願いを叶える死神 前編
―――小学校に通っていた俺は、いじめに合っていた。
『目が気持ち悪い』という理由でだった。
言われなくても、そんなこと自分でもわかってるのに・・・。
毎日鏡を見るのが苦痛だった。
俺の黒目の、瞳孔の周りは黄色い円で囲まれているのだ。
自分でも気味が悪い、友達にしたいと思う外見ではないな。
そんな俺を唯一、いじめから救ってくれた親友がいた。
名前は黒鳥 泪。
泪の家は金持ちで、ヤクザと関わりがあるとかないとかで
俺と一緒でいつも一人ぼっちだった。
そんなこともあり、俺たちは唯一の親友同士になった。
二人っきりの親友、お互いに他に友達も居なかったが・・・。
十分だった、泪さえいてくれれば。
それなのに・・・。
目が覚めるとそこは、見たこともない部屋で
体中が痛い、手首と足首が冷たかった。
それもそうだろう、鉄の拘束具で壁に貼り付けにされていたのだ。
隣を見ると、泪も同じように拘束されていた。
「ここ・・・どこ・・・?」
「泪・・・起きたのか。」
泪は俺をいじめから守ってくれた
だからこんな時こそ
俺が泪を守らなきゃ・・・!
そう強く誓った。
その時だった。
カラン・・・カラン・・・。
変わった足音が聞こえてきて
その足音の主は着物姿の女性だった。
その耳にはこの世の物とは思えない程真っ黒な宝石の
大きいピアス・・・。
細目で瞳が見えない様な目をひくりと動かすと
その女性は口を開いた。
「目が覚めたか、童共・・・主らはのぅ、妾の玩具になるために、拐われてきたのじゃ。」
それにしても・・・と続け、仲間であると思われる小柄な男性に
チラリ、と目を向けた。
「妾が拐ってこいと行ったのは『一人』じゃ、このうつけが!」
彼女がそう言うと小柄な男性は、大きな音と共に
炎もないのに炭になってしまったのだ・・・。
それを彼女が蹴飛ばすと、人の形だった炭は
バラバラと崩れさってしまった。
「さて・・・どうするかのぅ。」
俺はもう、恐怖で何も考える事ができなくなっていた。
なんならもう、ちびる寸前だったのだろう。
それをしなかったのは隣に泪が居るから、心配かけたくないから
それだけの思いだったのだろう。
「よし・・・いい事を思いついた、主らのどちらかは帰してやろう。じゃがその代わり・・・もう片方は今すぐ腕を斬って、そのまま一生玩具にしよう。」
腕を斬る!?
そんなのありえない!怖い!
俺はそんなことを思ってしまったのだ。それなのに・・・
それなのに泪は。
「だったら、僕の腕を切り落としてよ!!僕が残るよ!!」
彼女が全て言い終わる前に泪はそう叫んだ。
その後は泪が腕を斬り落とされて泣き叫ぶ姿しか覚えておらず・・・。
いつもそこで目が覚めるんだ―――
「・・・うなされてたね、またあの夢?」
「・・・ああ。」
「お父さん、仕事に行ってくるから、ご飯はちゃんと食べるんだよ?」
・・・いつも同じ夢ばかり見る。
泪が腕を斬られた、あの時の夢ばかり。
『お前じゃなくて、泪が帰ってくれば良かったのに。』
誰もがそう思っている気がしてならない
先に言い出せなかったのを未だに悔やんでいる・・・。
そんな思いを抱えて、もう5年になる。
俺も中学生になった頃だろうか?
しっかりとは認識していないのだ、学校なんてあれから行ってないのだから。
ずっとずっと、部屋で一人。
悔やんでも悔やみきれなかった、あの時の事を
そんな俺の、人生で最大の計画を実行するのは・・・今日、今からだ。
と、言っても対した事では無い、ただの自殺だ。
自殺する、何か言うと周りの人達は『死ぬ気になればなんでもできるだろ』とか
『そんなこと泪くんは望んでないだろ』とか・・・。
色々言うだろう、何一つ理解していない連中の発言だと思う。
俺が死ぬのは償いの為でも無いし、辛い現実から逃げたい訳でも無いのだ。
自殺者なんて皆そんなものじゃないだろうか、だって償いや現実逃避ならいくらでも方法は有るだろう?
ただ、他に選択肢が無いのだ。だから死ぬ、それだけだ。
絶望、とは少し違う・・・ただ。
もうこれしか、無いんだ。
マンションの屋上に上がって、手すりに手をかけたその時だった。
後ろから少年の声が聞こえたんだ。
誰もいないはずの、この屋上で・・・。
「君が、原 勇葉君だね?」
思わず振り返った。幻聴か何かかと一瞬思ったが。
後ろにしっかりと感じたのだ、気配の様なものを
「・・・お前・・・死神、か・・・?」
「ほぇ!?どうしてわかったの!?」
・・・どうしてって言われても・・・。
黒いローブにフードまでかぶりこんで
口まで届く程長い前髪で・・・。
この世の物とは思えない程真っ黒な宝石、の大きなピアスに
尖った耳・・・そして何より
身長よりも遥かに大きいいかにも死神っぽい鎌・・・。
「子供って事以外はどう見ても死神っぽいと思うけど・・・。」
「な、なかなか理解があるね君・・・。」
死神か、そっか
やっぱり俺はここで死ぬんだ
それが正解だったんだ。
「あのね、勇葉君・・・実は君には死なないで欲しいんだ。」
「・・・え、死神って死ぬ人の所に来るものじゃないの・・・?」
「大体はそうだけどね?所謂『死』を管理するのが仕事だから、逆のパターンもあるわけなのだよ。」
フフン、と鼻をならし、得意げな死神・・・何だそのドヤ顔。
よくよく見るとやっぱり子供っぽい、仕草とかが
服の袖をよく見ると鼻水を拭いた形跡がある・・・俺も昔やったなぁ。
「つまり、君はまだ死ぬ運命じゃない、もっと後で死ぬ人間なのさ!」
「そんなこと言われても・・・やめるつもりも無いし・・・。」
この計画だって、このいじめっ子が住んでるマンションとか
誰にも見つからずにここまで来る時間とか
遺書だって書くのに2週間もかかったんだ、今更やめる気も無い。
「そ、そこをなんとか・・・うちの上司怒ると超怖いんだよー、お尻ペンペンされるんだぞ!」
「それは可哀想だと思うけど・・・そこはなんとも・・・。」
「むうぅ・・・じゃあこうしよう!」
死神は手のひらに拳をポン、と落とすと
頭の上に電球でも出てきそうな勢いで
提案をしてきた・・・なんというか・・・。
表現が古いな・・・。
「君が死なないでくれるのならばそれを対価に、何でも願いを叶えてあげよう!」
耳を疑った
何でも願いを叶えるなんて
もし、本当にそんなことができると言うなら・・・
こんなところで死ぬ訳にはいかない。
「本当に、何でも叶うのか?」
「もっちろん!ボクぅ、こう見えても偉ぁ~い死神様ですからっ!」
偉い死神もおしりぺんぺんされるんだな・・・。
だけど、本当に、本当にそうなんだとしたら。
「だったら・・・俺死なないよ、だから・・・泪を・・・『黒鳥 泪を無事にこの街に返して』くれ!」
「・・・君の願い、叶えてあげるよ?」
そう言うと・・・死神は真っ黒な光を放ち、その光は
街を包んでいった・・・。