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8年前、アレックスは仕事で熱暴走を起こし、岡田家で休養をとることになる


( Load 記憶装置に保存されているデータをメモリに読み込む)

「麻里、このまえ話したじゃろ。今日から一緒に住むアレックスじゃ」

 信太郎に連れられて岡田家のリビングに上がると、ひとりの女の子がこちらを見ていた。まだ小学校に上がりたて、という年頃だろうか。彼女の姿は、一言でいうと、立ち尽くしている。こちらと目は合っているが、心ここにあらずといった感じだ。

「よろしく」

 アレックスは反射的に微笑み、しゃがんで手を差し出した。笑顔は敵意のないことを示すあいさつのようなものだ。どんなに疲れていようと、プログラムが勝手にそうしろと言ってくる。

 女の子はロボットのように手を前に差し出した。アレックスが手を握ると、棒きれのように力がなかった。どうやらあいさつは効かなかったらしい。あまり自分は歓迎されていないのか、それとも単に緊張しているだけだろうか。

 リビングを離れて廊下に進み、アレックスは信太郎にささやいた。

「怖がらせてしまったみたいですね」

「麻里の年頃は、いちばんロボットの不自然さに敏感らしいからのう。さすがのお前さんもロボットっぽいのが出たんじゃないか」

「やっぱり日本人の顔にしたほうが良かったですか。この顔だと余計に怖がらせます」

「いや、お前の顔はそれだからな。ここで変装する必要はないじゃろ」

「すみません。あまり子どもの相手はしたことがなくて」

「そうでなくても、麻里はちょっと人見知りする子じゃからなあ。まあ気にすることじゃない。焦らんでいい。お前は休暇で来たんじゃからな」

 はあ、とアレックスは生返事をする。アレックスは起動して1年目。訓練に失敗して熱暴走を起こして以来、アレックスの判断能力は意図的に落とされていた。そうでもしないとまた無理な計算をしてしまい、システムダウンを起こしてしまう。

 アレックスは信太郎に連れられ、これから居候する住まいを案内された。R.U.Rの伝説と呼ばれた男はどんなところに住んでいるのかと思っていたが、何てことはない。2階建ての普通の一軒家だった。大勢住んでいるわけでもないし、あまり広いと管理が大変なのだろう。1つ特異なことがあるとすれば、研究室や実験室が点在していることぐらいだ。

 研究室の1つに入ると、先客がいた。計測器やらケーブルが混み合っているところに、意図的に空けられた白い壁。そこに映される精密な立体映像。今は平面に映されているので、厳密には立体とは言えないのかもしれないが。

 家政婦のような格好だった。後ろでひとつに束ねられたブラウンの髪と、大きめのベージュのエプロン。ツンとすました顔の肌は、アジア系にしては白い。ドラマに出てくる女優のようだ。アレックスほど人間に近くもなく、完全にゲームのようなCGというわけでもない。バーチャルとリアルの境目ぐらいに彼女はいた。それは意図的にデザインされ、あまりにリアルすぎると、プログラムユニットであることに違和感が出る。人間そっくりなのに、なぜボディがないのかという違和感。味覚や触覚を持っていないことに対する違和感。

 家政婦はアレックスと信太郎に気づいた。目を見張る動作も滑らかだ。天井のスピーカから音声が流れる。音の反射を利用して、彼女の口から聞こえてくるように感じる。

〈あなたが〈Al : ALEX〉?〉

「ええと……誰だっけ」

 同じ初対面でも、アレックスの対応は先ほどとは違っていた。これほど精巧なホログラムは、エレメンツの一員に間違いない。気を許しても良い相手だ。

〈知ってるでしょう。〈Li : 3 : LIBRA〉、あなたの先輩〉

「リーブラって……エレメンツの3番目だよな。できたのは30年以上前のはずだろ? 思ったより人格プログラムが僕らと変わらないな」

 アレックスが面食らっていると、リーブラは腕を組んだ。

〈途中でバージョンアップしたのよ。乙女の年齢をばらすなんていい度胸ねえ〉

 横で信太郎が笑っている。どこが乙女なんだよとアレックスは思った。生まれて1年しか経っていないアレックスには、その長い年月は想像がつかない。

 実際にこの教育用プログラムは、家政婦のような恰好をしているものの、家事はほとんどやらないし出来ない。後から知ったのだが、ヒトに対して掃除をやれだのちゃんと食べろだの、文句ばかり言っている。口うるさいおばさんと言った感じだろうか。反面、指導は上手く、工学なら大学レベル、一般教養なら高校レベルぐらいまで教えることが出来る。知識として持つだけなら、ネットを通してあらゆることは知っている。知っているだけで、そこから何か有意義なアクションが生まれるわけではない。ただ知ってることを口うるさく言うだけだ。

 信太郎が腕を組む。

「これから住む家はこんな感じじゃ。何か聞きたいことはあるかい」

「だいたい把握しました。少し外も回っていいでしょうか」

 別に警戒しないといけないわけでもないのだが、自分のいる場所の周辺くらいは確認しておきたい。信太郎は顎を触りながらうなる。

「じゃ、散歩でもしてきなさい。ついでに買い物でも頼むか」

〈大丈夫でしょうか。彼はそれなりに目立ってしまいます〉

 ロボットとしてではなく、アレックスの見た目は外国人である。日本の田舎では目立つし、目立って良いことは何一つない。信太郎は首を傾げた。

「そうじゃのう。缶詰めにしてもしょうがないんじゃが。麻里も一緒に連れて行くか。何かあったら連絡しておいで」

 麻里が一緒に行くと余計あやしいのでは、とリーブラはつぶやいたが、アレックスは聞かなかったことにした。


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