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 空が藍色に染まっていく。

 花火が始まる時間は時計を確認しなくてもわかった。周囲のざわめきが教えてくれたのだ。

 とっくの昔に花火の見えやすい場所は取られていて、ビニールシートが隙間なく並べられていた。

「花火、どこで見るんだ?」

 拓海はわたがしを片手に俺に聞く。

「今捜してる」

「……」

 拓海は黙ってしまった。俺が悪いのはわかっている。言い訳にしかならないから言わないけど。

 小一時間ずっと立ちっぱなしでいるわけにはいかないので、二人で座れそうな場所を探す。しかし思うようにはいかない。手短なベンチはすでに占領されている。拓海は浴衣だから直座りは駄目だ。ビニールシートでも持ってこればよかったな。

「別に浴衣汚れてもいい」

「そんなわけにいかないだろ、おばさんだって困るだろうし」

「土手は空いてるし」

「……」

 確かに橋の下の土手は空いている。だけど。

「行こ。あっちだと花火もっと大きく見える」

「まあ拓海がいいって言うんなら」

「うん。花火、一緒に見よう?」

「そうだな」

 俺たちは坂になっている土手に下りた。

 まもなく、花火が上がる。

 喧騒が騒がしくなり、人々は今か今かと待つ。



 花火が上がった。大きな歓声が周囲から響いた。

 夜空に大輪を咲かせた。赤、黄、緑、と夜空を鮮やかに彩る花火。

「ほぅ……」

 俺は感嘆の声を上げた。久しぶりに、生で花火を見た。炸裂音が響き、夜空を輝かせた。

「綺麗だ……」

 拓海も呟く。

 ふと、俺は彼女の横顔を見つめた。

 花火の光に照らされる顔。花火よりこっちのほうが綺麗だ。

「なぁ、拓海」

「ん?」

 拓海は花火に目をやったままだ。それでも俺は続けた。花火の音に負けないように。

「今日、俺は……」

 緊張で喉が渇く。異様に体が熱い。じめっとした夏の暑さだけじゃない。落ち着けと言い聞かせ、眼鏡を触る。

「俺、拓海が……」


 ――好きだ。


 花火の音と重なった。

 赤い花火だった。俺の顔はそれ以上に赤くなっているのだろうか。

「…………え」

 拓海が振り返った。漆黒の瞳を大きく開いて、俺を見ている。

 視線が交差する。

 花火の音は遠く聞こえた。

「今、なんて……?」

 拓海はか細い声で聞く。俺はもう一度言った。

「拓海が好きだ」

「……」

 張り裂けそうな鼓動。ちょっと黙っていろと左胸を叩く。

「俺は……」

 男口調でつんけんしている拓海も。

 可愛らしい服を着て、顔を赤くしている拓海も。

 拓海の全部が好きで好きでたまらない。

「だから……好きだ……」

「ハルちゃん」

 困惑した表情。澄んだ瞳はわずかに揺れている。無理もない。ずっと一緒にいる幼馴染から告白を受けたのだ。

 沈黙が続く。また花火が夜空に上がり、低い音が耳に響く。

 やっと拓海が口を開いた。

「この前、」

「うん……」

「ハルちゃんにひらひらの服似合ってるって言われて……すごく嬉しかった」

 とつとつと拓海は言う。

「浴衣もそうだった」

 拓海は浴衣を見下ろす。

「こんなの私は興味ないから。母さんが『ハルちゃんと出かけるなら!』っうるさかった。下駄は歩きにくいし、袖は邪魔だし、嫌だった……けど」

 淡く微笑んだ。

「ハルちゃんが似合ってるって。とても嬉しかったんだ」

 ゆっくりと、少しずつ、拓海は思いを語る。

「ハルちゃんの前だとドキドキして、胸が苦しくなる。最近そう思うようになった」

「え……」

 耳を疑う。これは期待をしていいのだろうか。

 花火は上がり続ける。二人の会話など誰も聞いていなかった。

「でも、」

「……」

「私ってこういうの疎いからわからなかった。今でも、ハルちゃんのことどう思ってるかわからない……」

 拓海は悲しそうに目を伏せた。

「……別に答えなんていらない」

「え?」

 拓海が振り返る。その顔は少し赤かった。俺もしっかりと彼女を見つめ返す。

「俺は、拓海と一緒にいたいだけだから。いつもみたいに、アホなこと言って、笑いたいだけなんだ」

 俺は胸の前でぐっと拳を握った。

「けど、これだけは確かだ。――俺は拓海のことが好きなんだ」

 茫然としてこちらを見つめる拓海。やがて、その口元が緩んだ。

「……ハルちゃん、さっきからそればかりだな」

 くすりと笑う。その微笑みは呆れたような、嬉しいような表情だった。

「これかも一緒に決まってる。私もハルちゃんと一緒にいたいから」

「それって期待していいの?」

「えっ?」

 俺は拓海に近づいた。拓海はびっくりしたように後ずさる。

「俺って単純だからさ」

「ハ、ハルちゃん……っ」

 目と鼻の先にある拓海の真っ赤な顔。花火の明かりがなくても、はっきりしている。あぁ、もっとその表情を見ていたい。

 俺はそっと拓海の頬に手を触れた。

「だっ、駄目だッ!」

「んっ」

 徐々に近づいていくと拓海に押し戻された。

 俺の肩を掴んだまま、拓海は耳まで真っ赤にする。拓海はすごくしおらしく、今まで以上に女の子みたいで、すごく愛おしかった。

 少し潤んだ瞳が俺を捉え、拓海の唇が動く。

「……そ、そういうのはまた……今度にして……」


 暑い夏。

 花火の音と人々の喧騒。

 二人の夏休みは過ぎていった。



Fin.

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