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3 ホールト 4

マリはアレックスの製作者である知臣と面会する。

自分の父親でもある彼は、アレックスの本当の仕事について話す

 オートドアが次々と開く。案内の研究員の後ろをついていきながら、あの人も毎日ここを通っているのだろうかと、緊張した頭の中で思う。

 白い廊下をいくつも抜けて、ひとつのドアの前にたどり着く。ミーティングルームⅣ。会議や応接に使ったりするところだ。研究員が扉をノックする。

「ドクターオカダ、失礼します」

 中から声が返り、研究員が扉を開いてくれる。促された麻里は彼にお礼を言ってから中に入る。

「よく来たね」

 少し大きな会議テーブルの端に、男が座っていた。銀色の眼鏡、垂れたような目。麻里は頭を下げた。

「こんにちは」

 考えていた第一声はこれだったかと、ふと麻里は疑問に思った。ただこの言葉が、今は一番しっくり来る。

「座って、色々話をしよう」

 岡田知臣、つまり岡田信太郎の息子は、麻里の父親だった。R.U.Rの天才と呼ばれた信太郎の息子。

 麻里は手招きをされて、ドーナツ型のテーブルの傍で、握手を交わす。記憶の中で、父親に触れた機会は1度もなかった。ぐっと握り返し、テーブルをはさんだ知臣の向かい側に座る。

「あんまり緊張しなくていいよ。まあ何年ぶりだっけ、この間会ったときは、まだ麻里は3歳だったかな。覚えてるかい」

「……覚えて、ないです。あんまり」

 麻里は首を振る。あまり会ったこともない日本人の男に、名前で呼ばれるのは居心地が悪かった。知臣はうなずく。

「まあそうだよね。父さんは元気?」

「元気です。あなたの話はあまりしないけど」

 麻里は、お父さん、という言葉が喉元まで出かかったが、何とか押しとどめた。じぶんは意外に甘えたいのかもしれない。

「うん、君がここに来たいと聞いたときは、ちょっと耳を疑ったけどなあ。僕がいるのに、父さんが君をここによこすなんて」

 麻里は体をこわばらせた。知臣は眼鏡を押し上げてこちらを見つめる。

「ま、そのことはいいんだけどね。こちらも悪い話じゃない。昔〈Al : ALEX〉がお世話になったことだし」

「その、アレックスのことなんですけど」

 麻里は知臣の額を見つめた。

「彼、とても苦しそうでした。毎日いつも疲れて、寝てて。充電するならまだわかりますけど、いつもコンピュータを休ませなきゃいけないって、変ですよね」

 先日、アレックスは出張に飛び立った。いつものように朝、会社へ出勤して、その日からぱったり帰ってこなくなった。一応、いなくなる日は前もって教えてくれていたけれど。この間の買い物の時に言ってくれた、「また帰ってくるよ」というアレックスの言葉を信じて、麻里は何も言わなかった。何を言ってもしょうがないと思っていた。彼が今どこにいるのかも知らない。恐らく国外に飛んでいるのだろう。

 皮肉なことに、アレックスがいなくなってようやく、父親に会う気になった。なんだかんだ言って、結局は彼のことが知りたかった。

 知臣は眉を上げた。

「〈Al : ALEX〉が何のために造られたか、知ってるかな」

 麻里は首を振る。

「具体的には知りません。人間の模倣としか」

 知臣の目を覗き見る。何を考えているかはわからない。こちらがロボットと見られてもおかしくないポーカーフェイス。知臣はつぶやいた。

「表向きは、人間の行動をより正確に模倣した、ヒューマノイドのひとつの到達点。

 本当の仕事は、諜報活動。人間を超えた演技行動とテロの予防」

 あまりにさらりと言われたので、麻里は面食らった。会って数分で先制パンチをもらったようだ。

「そんな、こと」

「うん、喋らない方が、よけいに詮索されそうだからね。あまり他言はしてほしくないかな」

 知臣は事もなげに微笑みを返す。こちらの動悸が激しくなる。もしかしてと思っていたことだが、いざ言葉にしてみると恐ろしかった。両手に力が入る。

「諜報活動って、スパイってことですよね」

「そうだね。まあスパイにもロボットの需要があるということだ。軍事に関してはあまり詳しくはないけど、恐らく無人機と同じ理屈じゃないかな。つまり、もう人間の兵隊を危険にさらせなくなったってこと」

