ってくる。普通のやつでいいかと当たりをつけて、キッチンに赴く。今まで料理はしたことはなかったが、ネットから適当な動画を見つけてきて学習する。恐ろしく細かな作業、というわけでもなさそうだ。

 キッチンに立って、食器と調理器具の位置を確認する。

〈エレメンツで、家事ロボットっていた気がするわ。あんたじゃないと思うけど〉

 ダイニングから移動してきたのか、リーブラがキッチンの冷蔵庫に映し出されている。扉を開閉するたびに彼女は横によける。

「ふだん誰が料理してるんだ」

〈教授以外にいないでしょ。最近はマリも練習してるみたいだけどね。あ、マリはトマトとツナが苦手で、卵が好きだから〉

 冷蔵庫の中から卵をつかんで、アレックスはため息をつく。人の好き嫌いまで考えていなかった。やはり掃除や洗濯にした方が良かったかもしれない。

 お湯を沸かしながらぼんやりとしていると、アレックスはふと口を開いた。

「なあ、あんた、昔パーソナルを入れ替えたって言ってたよな」

〈そうだけど〉リーブラは忙しく目を動かす。作られる料理が心配なのか、それともアレックス自身が心配なのか。恐らく両方だろう。

「それってどういう感じなんだ」

 食パンを取り出して半分に切る。リーブラが冷蔵庫の前でブラウンの髪をいじる。

〈ほとんどそっくりの作り替え。ヒトの脳と同じように、私たちの頭は、学習が進んでほとんどブラックボックスだから。今のロボットは知らないけど、当時は言語理解機能だけ入れ替えるってのは、難しかったわけ。だから30年以上前の、当時の〈Li : 3 : LIBRA〉が生まれた時の記憶は、厳密には残ってないわね〉

「それって、ほとんど生まれ変わったってことか?」

〈そうとも言うわね。あとから当時の映像データはもらったから、一応『知ってる』って感じ〉

 食パンをトースターにセットする。教育型コンピュータとして、ずっと以前に作られたリーブラはおそらく、こんなに流暢に喋ってはいなかった。人工知能も進化はする。

「なんかそれって……不思議だな」

〈まあ、変なこともあるわよ。私自身は生まれて8年程度なのに、まわりは30年以上前の〈Li : LIBRA〉として見るわけだから。別に気にしてないし、まあ技術が向上したわけだから、教授も今の方がずっと自然だって言ってくれるし〉

「バージョンアップして、良かったと思うか?」

〈良いも何もねえ。たまに映像で昔の私を見るけど、ま、たしかに性能は上がってるわね。今はマリの世話がちゃんとできるし、ありがたいと言えばありがたいかな〉

 頭の中のタイマーが時間を告げ、沸かしていた卵を取り出す。天井に付けられた、リーブラの眼であるカメラがしきりに動く。

〈なに、あんたバージョンアップしたいの?〉

「そういうわけじゃないけど。そういうのもあるのかって」

〈なーに言ってんのよ1歳児のくせして。あんたはこれから成長するんじゃないの〉

 小皿の上で、ゆで卵をつぶす。腕が命令した通りに、正確に動く。

〈それに、私はかなり特殊な例よ。30年以上前の古いプログラムを、誰がバージョンアップしたいなんて思う? 予算も手間もかかるし、新しいロボットを作った方が圧倒的に早いわ。私はほとんどマリのために、教授の趣味で作られたようなもんだし、本当ならとっくにお払い箱よ〉

「僕も成長するのか」

〈そりゃそうよ〉

卵を潰しながら、遅いレスポンス。学習するというのはわかるが、成長すると言われるとピンとこない。ロボットは人間に作られたものだ。人間の思った通りに動くのが仕事であって、勝手に成長するロボットなんて、あり得るだろうか。


「食べられる?」

 昼になる手前に起きてきた麻里をダイニングに招き、自分で作った朝食を提供する。テーブルの上にはいつの間にかコーンスープやらウインナーやらが増えている。調子に乗って作りすぎたかもしれない。

 眠そうな目でサンドイッチを咀嚼した麻里は、アレックスを見つめてゆっくりとうなずいた。一応食べられる、ということらしい。アレックスが味見をしても大雑把な味しかわからないので、信太郎に食べてもらう以外、味見のしようがない。しかし高齢の信太郎と子どもの麻里ではまた味覚も違うらしい。実に面倒くさいことだ。

「いつものパンはもっとやわらかい」

「ああごめん。ちょっと焼きすぎたかも」

〈今度ケーキでも作れるんじゃない?〉

 壁に映し出されたリーブラがテーブルの上を覗きこんでいる。ケーキ? と麻里が反応する。アレックスは麻里の隣に座って頬杖をついている。

「ケーキって、お菓子だろ。かなり難しいんじゃないか」

〈ロボットには向いてるんじゃないの。きっちり裁量やった方がいいから〉

 何の情報だよ、とアレックスは思う。子どもは味に敏感らしいし、とりあえず食べてくれているということは、そう悪くないはずだ。

「これ、アレックスがつくったの?」

 ようやく目が覚めてきたのか、麻里が今さらのように驚く。目の前の朝食とアレックスを見比べる。「すごいね」なんとも言えずにアレックスは鼻をかく。

〈アレックス、これからあんた何すんの。教授は出かけるらしいけど〉

 横からリーブラのボイスが響く。アレックスは額を押さえた。

「疲れたから部屋で休む。なんかすごく頭使った気がするんだ」

〈まーね。料理ってかなり集中力使うと思うわよ。ゆっくり休んでおきなさい〉

 だったら最初に言ってくれよとアレックスは思う。珍しくリーブラが自分を気づかってくれている。朝食の出来がけっこう良かったからだろうか。いやそんなことはないか。

 麻里が後片付けは自分でやると言い出したので、アレックスは言葉に甘えて自室に引っ込んだ。自室と言ってもただの空き部屋で、使われていないベッドが置かれているだけだ。元は麻里の両親の部屋だったらしい。アレックスはベッドに寝そべり、睡眠モードに切り替えた。ぐらぐらと頭の中が揺れ、最悪のコンディションで眠りにつく。睡眠モード中は、長期記憶の整理を行う。人間と同じく、アレックスは案の定、嫌な夢を見ることになった。

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