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「気をつけてな」

 信太郎に見送られながら、アレックスは麻里を連れて外へ出る。アレックスは借りたキャップを深くかぶり直してから、しゃがんで麻里を見つめる。

「ええと、じゃ、マリちゃん。案内してもらえるかな」

 麻里がこっくりとうなずいて先導する。地図を検索した方が早いが、ここは彼女に頼った方が良いのだろう。

 買い物自体は、特に混乱もなく終わった。普通のスーパーはインドネシアでもよく見かけるし、ありがたいことに麻里がちゃんと先導してくれたのだ。どうやら買い物が最近のお手伝いの筆頭らしい。アレックスはかごをぶら下げて、ただ麻里の後を着いていくだけでよかった。

目立ったかどうかについては、よくわからない。ただこんな、少し気になるくらいの人の視線を、これから死ぬほど浴びなければいけないと思うと、家に引きこもりたくなった。こんなにいろんな人間に見られたのは初めてだ。

 いつでもどこでも、目立たないこと、存在しないことが自分の役割だったのに。これから再考しないといけないかもしれない。

「帰りさ、別の道まわってもいいかな」

 アレックスが尋ねると、麻里はうなずいた。家の周辺をぐるりと回るように、迂回路を歩く。近くに河川敷があったはずだった。

 春だった。インドネシアと違い、日本には四季というものがあるらしい。なんとものどかな風景だ。なんというか、いちいち風景の色がどぎつくない。逆に言えば面白みもないのだが、どちらかといえばこういう方が好みだった。

 河川敷に近くに、公園があった。そこに麻里と同じくらいの女の子と、母親らしき女性がいた。女の子がこちらを見てあっと声を上げる。

「マリちゃん!」

 女の子が麻里の名前を呼ぶ。麻里は黄色い声を上げて飛んで行った。友達の前ではどうやら元気らしい。二人は勝手に滑り台やらで遊びはじめる。放って帰るわけには行かず、アレックスは小さな買い物袋をぶらさげて、近くの鉄棒にもたれかかった。

 こんにちは、と近くにいた母親があいさつをしてくる。アレックスは逡巡したが、「こんにちは」と普通の発音で返した。

「日本語、大丈夫ですか」

 大丈夫ですよ、とまたアレックスの初対面プログラムが発動する。アレックスは心の中でため息をつきながら、努めておだやかに振る舞った。

「麻里ちゃんの……ご親戚の方?」

「今日から世話になってます。アレックスと言います」

「うちの沙綾香が、いつも麻里ちゃんのお世話になってます」

 どうやら麻里と一緒に遊んでいる娘は、沙綾香というらしい。ということは、もしかするとこれからも頻繁に会うかもしれない。下手な嘘は逆に怪しまれる。そんな計算が一瞬でなされる。

「いつもはおじいさまがいらっしゃいますよね? ご両親は確か……」

 アレックスは反射的にネットからデータを引っ張ってきた。父、岡田知臣、R.U.R勤務。母、美奈子、第一子を出産後、二年後に事故で死亡。

 そうだったっけ、と今さら納得する。アレックスはうなずいた。

「父親は海外で働いて、母親はいないですね。ずっとそうらしいです」

 何となく沈黙が降りて、アレックスは面倒くさくなってきた。あまり関わらないでほしいが、仕方がない。何か相手は有用な情報を持っていないだろうか。そうだ、子どもに関すること。アレックスは麻里を軽く指さした。

「あの子は、普段どんな様子なんですか? あまり知らなくて」

 我ながら間抜けな質問だ。麻里のことを何と呼べばいいかだいぶ迷った。マリ、と口にするにはまだ早すぎる気がする。

「とっても良い子ですよ。良い子すぎて心配になるくらい」

 へえ、とアレックスは麻里を眺める。あの母親役のリーブラが聞いたら何て言うだろう。

「それなりに悪いこともしますけど、叱るとちゃんと聞いてくれます。でもなにか、言いたいことがあるのに、言ってくれないときがありますね。聞いても答えてくれないときが」

 沙綾香の母親は申し訳なさそうに話す。これは後で信太郎に話したほうがよさそうだ。その麻里の性格が、両親の不在から来ることなのか、アレックスにはわからなかった。そうですか、と適当にわかった風な返事をする。

 アレックスはふと話題を思いついた。さっきのスーパーで、自分はさんざん、周りの人間に奇異な目で見られた。

「あの子と一緒にいて、僕はどういう感じに見えますか」

 母親は少し考えた。

「最初は麻里ちゃんの英語の先生かな、と思いました。けどそれにしては仲がよさそうなので、たとえばお姉さんが国際結婚してて、義理のお兄さんなのかな、とか」

 そういう見方もあるか、とアレックスは納得する。そんな見方をしないといけないほど、この国でこの容姿は珍しいのだ。R.U.Rでは、黒人がいようがアジア人がいようが、それぞれが一人の人間だった。誰と誰とが親戚かなんて、関係ない。日本ではそう納得しなければ、アレックスは怪しすぎるのだ。

「いずれにしても、ご家族にしか見えませんよ」

 女性の言葉を聞いて、アレックスは自嘲気味に笑った。残念ながら家族にはほど遠いし、そうなるつもりもなかった。あの子の世話はリーブラと信太郎にまかせておけばいい。

 本当はどういうご関係で? と母親に聞かれて、アレックスはどう説明するか迷った。こういうときの反応はさんざん訓練で鍛えたはずなのに、言葉が出てこない。秘密です、と仕方ないので笑ってごまかす。

 軽く笑った母親は、自分の娘の方に目を向けて、そろそろ帰るよ、と呼びかけた。遊具ではしゃぎまわっていた二人の女の子は、まだ遊びたそうにぐずぐずしていたものの、結局は手を振り合って別れる。

「じゃ、帰るか」

 親子が公園から離れて、アレックスも麻里の元へ寄った。麻里が二人の後ろ姿をじっと見ている。ような気がした。気のせいかもしれない。アレックスは頭をかく。

「あのさ、マリって呼んでいい?」

 他人から家族と見られるのなら、そう呼んだ方が自然だろう。信太郎もリーブラもマリと呼んでいるのだから、自分もそれでいい。麻里は口を開けてこちらを見上げ、ぼんやりと頷いた。

「僕はアレックスっていうんだけど」

 ついでに自分の名前も告げると、麻里は不思議そうに目を丸くした。

「アレ……?」

 アレックス、と自分の名前をゆっくり発音してあげる。それでも麻里はしっくりこないらしく、しきりに首をかしげている。

「アレック、あれくす」

「まあ、なんでもいいけど」

 その後何度か繰り返して、ようやく麻里の発音がまともになってきた。

「アレックス。アレックスとリーちゃん」

「……リーちゃんて、リーブラのことか」

 麻里の小さな手を握る。地面や遊具を触りまくったからか、麻里の手は砂だらけだった。

「アレックス」

「なに?」

「さやかちゃんが、アレックスのこと変な人だって言ってたよ」

 麻里がつぶやいたのを聞いて、アレックスは何ともいえない顔をした。子どもの鈍感さは恐ろしい。そんな報告は欲しくもないが、やはり子どもにとって自分は不気味なのだろう。

 夕焼けがまぶしく沈もうとしている。

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