 その代わり、アレックスのようなロボットが危険の矢面に立つ。ロボットが壊れても、少なくとも人間は誰ひとり、怪我をしないし、死にもしない。知臣は人差し指を立てる。

「もちろん、機械としての有用性は無視できない。

〈Al : ALEX〉はTシャツ1枚の格好でも、通信機能、録音機能、各種カメラ機能が使える。手ぶらを装うことができるうえ、指一本動かさずに秘撮ができる。秘撮ってのはひそかに写真を撮ることでね、調査ではよくあることなんだが。たとえばいま僕が〈Al : ALEX〉だとしたら、この話ももちろん録音できるし、眉1つ動かさず君の顔写真が撮れる。たとえそれが何十メートル先の人間でも、〈Al : ALEX〉がどんな格好に変装していてもだ」

 中指がもう一方の手で握られる。

「また光で発電をすれば連続で2週間は動ける。最近はエネルギーの消耗が激しいけどね。尾行や張り込みは、人間だと恐ろしく体力を使う。何日も張り込みする場合は、食料も眠るところも、排泄する場所もいる。もちろん数人で交代が原則でね。補給なしで動けると言うのはそれだけでもメリットだ」知臣はしっかりと麻里を見つめている。「これはまだ実装できていないが……いずれ通信の傍受とかも出来るようになるといいな。自由に動ける通信車両ぐらいにはなって欲しい」

 これ以上、アレックスに機能を増やすというのか、麻里はめまいがしてきた。

「最後の1つは……最初に言った通り、人間じゃないから、使い捨てが出来るってことかな。〈Al : ALEX〉は公式に、存在しない人間なんだ。どんなに調べたって身元が割れない。どんなに調べてもだ。どういうことかわかるかな。使い捨てができる兵士ほど使えるものはない」

「もういい」

 思わず麻里は唇を噛んだ。

 知臣はしばらく沈黙を保ち、部屋の隅にあったサーバでコーヒーを淹れはじめた。2つのうち片方のカップを麻里のそばに置く。

「ロボットが諜報活動を行うには、いくつか問題点がある。なんだと思う」

 麻里は視線を下げた。アレックスが困っていること、というよりは、アレックスが困ってなくて他のロボットが困ることだ。麻里は思いつく限りの考えを言った。

「ロボットであることがばれちゃいけない。運動面でも、知能面でも人とそっくりに動かなきゃいけない。仕事は自分で動かないといけない。仕事の目標が決まってても、臨機応変に動かないといけない。自分で行動を判断する。自分で行動をする。自分で――」

「ああ、良いところまでいってる」

 知臣は腕を組んで小首を傾げる。

「簡単に言うと、たとえばヒトを騙す必要がある」

 麻里は目を細めた。

「ロボットは本来、ヒトの利益を第一として行動するよう設計される。たとえば護衛型ロボットは、護衛対象の安全を第一として、他者に最低限の暴力行為をとっても良いこととなっている。機密性の高い仕事をするロボットは、その情報を守るために嘘をつくことはある。たとえば他人から自分の所属を尋ねられた時、仮の身分を話したりね。しかしそれは受け身の反応で、すごく限定的なんだ」知臣は立ったままコーヒーをすする。「〈Al : ALEX〉は、仕事によって、能動的に嘘をつく。任務のためなら、あれは僕にだって嘘をつくんだ。今までのロボットは、嘘は絶対的なマイナス行為で、するべきことじゃなかった。あいつは任務遂行のための行動を常に計算している。逆に言うと、任務達成のためであれば目先の悪事にも手を染める。非常に柔軟に。命令だけこなしてるロボットなんていらないだろ?」

 麻里は、いつか見た夢を思い出した。偶然を装い、女子高生に近寄るアレックス。あんな芸当はリーブラにも、ナーヴにも出来ない。ごまかしたり、知らない振りをしたりするレベルを通り越している。明らかに最初から、事実と異なることを話そうとしている。仮の出来事をでっち上げ、相手がそれに乗り、その事実が本当だったように振る舞う。嘘の話を事実として認識してはいけない。嘘の芝居が終わった瞬間には、自分の本来の目的を思いだし、任務を遂行しないといけない。ロボット自身が嘘と事実を混同してはいけないのだ。またその芝居が長期間続くのなら、誰にどんな嘘を言っていたのか、記憶していないといけない。

「それは、わかりますけど、じゃあどうしてアレックスは、あんなに疲れているんですか。私から見れば、ストレスがすごいことになっている気がします」

 知臣は額を押さえた。

「ストレスとは、そもそも何だろうか」

 麻美は答える。

「外からの刺激。それに対しての反応?」

「そういうことだね。ストレスとは、刺激、負荷。心理面で言えば、葛藤、衝突。ストレスがなければ、ヒトは寒いというのもわからず、風邪をひいてしまう。防衛反応と言ってもいい」知臣は頷いた。「諜報活動を行うには、それこそヒトそのものに模倣しなければいけない。ロボットらしいところは一切見せてはいけないんだ。そのために〈Al : ALEX〉には、持てる全ての人工知能を搭載した。代表的には、並のロボット以上の学習を行わせた。つまりまねっこだよ。

 それが過剰な学習を生んでしまって、ストレスに繋がるようだ。諜報では、善悪だけですぐに判断できないこともある。小さな犯罪を見逃し、組織の情報をつかむことだってあるし、協力者を作る際、情報をもらう代わりにその人間の犯罪を帳消しにすることだってある。国益のためとはいえ、自らが犯罪すれすれのことだってするらしい。その判断が厄介だ。人間らしさというのは、理性や良心、善意なしには得られないんだね。〈Al : ALEX〉はその狭間で、過剰に評価関数を使い、ストレスを感じている。逆にロボットらしくしようものなら、人間らしい振るまいはできないし、目的のために非常識すぎる手段も取ってしまう。その両立が難しい」

 麻里は眉をひそめた。

「アレックスは、他のロボットより、繊細すぎるってこと?」

「まあ、ざっくり言ってそういうことだ」

 知臣が苦笑する。

「事はそう簡単じゃないがね。ストレス値を与えなさすぎると、人間とはほど遠い振る舞いをする。とても諜報活動など行えなくなる。まあそこらへんのノウハウは、今後の役に立ったけどね。〈Al : ALEX〉が何のために出張に行ったのかは、試験を受けるだ。今回もけっこう改造をしてみたから、ちゃんと仕事ができるかどうかのテストだ」

 それが恐ろしく重要な機密であることを、麻里は何となく感じとった。

「やめさせなくていいんですか。向こうで調子が悪くなったりしたら、信用に関わるんじゃ」

「次の諜報型ロボットのプロジェクトは、もう始まってるんだ」

 知臣はまた眼鏡をかけなおす。

「契約上の問題なんだよ。〈Al : ALEX〉を制作したのは確かにR.U.Rだけど、すでに〈Al : ALEX〉は向こうの機関に所属している。数年前に何回か、実際に任務をこなしているから、当然〈Al : ALEX〉は機密情報を持っている。つまり、そう簡単に抜けることはできないんだ」

「やめさせたくても、やめさせられないの?」

「そう、彼を使うかどうかは最終的に、向こうの判断だから。もっと言えば、彼の頭の中にある記憶やデータも、どうするかは向こうの判断だ。諜報活動で得られたデータは我々でもどうしようもない。もちろん僕たちも運用については協議するが」

 その『向こうの諜報機関』というものが何なのか、知りたいようなそうでないような、不安に駆られた。わからない。尋ねてもまず教えてくれないだろう。アレックスはどう見ても西洋人だから、どこか欧米の諜報機関だろうか。しかし、それこそ西洋人なら、現地の人間の諜報員を使った方が早い気がする。何か引っかかる。自分だったらどうする? 西洋人の人間を調達しにくくて、けれどその需要はとてもある国。テロの危険を取り除きたい国。ロボットのスパイの――

 嫌な結論になりそうだったので、麻里はそこで思考を打ち切った。

「今回の試験で、受かる可能性は、どのくらい?」

「まあ、五分五分と言ったところか」

 知臣はやれやれと言う風に首を振った。

「正直わからない。僕は最善を尽くしたつもりなんだが、〈Al : ALEX〉の調子も良くないみたいだし」

 麻里の胸がずきりと痛む。

「もし受かったら、またアレックスはつらい仕事をしなきゃいけなくなるわ。またおかしくなっちゃったらもっと自信をなくす。もし受からなかったら、信用だってなくしちゃう。どっちにしても、アレックスに良いことなんてあるの?」

「だから、試験はやめられないんだって」

「もしこのまま、本当に壊れちゃったら、どうするの?」

 知臣は麻里の目を見つめた。

「君はそれを、本当に聞きたいのかい?」

 意図がつかめなかった。知臣の目をにらむ。

 大切な人がつらそうにしてるのに、それを心配してなにが悪いの!

 そう叫びたかったが、この男になにを言っても無駄な気がした。親子で再会してすぐにケンカ別れもしたくない。ただ、今まで一緒に住んでなくて本当に良かったと思った。

 そろそろ戻ります、と立ち上がったとき、知臣がつぶやいた。

「君がどうしてR.U.Rに来たか、わかった気がする。彼のためか。こう言っちゃなんだけど、彼とはあまり付き合わない方がいい」

 そういう忠告は散々聞いた。そんなことはどうだっていい。アレックスが何ロボットだろうが、ただつらそうにしているのを放っておけないだけだ。

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